今年は早々と強烈な台風がやって来ました。
6月3日の台風上陸は統計史上4番目だそうです。
回転しながら北上してくる台風の映像からはものすごいパワーを感じます。実際、台風のパワーはご存じのとおりです。
台風のパワーの源はなにか?
(台風は二次元で見れば渦巻き、三次元でみれば螺旋になります)
自然の中には他にも渦巻き、螺旋はたくさんあります。
カタツムリやさざえの殻
ツル植物
松ぼっくりやひまわりの種
フィボナッチ数列(前の2つの数字を足した数が次の数になる数列)は植物の成長や生物の形、はたまた金融やITにさえ深く関わっていると言われています。渦巻きや螺旋のパワーの源はその辺りにあるのかもしれません。
絵画でもゴッホの「星月夜」や葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」、建築物では「会津さざえ堂」やシャンボール城の二重螺旋階段。美しさだけでなくそこにパワーを感じる人は多いと思います。
さらに私たちの体の中にあるDNA遺伝子の造形も螺旋で、しかも二重螺旋構造です。
螺旋は最小のエネルギーで最大のパワーを発揮する最も効率的な究極の造形、動きとも言われています。そして美しい。
武術の動きの中にもこの造形や動きが見え隠れするのは偶然ではないような気がします。
螺旋の動きに注目した稽古も面白そうです。
また「台風の目」と言われる台風の中心は穏やかということもなんだか魅力的です。
坐禅は「悟り」を開くための手段だと思っている人は多いと思います。
「カァーッ!」
禅宗の曹洞宗では「只管打坐」(しかんたざ)と説かれています。
「只管」は「ただひたすら」
「打坐」は「坐ること」(打は強調)
坐禅は「悟り」を開くための手段ではなくただひたすら坐ることを目的とする業だと。
私は某坐禅会で指導を受けながら五年間坐り続けたことがあります。
始めたきっかけは「居合は動禅である」という言葉を確かめるためでした。
未だ包括的かつ完全な答えは見つかっていませんが、居合を含めた古武術の稽古には坐禅と通じるものがあるという確信には辿り着きました。
どちらかと言うとこの確信は心の面よりもフィジカル面での確信と言えます。心に至らないのはまだ私の坐禅経験が足りないのだと思います。
私が坐禅指導を受けていた会ではまず約30分間坐ります。短い休憩を入れてさらにもう約30分。合計約一時間です。
当初はなかなか自分の体の在り処(ありか)が掴めなくて坐り続けること自体に苦労しました。坐り始めてしばらくすると体のあちこちが痛み出します。痛いから動きます。叩かれます。「無念無想」どころではありません。とにかく早く終わることばかり考えてました(笑)
しかし何回も坐っていくうちに長く坐るためには体がどうなったら楽なのかが分かって来ます。
骨をどうしたらよいか?
筋肉をどう使ったらよいか?
あるいはどう使わなかったらよいか?
具体的なことは自分の体とじっくり対話しながら長い時間をかけて何度も坐ってみないとわからないと思います。そして坐るために必要な筋肉や柔らかさを身につけるためには多少時間がかかります。
坐禅は心よりも先にまず自分の体と向き合うことになります。
私の場合は坐り続けて二年が過ぎた頃にようやく坐る痛みから解放されたと記憶しています。自分の体がようやく一つになった感覚でした。
古武術を稽古される方々にそんな「フィジカル坐禅」をお勧めします。
「只管打坐」の末にきっと自分の体の在り処がわかるはずです。
最近、プレー中に大きな事故があったことからプロ野球(NPB)ではバットを投げ出す危険なスイング(すっぽ抜けも含む)への罰則が強化されました。
特に中南米の打者たちはフォロースルーの際に片手を離すスタイルが多いのでバットが手を離れる危険性が高いのだそうです。
大谷翔平選手もそういうスイングをしている映像を見たことがあります。
考えてみればバットよりも危険な刀を振り回している私たちです。
当たり前ですが、バットと同じく刀と体を結びつけているのは手の握りのみです。
手を離せば(またはすっぽ抜ければ)刀は飛んでいきます。
しかも居合は刀を抜く動作そのものがそのまま斬り付けの第一撃になる技ですから片手が必然となります。
このニュースを見て感じたことが二つ。
一つ目は稽古中の安全対策は本当に万全か?
もちろんNPBのように罰則を設けても意味がありません。意図的に手を離す人などいない訳ですから。
環境面から安全対策を再確認する必要がありそうです。
二つ目はいつも稽古で言っていることですが、居合は刀を手で抜くものではありません。全身を使って抜き、全身を使って斬ります。手にかかる負荷をできるだけ全身に分散することは刀が手から離れるリスクを軽減します。
またこれはそのまま体の一部に集中しがちな負荷を分散して自身のケガを減らします。
さらには無駄な動きを極限まで削り、刀を出来るだけ動かさないで技を完了させることもリスク回避につながります。
さらなる技の研鑽が必要です。
しかし二つ目は初心者には難しい技術です。
上達するまでは特別な配慮と環境整備が必要になると感じました。
武士の魂といわれた刀を地面に落とすことは昔の武士にとっては大失態でした。
「危険スイング」報道に接して、あらゆる面から稽古を深く考えてみたいと思っています。
先日(2026年5月10日)初めて翡縁会様をお招きして合同の試斬会を実施しました。
翡縁会様は静稽会の「稽古総見」にも毎年ゲスト参加してくださる友好団体です。
実は翡縁会様のHPを見ていて静稽会とは試斬時の斬り方が違うことに気がつきました。そこで翡縁会多々良先生にお声掛けさせていただいて合同試斬会の運びとなりました。
今回、翡縁会様からは多々良先生を含めて4名の方が参加してくださいました。
これまで「稽古総見」などでお互いの居合、剣術などは見ておりましたが試斬は初めてです。
翡縁会の皆さんは見事な斬りでした。さらに試斬会終了後に多々良先生からいろいろとレクチャーしていただき大変参考になりました。
稽古経験が長く、技術や理論も先輩である翡縁会様には学ぶところが多く、今回の試斬においても大いに学ばせていただきました。
試斬は結果が明らかです。だからこそ斬れた時よりも斬れなかった時を徹底的に分析します。
斬った時に普段の稽古とは違う動きはなかったか?
なぜ違う動きになったのか?
畳表巻の斬り口の形状はどうだったか?
なぜその斬り口になったのか?
刀のどの部分で斬っているか?
(刀を見れば斬った部分がわかります)
なぜその部分で斬ることになったのか?
など
試斬会は撮影して後日、映像で動きを再確認します。
大切なのはどこが普段の稽古の動きと違ったのか?なぜそうなったのか?
これを徹底的に追求します。
普段の稽古と試斬が乖離してしまっては意味がありません。目指すのは普段の稽古通りに斬ること。
そして斬ることが目的にならないこと。
なぜ斬るのか?
どこを斬るのか?
どうやって斬るのか?
畳表巻を斬ることが目的になってしまうと試斬稽古の意味がありません。全ては形の中にある斬りを実現させるための試斬会です。
多々良先生をはじめご参加くださった翡縁会の皆様にはこの場を借りしてお礼申し上げます。ありがとうございました。
いっとき話題となった映画「国宝」です・・・実はまだ観ておりません。
原作がある映画の場合は原作を先に読むことが多い私です。
実は観たかった映画「宝島」「敵」も原作を読み終わった頃には近くの映画館の上映期間が過ぎていました(笑)
まだ前編までしか読んでいない「国宝」もそんな予感がしています。
「国宝」の原作者は吉田修一さんです。
一番好きな作品は「横道世之介」です。その時は読了が何とか映画上映期間中に間に合ったと記憶しています。
「国宝」の中で花井半次郎が喜久雄と俊介に日本舞踊の稽古をつけている場面があります。
稽古をつけながら花井半次郎はこんなことを言います。
「こうやって裸で稽古させてんのは、骨格を見るためやねんで。筋肉はこれからいくらでも付くわいな。そやから、まずは骨で覚えるんや。-中略-そのギリギリの一番ええ形を骨に覚えさすねん」
と言いながら、たっぷりと墨をつけた太筆を持ってきました半次郎が、喜久雄の肩甲骨にすっと線を引き、「この骨や。この骨に覚えさすねん」
読んでいて「骨に覚えさせる」という言葉がすっと入って来ました。
骨を意識することはあっても「骨に覚えさせる」という感覚は新鮮でした。また線を引いたのが肩甲骨というのも「やっぱりそこか〜」と思わせます。
確かに形稽古は「骨に覚えさせる」というものかもしれません。
あるバレリーナの方が正しい姿勢を指導する時に「首の前を電車が通る」と表現していました。
面白い表現です。
顎を突き出さず、引き過ぎず、首の後ろが真っ直ぐ上に引っ張られるような感覚を伝えているのだろうと思います。
人それぞれの感覚表現は独特で面白いです。稽古でもどうやったら自分の感覚が伝わるかと考える時があります。しかし感覚はどこまでも自分のものなのでなかなか伝わらない場合もあります。
「胸を開く」という動作と「肩甲骨を開く」という動作は一見矛盾するように聞こえますが、この二つの動作を同時に行う時にどう表現したら良いか?
