五輪書2

またまた五輪書です。
地の巻にこんなことが書いてあります。
世の間に、兵法の道を習ひても、実のとき役には立つまじきと思ふ心あるべし。その儀においては、なんどきにても役に立つやうに稽古し、万事にいたり役に立つやうに教ゆること、これ兵法の実の道なり。

どのような時も、すべての事態に対して役に立つ兵法であるべし、という点に注目です。

普段の稽古は刀を想定したものが主体ですが、本来「あらゆる事態」とは刀を使うことばかりではないはずです。敵は想定外の武器を隠し持っているかも知れませんし、一人とは限りません。もっと言えば相手が人間とは限りません。動物とも限りません。
さらに「どのような時も」とはまさに身体的に戦う時ばかりではないでしょう。


そう考えると本当に役に立つ兵法は戦いを事前に回避(予防)しつつ、目的を達成することなのではなかろうかと。
 
戦争も外交の一つですが、戦争を回避し、戦わず目的を達成することが
最上とは孫子も言ってます。
何のための兵法か?を明確にすると見えてくるものがあります。