稽古では「吊り下げられたマリオネットのように」「胸を落とす」などと表現したりすることもありますが、なかなかうまく伝わりません。
もしかしたら「首の前を電車が通る」という表現もアリなのかもしれません。
股関節や仙腸関節などの腰回りの感覚表現はさらに伝わりにくいように思います。
柳生三厳(十兵衛)は「月之抄」という書物の中で
祖父の柳生宗厳と父の柳生宗矩の違いを比較してこんな風に書いています。
「亡父(宗厳)の用は尻をすぼむるなり」
「老父(宗矩)の用は尻を張るなり」
え?どっちなの?
これに対して三厳(十兵衛)は
「すぼめたるよりは張りたる方、身も手もくつろぎて自由なる心ありとなり。しかれども、これはいずれにても、主々が用えん方然るべきなり。詞は替われども心の置き所一つなり」
「自分はどっちかというと張る方かな〜でもみんなそれぞれでえ〜んやで〜」と言っています。
なんや、どっちでもええんかい!
静稽会のHさんと私の感覚表現の違いはこの辺りかもと思い当たったりします。
結局は受取側がたくさんの表現の中から自分が最も感じ取れるものを掴むしかないようです。
まあ一休さんは琵琶湖の船上で暁天坐禅中にカラスの鳴き声を聞いて悟ったそうですから・・・
♪やさしさに包まれたなら♪きっと♪目にうつる全てのことはメッセージ♪
(by ユーミン)
と言ったところでしょうか。
私の稽古着はいわゆる濃紺色のものが多いと思います。
(そう言えば仕事着だったスーツもそうでした)
値段のことや取り扱いの難しさを考えなければ本藍染めの稽古着が理想なんですが、まあまあまあ・・・その辺りは・・・(汗)
その色が好きだと言ってしまえばそれで話はお終いですが、実は大昔、ある方から「藍染された「藍色」の中でも最も濃いものは「褐色」(かちいろ)だ」と教えていただきました。
「褐色」は平安時代から続く古い日本の色です。藍を濃く染み込ませるために布を叩く(搗く)ことから「搗色(かちいろ)」と呼ばれていて、後に「褐色」「勝色」の字が当てられたそうです。
「勝ち」に通じる語呂合わせが縁起が良いと鎌倉武士たちに好まれたと言う話が気に入って、鎌倉武士の気持ちで近い色味の「濃紺色」の稽古着を身につけています。
大昔、剣道着として買った藍染めの稽古着が今では見事な経年変化を遂げてイイ感じの色落ちと心地良い柔らかさになっています。主に試斬会の時に着ています。藍染だからと言うより刺し子の剣道着はその厚さや丈夫さが理由で着ています。万が一、脇の下に刃が入ってしまった時にも傷を最小限にするという微かな期待から着用しています。
また藍染は抗菌、抗炎症、消臭、防虫、UVカットの効果があると言われています。刀疵にも良いはずです。もちろん天然の藍を使った本藍染の場合の話ですが・・・
レコードをクリーニングしているタモリさんに宮沢りえさんが言います。
「いちいち面倒くさくないですか?」
「面倒だからいいんじゃあないの」
最近、よく見かけるCMです。
動画の倍速視聴、スキップ再生、SNSのショート動画、映画のネタバレ視聴、イントロ短縮、冷凍食品、完全栄養食、AIツールの活用・・・
これらは確かに便利で速いですが、急いだその先に一体何があるか?失うものはないのか?
とにかく現代は忙し過ぎます。
いつの間にか心を病んでしまう人も多いように感じます。
特に若い人たちを見ているとそう思います。
私の若い頃も忙しかったですが、まだ忙しさが生活の隅々まで侵すことはなかったような気がします。
私は現代が忙し過ぎるのは過剰な機械化によってあまりにも便利になり過ぎたからではないかと思っています。
一泊二日だった出張も日帰りになり、インターネットの普及でいつでもどこでも追いかけられるようになりました。
ただ便利になり過ぎると失うものも多くなります。
荘子はこんなことを言ってます。
「機械を有する者は必ず機事あり。機事ある者は必ず機心あり」
機械を持つ者には必ず機械に頼る仕事が増える。機械に頼る仕事が増えると機械に頼る心が生まれる。
そして機械に依存し過ぎると、機械が好む考え方をするようになり、人間固有の能力や感性を衰弱させると警告しています。
機械によってタイパやコスパなどの効率を追求した結果、自分が機械に追い立てられていることさえも分からなくなっているのではと思うことがあります。
最速で必死に走り続ける人には周りはもちろん、自分さえも見えていません。
そんな人には「面倒だからいいんじゃあないの」という自由な心の生き方は分からないということになります。
しかし今更、便利さを捨てることは難しい・・・
せめて現世から切り離された道場で袴を履き、刀を差してタイムトリップ&メタモルフォーゼ、非効率、紆余曲折、試行錯誤の面倒な稽古を楽しんで欲しいと思っています。静稽会は稽古に効率を求めません。自分とじっくり向き合いながらゆっくり稽古します。
そして本来の感性を大切にして稽古します。
街歩きに良い季節になりました。
どうしてここにこれがあるのか?
これは一体なんなのか?
そんな目で街歩きをすると違った景色が見えてきます。
「古を稽(かんが)へ 今に照らす」
静稽会稽古拠点の市川市にある葛飾八幡宮随神門には「四神獣」が祀られています。
「四神獣」とは青龍、朱雀、白虎、玄武のことですが、これらはそれぞれ東西南北を示していて、青龍は東、朱雀は南、白虎は西、玄武は北とされています。
「陰陽五行」が基になっています。
玄武は不動の北辰(北極星)の化身とされる玄武を由来とする北辰一刀流の道場玄武館の由来にもなっています。
また「天子南面す」と言いますが御所の南にある門のことを朱雀門と言います。
江戸城にはかつて西門があり虎ノ門と呼ばれていたそうです。
現代でも白虎の代わりに虎ノ門ヒルズにはドラえもん似?の白い「トラのもん」がいたりします。
元横綱 朝青龍の名前は朝に太陽が登る東と青龍が一体になってます。水に縁の深い龍と江戸城の東側を流れる隅田川。
みんなそれぞれ関連があります。
四神獣は季節や色も表しています。
青春、朱夏、白秋、玄冬
青色、朱色、白色、玄(黒)色
「青春」の語源はこんなところにあったんですね〜
そうか〜「青春」は「春」で「青」だったのかとしみじみ考えたりします。
人生を色や季節で表すとなんだか腹に落ちますが、晩年は冬で黒?・・・それはちょっとさみしい・・・
しかし話はここでは終わりません。
四神獣の中央には黄龍(もしくは麒麟)がいるんです(葛飾八幡宮の随進門にはいませんが)。
色は黄色(金色)。まあ確かに黄龍も麒麟も黄色?
では黄龍の季節は?
季節は立春、立夏、立秋、立冬の直前約18日間の季節の変わり目を指す「土用」なんだそうです。
なるほどよく出来てますね〜
「土用」の「土」の字が示すように「土」の気が盛んになる時期とのこと。
となると玄武の後は黄龍に格上げされて土に還るとか?
「陰陽五行」は万物は「陰」と「陽」の二つの気と「木」(青龍)「火」(朱雀)「土」(黄龍)「金」(白虎)「水」(玄武)の五つの要素から成り立つという考え方です。
あれ?月と日は?
陰の月と陽の太陽(日)ということで曜日の出来上がりです。
そんなことを考え始めるともう止まりません。
実は稽古の中にも陰陽五行はたくさん隠れています。
例えばなぜ武用袴の前ひだは左右で数が違うのか?
そんな発見も含めて稽古を楽しむのもいいかもしれません。
ちなみにヨーロッパの街歩きを100倍楽しむには聖書がお勧めです。
2015.10.17 付け静稽録「天子南面す」
https://www.seikeikai-iai.com/2015/10/17/%E5%A4%A9%E5%AD%90%E5%8D%97%E9%9D%A2%E3%81%99/
「分からないことを分かっていないと、分からないことは分かりません」
なんだか禅問答のようですが、先日まで放映していたNHKドラマ「テミスの不確かな法廷」の中の裁判官安堂清春のセリフです。
松山ケンイチさんが演じていました。
安堂は幼少期に発達障害の診断を受けており、自分は「宇宙人」なんだと感じて以降は「普通」を装って生きています。しかしそれによってさまざまなストレスにさらされることになります。
一方で発達障害特有の「こだわり」が真実をあぶり出し、上記のセリフとともに事件を解き明かしていくというドラマです。
初心者の方によくあることですが、「分からないこと」を分からないままにしているうちは何回やっても先には進みません。どこまでいっても出来ないままです。
最近、健美居合会の方々から稽古中に質問が出るようになりました。
3年目にして「分からないことが分かってきた」のだと思っています。
さらに安堂裁判官風に言えば
「出来ないことを出来ないと認めなければ、出来ないことは出来ません」
稽古はまず出来ないことを出来ないとちゃんと認めるところから始まります。特に初心者は恥ずかしさなのか誤魔化して出来たフリをしたり、自分勝手に条件を緩和して出来たという人がいたりします。
まずは分からないことを分からない、出来ないことを出来ないと認めることが大事です。
新しいことを習いに来ている訳ですから分からないことや出来ないことがあるのは当たり前です。恥ずかしいことではありません。
そう言えばこのドラマの最終回で安堂はこんなことも言います。
「人間の歩行は不安定で常に転びそうになりながら歩いている」
ドラマの中で転んでばかりの安堂は歩き方もちゃんと心得ています。
赤ちゃんの掌に指で触れるとギュッと握り返してくれます。
とても愛おしく感じますが、実はこれ「反射」なんです。
愛おしく感じているのはこちら側の勝手な勘違いで、赤ちゃんの方は単なる「反射」ですからなんの感情もありません。
「把握反射」と言うそうです。
手の小指側から母指球あたりに指を差し入れると反応します。
母親に抱っこしてもらうための生存本能なんでしょうね。
足でも同じことが起こります。
足に触れるとギュッと指を丸めます。
手は出生後3、4ヶ月、足は9、10ヶ月頃まで見られるそうです。
考えてみれば赤ちゃんは生まれた時には手を握っています。
握っている状態が自然ということになります。
初心者の方は刀の柄を握る時、強くギュッと握りがちです。
しかもどちらかと言うと親指と人差し指側に力を入れて握る傾向があります。
そんな時はこちらから木刀の柄を差し出して木刀と握手する要領で握ってもらいます。
こうすると赤ちゃんの「把握反射」と同じ握り方になります。
刀の柄に小指側から母指球でそっと包むように触れた時の心地良さは赤ちゃんの頃の感覚がよみがえるからなのかもしれません。
この握り方が刀を自在に扱いかつ受けにも強い握りだと分かるのは稽古がもう少し進んだ頃になります。
10年以上前に日経新聞に連載された「黒書院の六兵衛」という小説がありました。
作者は浅田次郎さんです。
江戸城明け渡しが決まった後も無言で居座る御所院番士の的矢六兵衛とそれを取り巻く人たちとのやり取りが描かれています。もちろんフィクションです。
最近になってその小説がドラマ化されていることを知りました。
主人公の六兵衛を演じたのは吉川晃司さんです。
ドラマの中では六兵衛のセリフはありません(最後の一言くらい)
所作や目の動きなどだけで武士の矜持や心情を表現しています。
連載小説を読んでいたのでドラマのストーリーはわかっていました。よって私の関心はもっぱら六兵衛の所作でした。
例えば食事、膝行、礼、歩き方など武士の所作はどうか?の一点でした。
吉川晃司さんは相当稽古を積んだのではないかと思われます。
特に膝行はお見事でした。
私も稽古前に準備運動的に膝行はやりますが、その膝行とは少し違います。礼法に適った膝行と理解しました。
少しもブレずに最小限の動きで静かに進みます。
実に美しい!
握り飯を食べる所作にさえ武士を感じました。
またドラマの中では六兵衛がひもじさに苦しんだ経験があることが垣間見えるシーンも出てきます。
これまでの武士の所作をかなぐり捨ててうなぎを食べるシーンでは口からよだれを垂らしながら、なりふり構わずうなぎをかきこみます。
その対比が実に心に沁みました。
私の中では動のイメージが強かった吉川晃司さんですが、静かな動きの中に確かに武士を感じさせてくれました。
実は六兵衛は本来の武士ではなさそうです。金で御家人株を買った「金上げ侍」と侮られています。
浅田次郎さんは「黒書院の六兵衛」で「壬生義士伝」などと同じ問いかけをしているようです。
武士の義とはなにか?
武士の誇りとはなにか?
武士の情けとはなにか?
「この金上げ侍が!もう幕府は無くなったのだ!おぬしはもう幕臣ですらない!なのになぜ居座り続けるのだ!」
その通り・・・でももうそんなところに六兵衛は居ないのかもしれません。
現代にはもちろん侍も武士もいません。
しかしそんな現代にも刀を差して稽古している「六兵衛」がいます。
「止息滅尽三昧」
「しそくめつじんざんまい」と読みます。
禅で知覚と感覚が一時的に完全停止する深遠な瞑想状態のことを言うそうですが、私は文字通りに来るべき時が来たら自らの意思で息を停止して自らを滅して命が尽きることが出来る・・・と勝手に解釈してます。
病院のベッドで長らく苦しんで死ぬのはごめんです。
出来れば心穏やかに「止息滅尽三昧」でいきたいものです。
でも自身の終わりを自在に操ることなんて本当に出来るのでしょうか?
禅の高僧の中にはいくつも例があると伝えられていますが、もちろんこの目で確かめた訳ではありません。
書物からの一例です。
高島宇朗という禅僧はその禅の境地に達していたと言われています。
彼の最後を看取った次男の力郎はこう語っています。
「宇郎はいつもより1時間ほど早く起きて、用意した着物に着替え、洗顔、朝食の後、箱火鉢に硬炭を山盛りについで室内を温め、茶をすすり、机の上に広げた仏典「五燈会元」の一節を黙読し、静かに横になり、瞑目したが、その後、間もなく、息絶えた」
高島宇朗は77歳で静かにその生涯を終えたそうです。
私の最後はどうなるのだろうか?
そんなことを考えていたところ、先日「徹子の部屋」で俳優中井貴一さんがこんなことを語っていました。
緒形拳さんは最後のドラマ撮影が終わった打ち上げの後、店を出る時に中井貴一さんの方を振り返って「イヤ、じゃあまたな」といって別れた5日後にこの世を去ったそうです。
現代でも「止息滅尽三昧」の域に達していた方はいるのだと知りました。
「いつも通りに起きてまず入浴。その後に食事です。フランスパンにチーズと野菜を挟んで食しつつ、ゆっくり麦茶を飲みます。部屋は窓を少し開けて新鮮な空気を入れておきます。着慣れた稽古着に着替えてから、稽古に使っていた木刀と読みかけの本とフランスパン1本を用意します。これらを棺桶に一緒に入れて欲しいことや葬儀をやるのであれば「メロディフェア」という曲を流して欲しいと手紙を添えます。
その後、静かに横になって息絶える・・・」
私の最後もそんな風であればいいなあと思っています。
それまで稽古に精進します。
ちなみに禅僧高島宇朗は私の大好きな画家高島野十郎の実兄です。
最近、立ち上がるたびに「よっこい しょ〜いち」が出ます。
「あ〜年取ったなあ」と思いつつもなかなかやめられません。体に染みついてしまいました。
このギャグ?は私の世代あたりにしか通用しません。
若い人からは「なにそれ?」と不思議がられることはあっても笑ってくれることもなくなりました。
受けもしないにどうして出てしまうのか?
よく使うというのは「よっこい しょ〜いち」が心地良いからなのではないか?
どうして「よっこいしょ」よりも「よっこい しょ〜いち」の方が心地良いのか?
それはもう「よっこいしょ」だけでは立ち上がれないから・・・(泣)
センテンスが短すぎる!
「よっこいしょ」あたりではまだ腰が上がり切ってません。そこで「〜いち」部分が必要になってきます。
「〜いち」でやっと立ち上がれます(笑)
若い頃なら「よっこいしょ」の長さで立ち上がれたのに・・・と思っている同世代の人は多いはずです。
町人は剣術のことを「ヤットウ」と言ったそうです。道場などから「ヤーッ!トーゥ!」という掛け声が聞こえてきたのをそのまま剣術表現としたのだろうと思われます。
「あの浪人、ヤットウはかなり使えるらしいぜ」
なんていう時代劇のセリフがあります。
であれば剣術の掛け声のように「よっこいしょ ヤーッ!」ではどうでしょう?
良いですが、ダチョウ倶楽部みたいになります(笑)
ちょっと恥ずかしいです。
「よっこい しょ〜いち」に戻します。
この「しょ〜いち」のそれぞれの音も大事です。どれも踏ん張りやすい音になってます。
「しょ〜!」「いっ!」「ちっ!」
でも一つの音だけでは息が詰まって踏ん張る時に血圧が上がりそうです。それにやっぱり短い・・・
そこで三つ並べて伸ばしてみると・・・お〜!立ち上がりのソフトランディング!(ヘンな日本語です)
「よっこい しょ〜いち!」
あ〜やっぱりこれがおさまりがいい!
最近は胡座から螺旋に立ち上がるのがマイブームです。
こちらはさらに「よっこい しょ〜いち」のおさまりいいようです。
塚原卜伝の逸話を例に危機管理について 2020年4月9日付け静稽録で「本当に残念な話」を書きました。
実は最近、立て続けにこんなことがありました。
静稽会のある稽古場では壁や仕切りの無い二つの剣道試合場の片方を借りて稽古をしています。
数か月前のある日、学生剣道の会が奥の試合場で稽古をしていました。私たちが手前で稽古をしていると、遅れてきた数人が私たちの稽古場(白線の内側)を横切ってゾロゾロと奥に歩いて行きました。
危ないので注意したところ何が悪いのか?というような反応でした。
今日、その同じ稽古場で私たちが稽古している最中に横切る人がいたので注意したところ同じような反応でした。
今回の人は中国拳法を稽古している人のようでしたが、受け応えから日本人の方とお見受けしました。
もし私が同じような状況だったら、少なくとも剣道試合場に引かれている白線の内側には入りません。
白線の外側を歩いて奥に向かいます。休憩中で白線の内側で稽古している人がいなかったとしても礼儀としてそうすると思います。
ましてや木刀や刀を振り回している人がいる中を横切って行くというような危険なことはしません。ケガをする側もケガをさせた側も不幸な結果になりますから。
剣道の方々も中国拳法の方も武道、武術を学んでいるはずですが、一体なにを学んでいるのか?と疑問に思ってしまいました。
さらに後者の方は「自分はこの場所のルールを知らないから」と言い訳をしていましたが、はたしてそれはルールの問題なのでしょうか?
ルールの問題ではなくて稽古している人への思いやりと状況判断と危機管理の問題ではないかと残念に思った出来事でした。
<2020年4月9日静稽録>
ひふみんこと棋士の加藤一ニ三 九段が亡くなられたそうです。
神武以来の天才と呼ばれ、最高齢現役、最高齢勝利など様々な記録を持っていた将棋界の巨人でもありました。
気難しいイメージの棋士とは違って実に愛すべき人でした。
また彼はカソリック信者としてローマ教皇ヨハネ・パウロ2世から聖シルベストロ教皇騎士団勲章を受賞しています。
「棋士」でもあり「騎士」でもあったひふみんです。
相手側に回って将棋盤を覗き込んだという有名な「ひふみんアイ」ですが、剣術形で仕太刀から打太刀、打太刀から仕太刀に変わった時の「気づき」を私の中では密かに「ひふみんアイ」と呼んでおりました。
ひふみんは勝率が高い棋理があっても自分の棋理にこだわった戦い方を続けることが多かったそうです。
ひふみんから見えていた景色は普通の棋士とは違っていたのかもしれません。
「勝ちにこだわっているようではまだ未熟だ」
どこまでも将棋が好きだったひふみんの言葉に共感します。
ご冥福をお祈りします。
みなさんは寝相は良い方でしょうか?
江戸時代の武士は寝返りを打たないように躾けられたという話があります。
司馬遼太郎氏の小説「最後の将軍」には徳川慶喜がまだ幼少の頃に父親である斉昭が慶喜の寝相が悪いのを見て枕の両脇にカミソリを立てさせたという話が書かれています。
いかにも水戸の烈公らしい話です。
それにしてもどうしてそんな躾けをしたのか?
みなさんは横向きに寝る時にはどちら側を下にしているでしょうか。
よく言われるのは左側にある心臓を圧迫しないように右を下にして寝ると良いとか、右を下にすると胃の出口が下になり消化促進になるという話を耳にします。
実は武士も右を下にして寝るべしと言われていたそうです。
ただその理由が違います。
万が一、寝込みを襲われた時に利き手である右手を守るためにだとか・・・
いや〜人間は寝ている間に無意識に何回も寝返りを打つはずですから、どちらにしてもあまり効果はなかったような気もします。
自分のことを振り返ると、私はほとんど仰向けに寝ているみたいです。昔から寝相は良い方です。
ずーっと仰向けでは腰が痛くなるので、時々横向きになりますが、その時は左を下にして寝ています。
理由は寝床の左側に小太刀木刀を置いてあり、万が一の事態に備えて右手で小太刀木刀がすぐに取れるように・・・ウソです。
私の右側に寝ている妻と向き合わないように・・・(笑)
無意識かもしれません。
ちなみに妻はよく寝返りを打ちます。右を下にして寝ていることが多いようです。
結果としてお互い背を向けて寝ている時間が多いということになります。
まあお互いの安眠のためにはそれが一番かもしれません。
枕の両脇にカミソリを立てられた慶喜はその後、寝相は良くなったそうです。しかも晩年まで右を下にして寝ていたとか。
さすがはラスト将軍!
静稽会では他流の形(型)も研究し、稽古します。
「学ぶ」の語源は古語の「真似(まね)ぶ」だと言われていますが、まずは真似することから始めるのが基本です。
門外不出の昔と違って最近では動画や伝書、著作などの参考資料はそこそこ見ることが可能ですので、あらゆる角度からトライしていきます。時には国会図書館などにも出向いて文献などを探します。
それでもわからないことはたくさん出てきます。
(よく「伝書を読めばわかるのでは?」という人がいますが、おそらくそういう人は伝書というものを見たことが無いのだろうと思います)
それでも昔はどうだったのか?と考えると師が手取り足取り具体的に教えていたという話は全く聞きません。
結局は師の動きを見て、師の言葉などから自身で気付くしかなかったはずです。
昔と違って今では一から十まで手取り足取り教えるところもあるようですが、私は必ずしもそれが良いとは思っていません。それではかえって伝わらないものがあるという現実も目の当たりにしています。
琳派という桃山時代から近代まで続いた大和絵の流派があります。
本阿弥光悦、俵屋宗達から始まり、尾形光琳、酒井抱一、鈴木其一と続いていきます。
琳派は家系や直接師事した師弟関係で続いてきたわけではありません。時代を超えて「私淑」して断続的に継承されてきた流派です。おそらく先代が描いた絵を模写し続けた先に自身の境地を見出したのだろうと想像します。
直接の師事ではなく時間や場所を超えて受け継がれる良い例だと思います。
真似することを軽視する人もいるようですが、とことん真似することはそのものになり切ることであり、そのものに対する強い想いが無いと出来ません。表面だけを真似する中途半端な真似は劣化コピーにしかなりません。
大好きな高島野十郎という画家がこんなことを言っています。
「写実の極致は慈悲である」
長年にわたって何度も何度も同じ形(型)を稽古し続けると必ず見えてくるものがあります。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
今年の私の初夢には高橋英樹さんが出てきました。
そう言えば3年前には眠狂四郎の刀をいただく初夢でした。
2023年1月3日「初夢 眠そうな刀」
高橋英樹さん所有の刀を見て欲しいと言われて自宅を訪問しました。
今度はいただけるわけではなかったです。
あくまで夢の話です。
刀を拝見すると刀形は尋常なのに地景の多い地鉄と冴えた刃の境には小さな黒い泡のような紋様(沸?)がびっしり。それが鎬(しのぎ)に向かうほど少しずつ大きくなりながら広がっていました。
小さな魚卵がだんだんと鱗の様に広がって・・・ちょっと気味が悪い・・・
高橋氏からコメントを求められた私はうっかり「面妖な刀ですね」と答えてしまいました。
これは逆鱗に触れると思って下を向いていると
「そうですか。これは桃太郎侍の刀なんです」
そう言えば高橋英樹さんの代表作「桃太郎侍」の差し料は備前刀の名工上野大掾祐定が作刀した御神刀「桃太郎祐定」という設定です。
「祐定」と言えば一般的には地鉄は小板目肌が良く練れて細かく精良と言われていますのでこの刀とはちょっと違うような気もします。
ん〜この後、どうコメントしようか・・・
悩んだまま初夢はここで終わり。
「ひと〜つ 人の世の生き血をすすり、ふた〜つ 不埒な悪行三昧、みっつ 醜い浮世の鬼を退治てくれよう桃太郎!」
大好きだった「桃太郎侍」に会えたのは嬉しかったですが、危うく退治されそうになった初夢でありました。
ちなみに桃太郎侍の流派は小野派一刀流だそうです。
退治されないように今年も心身ともに精進したいと思います。
健美居合会は静稽会の居合エッセンスを抽出した稽古を通じて健康と美しい姿勢を保つことを目的とした会です。
ほぼ男女同数で平均年齢は65歳くらいでしょうか。
その健美居合会にはすでに3年近く稽古を続けている最高齢82歳の男性がいます。
稽古を始める前はやや心配もしましたが全くの杞憂でした。
今も20歳近くも若い人たち(とは言ってもその人たちも60歳台なのですが・・・)と同じ稽古量をこなしています。
また当初は主に女性会員たちから「木刀は重い」という意見があり、それを受けて細身の棒を使って稽古していましたが、その女性たちも今では木刀を使って結構な稽古量をこなしています。
しかもみなさん、フォームが良い!
いや非力だからこそ良いフォームになるのだと言い換えた方がよいかもしれません。
「理」に適ったフォームの習得にはそれなりの稽古時間が必要になりますが、負荷が体の一箇所に偏らないのでケガも少なく、かつ小さい力で大きなパワーを出すことが出来ます。
逆になまじ筋力がある方などはどうしても普段使いの筋力に頼りがちです。
(実は本人が思っているほど筋力が無いのがさらに問題です)
確かに短時間の稽古で一見似たようなことは出来ますが、実際にはなかなか「理」に適ったフォームにはなりません。
今後、年齢を重ねると筋力はどんどん低下していきますので、同じやり方で稽古を続けているといずれ肘の故障などにつながるのではないかと心配になります。
また腕力に頼る人は素振りや抜刀を「理」ではなく勢いでやろうとするので、刀のコントロールが効いていません。誤って他の人をケガをさせてしまうのではないかという心配もあります。
そう考えると非力なことを自覚している高齢男性や女性の方が自然に「理」に適ったフォームに転換しやすいと言えます。
今年、ノーベル賞を受賞した京都大学北川進教授は色紙に「無用の用」という荘子の言葉を書くそうですが、居合の場合は「非力の力」と言ってよいかもしれません。
もうすぐクリスマスです。
「クリスマス?何を企んでいるんだ?」
「いやいや何の意図もありません」
「本当に?」
「はい!」
クリスマスになると思い出す「チキンライス」という歌の話です。
当時はたまにしか連れて来てもらえない親と一緒の外食。
高いものをたのむと二度と連れてきてもらえないような気がしていつも安いチキンライスをたのんでいたという子供心を歌っています。
子供の頃、私は全く逆で親と一緒の外食がイヤで仕方なかった・・・
まあそういう年齢だったんでしょうね。
ある時、食べたいわけでもないのにワザと高い「ビフテキ」(昔はまだまだ牛肉が高かった時代でビーフステーキを特別にそう呼んでました)を注文しました。
そうしたら親と一緒に外食をしなくて済むかもという子供の浅はかさです。
クリスマスが近づいて「チキンライス」という歌を聞くとその時のことが思い出されてとても複雑な気持ちになります。
「チキンライス」の歌詞はこう始まります。
「親孝行って何?って考える
でもそれを考えようとすることがもう親孝行かもしれない」
それが本当に親孝行?
私の親は二人とも、もうこの世にはいません。
「孝行したい時には親はなし」
「さればとて石に布団は着せられず」
「チキンライス」は大人になって何でも自由に注文出来るようになってからもやっぱりチキンライスがイイと歌います。
とりあえず親にはあの時のことを謝っておけば良かった・・・
「ビフテキ」は今でもちょっとほろ苦い味がします。
人にはそれぞれのクリスマスがあるはずです。
先日、静稽会の稽古総見で例年演武を披露頂いているCさんご夫妻と一緒に「どうしたらいいの?アイヌ音楽の伝承」という講座を聴いてきました。
アカデミックな講座でアイヌ音楽に関する知識がゼロの私には新鮮なことばかりでした。
講師の千葉伸彦氏がアイヌ音楽の伝承の難しさついて語ってくれました。
私なりに話の内容を噛み砕くとこんな感じです。間違っていたらすみません。
「アイヌの人たちの音楽はいわゆる西洋音楽とはアプローチの仕方が全く違う。現代の人たちに馴染んだ音楽のベースは完全に西洋音楽に準拠しているためアイヌ音楽を受け入れるにしてもどうしても西洋音楽の影響を受けざるをえない。よって西洋音楽の影響を受けた人たちへの伝承は感覚的に本来のアイヌ音楽とは違うものに変容していく。本来アイヌ音楽は拍の取り方や音がもっと自由で幅があり個性が優先されるために理解されにくく伝承が難しい。ただその変容を簡単に否定することは出来ない」
具体的な例を挙げながら語ってくれました。
西洋の文化はあらゆるところに入り込み日本古来のものを変容させていることを肌で感じさせてくれる講座でした。
その後、Cさんはこんな話もしてくれました。
「日本に本格的に西洋音楽が入って来たのは黒船来航からだ。その西洋音楽は当時の軍隊で兵隊たちを一斉に動かす必要から使われたもので軍隊という集団を指揮するためには曖昧なものは廃され、一律で正確に伝達される音楽が必要だった。それは軍隊だけでなく教育現場にも導入された。本来、日本古来の音楽はもっと自由で曖昧で個人に由来するものだったはずで、なかなか楽譜には落とし込みにくく、そういう意味でも伝えることが本質的に難しい」
振り返ってみると体の使い方も同じです。
明治以降、洋服や日常の生活様式、学校教育の西洋化で私たちの体の使い方も大きく変わってきました。もう古来の日本人の体の使い方は正確には誰もわからないのかもしれません。
「古武術」というフィルターを通じて古来の日本人の体の使い方を伝えようとしても、西洋式に慣れ親しんだ私たちの体はなかなか言うことを聞いてくれませんし、そもそも伝える側が西洋式の体の使い方に影響を受けていないはずはなく、誰もそれを検証できません。
もともとアイヌ音楽と同じく「感」の部分に大きく依存する「古武術」の伝承はさらに難しさが増します。
こんな話を聞くと絶望的にも思えますが、「変容を簡単には否定しない」という千葉氏と同じく、私は「古武術」も個人的で自由で曖昧で変容し続けてきたはずと思っています。そしてそんなところが魅力的なんだと思います。
「古武術」は一律にこうであり、それ以外は認めないというスタンスに立った「伝承」こそ危うい気がします。
先日、NHK「クラッシックTV」を観ていたところ、スキマスイッチの常田氏からピアニストの清塚氏にポップスとクラッシックのピアノの弾き方の違いを聞く場面がありました。
清塚氏はこんなことを言います。
「ショパンは手首で呼吸する」
ベートーヴェンの「エリーゼのために」の一音目を例に出して、クラッシックピアノではまさに恋人エリーゼのために語りかけるように優しく弾き始めなければならない・・・
そのためには指だけで強弱の調整をすると音が出ない可能性があるので、指で弾くのではなく肘の重さを乗せて弾くそうです。その結果、指は鍵盤に触れたままなので手首が上下するように見えるらしく、そのことを「ショパンは手首が呼吸する」と言ったそうです。
なぜ例がショパンじゃあなくてベートーヴェンなのか?はちょっと気になりましたが、ピアノは指で弾くものと思っていた私にとってはちょっと驚きでした(ちなみに私はピアノは全く弾けません)
稽古でもこれに似たようなことがあったりします。
動いているところだけを見ていてもその動きの本質はわかりません。
動力源はどこか?
意外に動いているところから遠いところだったりします。
また動力源は一つとは限りません。
筋肉とは限りません。
動きには表があり裏があります。
右があれば左があり、上があれば下があります。よくよく見極めなければ見誤ります。
先日、翡縁会の多々良先生から「翡縁会年末発表会」の動画をお送りいただきました。
武術には「見取り稽古」というのがあります。
現在、「見取り稽古」をさせていただいております。
見てもその動きの本質が分からないところは自身の未開拓の部分です。
さらには見えてないところもあったりします。
当然見ているだけではわからないことがたくさんあります。
それでもその動きを稽古場でトレースしてみるとその動きが尋常ならざるものであることはわかります。
なぜ同じ動きが出来ないのか?
なぜこんなに速く動けるのか?
そこから新たな稽古が始まります。
「見取り稽古」は「眼」を養う稽古であるとともに「盗む」稽古でもあると考えています。
そしてそれもまた楽しい稽古となります。
スピードスケーター金メダリストの高木美帆選手がこんなことを言ってました。
「スピードスケートは常に左回りで行われるため体のバランスに歪みが出る」
それは何に影響するのか?
「特に直線での滑りに影響が出る」そうです。
私の拙いヨガ経験ですが、ヨガをやると自分の身体の左右差がよくわかります。
私も身体の左右に歪みがあるだろうとは感じていました。
その原因は?
居合は常に左腰に重い刀を差したところから始まります。
高木美帆選手の左回りで体に歪みが出ると言う話が正しければ私の歪みも同じ原因かもしれません。
真偽の程はさだかではありませんが、「昔の武士は左足の方が大きかった」という話を聞いたことがあります。
昔の武士は二本差しですから、確かに左側に大きな負荷がかかっていただろうと想像出来ます。
一度試したことがありますが真剣の二本差しは想像以上に重い・・・
こんなにも重いものを腰に差して歩いていたのか!と驚きました。
最近、花王ライフケア研究所が「my symmetry」というアプリを開発しました。身体の歪みを測定出来るということでしたので、早速試してみました。
私の場合は骨盤のねじれや傾きはないものの、やや左上がりと解析されました。
さらに足関節動作、股関節動作は良好で膝関節動作は左だけがやや硬いそうです。
なんとなく自身の感覚と一致するところがあります。
やはりこれは腰の刀のせいなのか?
隣から「いやいやいつも左肩にカバンを掛けているからでしょ!」という声が聞こえてきました。
う〜ん、そう言われればそうかも・・・(笑)
普段、稽古で日本刀を振り回している静稽会のIさんは11月15日の狩猟解禁日からは日本刀を猟銃に変えて山に入って行きました。
連日流れるクマのニュースを見ていると気をつけてと願うばかりです。
最近のクマ被害は甚大ですが、元々日本のクマは臆病な性格だと言われています。そんな臆病なクマがなぜ人を襲うのでしょうか?
先日、アフリカをサファリしながら色々な動物を探す番組をやっていました。
サファリを案内する人たちは面白い動物の見方をするものだと感心します。
例えばインパラ。
アフリカ大陸の食物連鎖の中で最も下層にいる動物かもしれません。よって他の肉食動物のエサになりやすい・・・インパラたちは「マクドナルド」と言われているそうです。アフリカサバンナの「ファストフード」というわけです。
その証拠にお尻に「M」の字があるとか・・・(笑)
少し話が逸れました。
その番組でこんなことも語られていました。
意外にもサファリの地上歩きで一番怖いのはライオンやゾウではなく年老いたバッファローなんだそうです。
年老いたバァファローは警戒心が強く、自分が襲われるとの思い込みからいきなり襲ってくることがあるそうです。
もしかしたらエサを求めて人里まで足を踏み入れた日本のクマも同じ「心境」なのかもしれません。
最近ではあちこちで吠え、噛みついている人間の姿もよく見かけます。
「臆病な犬ほどよく吠える」とはよく言ったものです。
臆病で自信のない人ほど大声で騒いで自分の弱さを隠そうとするのかもしれません。
そう言えば、はちみつ好きのプーさんは元々は優しい性格のクマというキャラクター設定になっていますが、本当はどうなんでしょうか?
彼はどうも日本のクマではなさそうなのでよくわかりませんが、やはりビクビクしながらエサを求めて人里に来て凶暴化するのでしょうか?
でも凶暴なプーさんは誰からも愛されませんね。
臆病で凶暴なクマが日本中を振り回しています。
Iさん、どうかご無事でお帰りください。
2025年11月1日〜2日に第37回大刀剣市が開催されました。
初日は午前中の稽古を終えてから足を運びました。
するとある刀屋さんが出しているブースの刀に目が釘付けになりました。
私がこれまで大刀剣市で見た刀の中で最も欲しいと思った刀でした。
もちろん武用としてです。
実は最近、年のせいか差し料の「吉廣」(二尺五寸二分、1300g)が重く感じるようになりました。これから先のことを考えるともう少し重さを抑えた刀にした方が良いのではないか?と感じていたところでした。
そんな時にドンピシャの刀が目の前に現れた訳です。
新々刀、在銘、在年紀銘、二尺三寸八分、直刃、反り尋常、重ね尋常、身幅尋常、重さ、バランスとも良し。時代拵え付き、白鞘付き、鑑定書付き。しかも値札はなんとか頑張れば手が届く値段で、今の差し料を手に入れた時の値段よりも安かった。さらに店主は「勉強します」とのこと。
その日は後ろ髪引かれながらも決断出来ずに帰宅。
夜は様々な購入の言い訳を考えていたせいか眠れず。
翌日も午前中の稽古を済ませてから、急ぎ足でまた大刀剣市へ。
ところが・・・なんと売約済・・・
まあ、そうだよなあ〜
居合を稽古している方に買われたそうです。
それは、まあ、良かった・・・
しかもその方は値札通りで買われた様子。よっぽど気に入られたのでしょう。
刀は持つべき人と縁で繋がっていると言われます。
私とは縁がなかった・・・
考えてみれば今の差し料も江戸時代初期頃に作られてから今まで何人かの人の手に渡り、縁あって最終的に私の差し料となっている訳です。
私には「吉廣」の方が縁のある刀だったのでしょう。
改めて「吉廣」とともに稽古することを誓い、この刀が振れなくなった時には静かに刀を置いて次の人に引き継ぐ覚悟をしました。
静稽会は会として稽古前の準備運動はしていません。各人がそれぞれ体調に応じてすることになっています。
私は稽古前に「正座」「蹲踞」「膝行」「四股」の四つもしくはその中のいくつかをやることが多いです。
まずは「正座」です。
静稽会の居合形の基本は座業です。
正座から始まります。
居合形をそのまま実戦シミュレーションだと思っている人はよくこんなことを言います。
「刀を差したまま正座する状況なんてあり得ない」
確かにそんな状況は無かったと思います。
本来は座る時には刀は右脇に置きますから。
ではなぜ居合形は刀を差して正座したところから始まるのか?
色々な考え方があると思います。
私は一つは正座がいわゆる武術の基本である「上虚下実」が取りやすい姿勢だからなのだろうと思っています。
正座は初心者の方でも肩の力が抜けて安定した姿勢が取りやすい姿勢だと思います。また立業よりもブレが少ないメリットもあります。
私は稽古前にまず座業居合形を七、八本抜いて気を入れます。
次に「蹲踞」です。
蹲踞は相撲の取り組み前の姿勢です。直立の姿勢から上体を真っ直ぐにしたまま膝を曲げて腰を下ろし、爪先立ちで両膝を開いた姿勢です。
初心者の方には少し難しいかもしれませんが、親指の付け根に重心がかかるようにすることがポイントです。
蹲踞は中心軸を体感するためには必須の感覚稽古です。蹲踞からそのまま立ち上がれば正しい立ち姿勢になります。
そして余裕があれば「膝行」です。
足腰を鍛え身体の軸を練るのに役立ちます。足を使わず左右の入身で進行します。
稽古場で前進、後退の往復するだけでも汗が出てきます。
膝行が少しキツイなあという時には代替で「四股」を踏みます(笑)
これらはそれほど時間をかけずに体を整えることが出来ると思います。
以前は「武士は戦う前に準備運動などしない」などと言って稽古前に準備運動は一切しませんでした。
しかし最近では寄る年波には勝てず・・・恥ずかしながら皆さんが来る前にひっそりと最小限の「稽古前稽古」をしております。
口が裂けても「準備運動」とは言いません(笑)
<参考>
2023年8月19日付け静稽録「武士のストレッチ」
く
NHK大河ドラマ「べらぼう」は老中松平正信(白河藩主)の「寛政の改革」の真っ只中です。
財政再建、農村復興、風紀粛清、秩序回復・・・どれも正しいことばかり。
でもうまくいかない・・・
「白河の清きに魚も棲みかねてもとの濁りの田沼恋しき」
田沼意次政策の反動でどんどん変な方向に進んでいきます。
だいたい世の中、やり過ぎるとロクなことがありません。
現代で言えばダイバーシティ、ハラスメント、ダイパ、効率化、配慮・・・どれも正しくて大切。
でもこちらも「もううんざり」「やり過ぎ」と言った声も聞こえてきたりもします。
そんな縮図が子どもたちの「運動会」だったりします。
「最近の運動会は何をやっているのかよくわからない」
「なんだかつまらない」
そんな声を聞きます。
見ている方だけでなく、やっている子どもたちも同じ感想を抱くようです。
確かにみんなが安心できる運動会かもしれません。
でも安心感はあるけどワクワク、ドキドキは少ない・・・
昔から「自由」と「平等」は矛盾した概念でこれを並び立たせることは難しいと言われています。
それでも「共存」の可能性があるとすればそのクッションの役割は「寛容」に期待するしかありません。
私は「寛容」は「力を抜く」ことだと思っています。
お互いに声高に叫ぶのではなく、まずは力を抜いてゆったりすること。
「まあ一緒にお茶でも飲みましょうよ」
松平正信も「寛政の改革」ではなく「寛容の改革」でいったら良かったかも(笑)
お互いに「多少のことは許してね〜」
私はそんな世の中の方が楽しいと思いますけどね〜
また武術でも力を抜いた方が技が決まるのというのが常であります。
何事も力を抜いていきたいものです。
私は演武は形の精神性が語られるものでなければならないと思っています。
単に動きの速さで形をなぞるような演武や敵対動作や技術にのみに固執した演武にはあまり魅力を感じません。
先日の稽古総見で翡縁会多々良先生の舞踏にも似た(私は舞踏に対するリスペクトを込めて敢えて舞踏と表現します)最初の演武に心打たれました。静かで穏やかな動きに深い精神性を感じる演武でした。
さらに演武は形の精神性とともに稽古の中でその人の核心が練り合わされていくものだと思っています。
稽古総見後の懇親会で私はCさんの演武には「短調」を感じるとお伝えしました。
私はCさんの演武が好きで、観ていると美しい短調のメロディが溢れ出てくるように感じます。
ご本人にお伝えしたところ当初は「短調」という言葉からかあまり肯定的な響きを感じなかったのかもしれません。少し怪訝な顔をされていました。
一般的には「短調」は「暗い」「悲壮感」「重々しい」と言った雰囲気を纏った曲という感覚を持つかもしれませんが、実際は決してそんな「単調」なものではありません。
「短調」には哀しみの中にも力強さを感じさせるものもありますし、叙情的でおおらかな曲もあります。
その後、具体的な私の好きな短調の曲を例示してCさんに真意をお伝えしたところ
「具体的な曲名を聞くとよくわかります。武道を教わった先生は型に自分の個性を載せることを奨励していたので、やはりその影響もあるかもしれません。それは自分の方向性の一つだと思いますので、指摘頂いて嬉しく思います」
およそそんなことをおっしゃっていただきました。
ちなみに別のSさんの演武には「テクノ」を感じると言いました。この方の演武も好きです。
テクノは正確なビートを刻みながら複層的に音を重ねていく感じがなんとも心地良いのです。
彼の演武はスピード感溢れる多彩な音が聞こえてくるような演武です。また彼は他国の武術なども習得しているせいか、その動きからはどことなくオリエンタルなグルーヴも感じます。
やはり美しく心地よい調べが聞こえてくるような演武には惹かれてしまいます。
10月19日に第14回稽古総見が実施されました。
素晴らしい演武を披露くださった翡縁会様、合気道を楽しむ会様、草武会様、S様、ありがとうございました。今年も眼福でございました。
また健美居合会をはじめ各会とご縁のある方々が見学参加してくれました。足を運んでいただきありがとうございます。ぜひ来年は演武参加していただけると期待しております。
静稽会ではまだ入会して2、3ヶ月の新会員の方々がゼロから稽古総見に臨みました。
まずその勇気ある参加を大いに讃えたいと思います。そして緊張する中にもかかわらずよくやったと思います。
さらにそういう新会員の方々と一緒に稽古してくれた方々にも感謝しております。
私は「教わる」こと以上に「教える」ことは自分の稽古になると思っています。
教えた方にとって自分の曖昧な部分を明確にし、さらに深い部分を掘り下げた稽古になっているはずです。
私自身も基本言語の違うCさんと一緒に稽古することで根源的な部分の伝え方に悩みながらも新たな発見をすることが多々ありました。
そしてそんな悩みながらの稽古さえ楽しく出来たこと自体が収穫でした。
そのほか稽古総見に向けて様々な形で協力してくれた皆様にも改めて感謝します。
稽古総見は年一回です。
いや第14回稽古総見は一生で一回です。
ここに向けて体調管理、スケジュール管理をしながら稽古を続けてきてようやく当日を迎えることができます。
これには「運」もあります。
どんなに気を配っていてもダメな場合もあります。
だからこそ貴重な稽古総見なんだと思います。
そんな貴重な第14回稽古総見をともに体験してくださった方々に心から感謝いたします。
先日、久しぶりに舞踏カンパニー山海塾の「TOTEM-真空と高み」を観に行きました。
山海塾は今年で創立50年だそうです。
昨年、山海塾主宰の天児牛大氏が74歳で亡くなってこれからどう活動していくのか?
いろんな意味で山海塾は岐路に立たされているかもしれません。
演出助手で創立からの舞踏手でもある蝉丸氏はもうすぐ古希のはずです。
彼は体に不安を抱えたりしていないのか?
どんなに鍛えた体でもあの舞踏の動きには体が悲鳴をあげているだろうなあとつい我が身に置き換えてしまいました。
実は観に行ったのは稽古総見を目前にしていろいろと迷いに迷っていた時です。
何かヒントがあるかと淡い期待を抱いてましたが、もちろんそんなものは見つかるはずもなく、さあどうしたものかと・・・
それでもかろうじてこんな言葉を思い出させてくれました。
「舞踏とは命がけで突っ立った死体である」
舞踏家土方巽氏の言葉です。
そう言えば「立ち往生」という言葉があります。
「進退きわまった」という意味ですが、弁慶が衣川の合戦で源義経を守るために無数の矢を浴びながらも大長刀を杖にして立ったまま絶命したことからきた言葉です。
まさに「進退きわまった」時は「命がけで突っ立った死体」が持つエネルギーで臨むしかないということかもしれません。
稽古総見で「命がけで突っ立った死体」になってみるのも面白い(笑)
そんな覚悟さえ出来ればもう何も迷うことはありません。
今年の第14回稽古総見が目前に迫ってきました。
今年は入会2、3ヶ月で稽古総見にチャレンジする新会員の方も数名います。
大いにその心意気を讃えたいと思います。
稽古中に同じところを何度も間違えて「あ〜っ!」
出来て喜び、出来なくて落ち込み・・・
それでも稽古総見の日がどんどん近づいていきます。
♪稽古不足を幕は待たない♪
稽古総見に幕はありませんが、ここまできたらあとは間違えても、たとえ出来なくても気にすることはありません。
既に稽古総見の目的は半分達成してます。
稽古総見の目的は演武を上手くやることではありません。
目的の第一は稽古総見までの稽古に集中すること。
第二は稽古総見の緊張を楽しむこと。
第一の目的は達成出来ました。
第二の目的はこれからです。緊張を飲み込んで腹に落とし込むことが出来れば楽しめるはずです。これも稽古の一つです。
残念ながら稽古した以上のモノは出て来ません。
自分自身に対する根拠のない期待値が高いと緊張します。
根拠はこれまでしてきた稽古だけです。
あとは稽古で身体が覚えたモノをその場の氣に乗せるだけです。
頭で考えず、身体の感じるままに動いてみてください。
演武が上手くいっても上手くいかなくても稽古総見が楽しければそれで大成功です。
クラッシックバレエでは最初に5つのポジショニング(体の位置、姿勢)を徹底的に身体に叩き込まれます。
特に重要なのは動きの起点、終点になる足の位置で、全て股関節から脚をまわして作ります。
静稽会ではHさん指導の時は稽古前に必ずこのバレエのポジショニングに近い稽古を実施します。
いわゆる「素形つくり」とも言える基礎稽古です。身体を動かす時の武術的な「基準値」となる感覚を養う意味があると思っています。もちろんそれだけではありません。
その「基準値」からズレた時の身体のあり方を明確に把握することができるようになると動きの修正が比較的容易になります。
さらに進んで「基準値」を意図的にズラすことで様々な動きに柔軟に対応していくことが可能になります。
「基準値」がクリアになることで微細なブレにも敏感に反応できようになって変化の可能性が広がります。
そのためにはまず「基準値」をしっかり身体に覚えさせなければなりません。特に初心者の方々はこの稽古の意味を知ってしっかり取り組むと先々の稽古がスムーズになると思います。
バレエでは自分のポジションのことを「カスタマイズドポジション」というそうです。
武術的「カスタマイズドポジション」が年々変化しているのを感じている私です。
いずれにしても初心者、ベテラン問わずHさんの「ポジショニング」稽古は続けていく必要がありそうです。
ちなみにこのポジショニング「稽古」ですが、あまり鏡を使わない方が良いかもしれないと思うようになりました。
鏡に映る自分の身体を修正するというやり方は鏡の中の自分に意識が飛びすぎてしまう傾向があります。
鏡を見ずにもっと自分の感覚を内側に没入させていくようなやり方の方が適していると感じるようになりました。
これは稽古全般にも言えるかもしれません。
今度のNHK朝ドラ「ばけばけ」は小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とその妻のドラマらしいです。
「たちまち」という言葉が伝わらないで始まる初回でした。
「私に学があれば・・・」と悩む後の小泉八雲の妻(松野トキ=小泉セツ)。
そんなシーンが自分と重なりました。
最近、静稽会に入会したイギリス人Cさんへの伝え方に悩む私です(笑)
大まかには伝わるけれど、あともう少しのところが伝わらない、伝えられないこのフラストレーション。
でもこの「あともう少しのところ」が一番大事なところだったりします。
しかし考えてみればこれはCさんに限ったことではありません。「あともう少しのところ」が伝わらないのは日本語でも一緒。
「あともう少しのところ」は言葉では伝わらないのかもしれません。
Cさんは今、稽古総見に向けて熱心に稽古に取り組んでいます。出来ないと落ち込み、出来ると飛び跳ねて喜びます。
伝える方もそんなCさんに何とか伝えたいと強く思うようになります。
翡縁会の多々良先生は
「上達に必要なのは熱意と素直さだ」
と言います。
Cさんは自作の刀袋を担いで遠方から稽古にやってきます。
もしかしたらCさんは「ばけばけ」するかもしれません。
今年も稽古総見の時期がやって来ました。設立以来14回目の稽古総見です。
いつも言っていることですが、静稽会の稽古総見は竹の「節」のようなものです。その「節」がより太く大きくなるためには「負荷」が掛からなければなりません。
「負荷」の第一は稽古総見に向けた稽古が濃密になること。稽古総見は1年間やってきた稽古の集大成ですからそこに向けた稽古はさらに凝縮されます。当然、普段の稽古とは違う「負荷」が掛かります。
そして稽古総見には演武を見てくれる人が多いことが必要です。より緊張感が高まるような舞台が「負荷」を増幅します。見られることによって平常心が磨かれます。
さらに志を同じくするゲストの方々の存在です。
翡縁会さんの「稽古つぶやき」にはすでに稽古総見に向けた稽古を開始したと書いてありました。
こちらは「負荷」というよりも「励み」と言った方が良いかもしれません。
それらの「負荷(励み)」にどう向き合ったか?
それが稽古総見だと思っています。
そしてそんな稽古総見を楽しめるか?
実はこれが一番大事です。
「負荷」の局面を楽しめるか?
楽しめたとすれば竹のようなしなやかさがまた一つ身につけられるはずです。
稽古総見ギリギリまで濃密な稽古を積んで、あとは我を忘れて演武することに集中します。
そして稽古総見の後は懇親会です。
志を同じくする方々と食べ物で体を満たし、アルコール(飲めない人はノンアルコール)で心を洗い、この一年をゆっくり振り返ります。
今年の稽古総見もそうなるよう願っています。
2024年9月28日付静稽録「第13回稽古総見」
2018年4月15日付静稽録「稽古総見」
話題作の映画「国宝」に出演されているダンサーで俳優の田中泯さんがこんなことを言っています。
「振り付けされた動きを体を鍛えてできるようにしていくのも一つの方法で私はそれを否定しない」
しかし自分は「ダンスのために作る体で踊るのは違うと思っている」
彼は40代のころから山梨で農業を始めます。
「野良仕事で体を作り、その体で踊る」
それが彼の行き着いた答えでした。
彼の踊りは踊る場所と深く結びついています。
だから自分の「踊り」を「場踊り」と呼びます。
場所で感じたものをそのまま受け入れて踊るので振り付けは一切ありません。
彼は若い時にはクラッシックバレエやアメリカンモダンダンスを学び、その後舞踏家土方巽にも影響を受けています。そんな彼の「体」から発するモノが「場」と共鳴して「場踊り」になるのだろうと思っています。
さらに彼は「一番大事なのは競争のためにやってはいけない。踊りのためにやらなければいけない」と言っています。
きっと競争してしまうと心身が意識の対象になってしまうからだろうと思います。
分野は違いますが、私は彼の考え方に共感しています。
田中泯さんのようなわけにはいきませんが、私も特別な筋トレではなく多少負荷のかかる日常生活の動きで稽古に耐えうる体を維持するよう努めています。
先年スポーツに関する資格取得のために筋トレなどの知識や実技を学びましたが、むやみな鍛え方をすると稽古の動きとは相反してしまうと実感しました。
これはヨガにおいても感じたことでした。
やはり長い目でみると日常生活の中で培われた鍛え方の方が稽古にも年齢にも馴染むのかもしれません。
<参考>
2013年8月13日付静稽録「田中泯」
2024年11月16日付静稽録「たそがれ清兵衛の小太刀」
私は小学生の頃に「英会話」を習っていたため自分は「英語」が得意だとばかり思っていました。
ところが中学校の英語の授業で先生から「君の発音は違う」と言われてしまいます。
今考えればあまりにも「英語」の先生の発音が「ジャパニーズイングリッシュ」過ぎた(笑)
当時の田舎ではまだ小学生が「英会話」を習うような時代ではなかったので「英語」の先生は私の「英会話」が聞き取れず「こいつ何言ってるんだ」という感じだったのだと思います。
その証拠にネイティブの方にはちゃんと通じていましたから。
その時に「英会話」と学校で習う「英語」は別物なんだと「学び」ました。
その後、私の「英会話」はだんだんと「ジャパニーズイングリッシュ」に染まっていきます。
そして社会人になってから社命で神田の語学学校に通うことになりますが・・・
当時は在日米軍向けのラジオFEN放送(1997年からはANF放送)を聞き取る学習法だったのですが速過ぎて全く聞き取れない・・・
完全に私の耳は「ジャパニーズイングリッシュ」になっていました。
さらに語学学校の授業は英語オンリー。休み時間さえも日本語禁止。先生だけでなく他の生徒からも
「in english!」(英語で!)
だんだんと口数も少なくなっていき・・・海外勤務の芽はなくなりました(笑)
最近、静稽会にイギリス人のCさんが入会しました。綺麗な英語を話します。
稽古ではなるべく武術用語そのままで伝えるようにしていますが、なかなか伝わらないのが現実です。そんな時は自分の中で「in english!」が頭を駆け巡ります。当然ですが訳せない言葉もあります。
日本の武術を習うのだから日本語が当たり前というスタンスもありかもしれませんが、少しでも伝われば嬉しいとの思いです。
静稽会には英語が得意な方もおりますので、その方々にお願いしながら稽古を進めています。
私自身も英語表現と日本語表現の違いや新しい発見を楽しみ、悩みながら稽古しています。
例えば「股関節」は英語では「hip joint」と言います。
学校では習わなかった単語ですが、日本語よりも英語の方が正しい位置を示しているような気がします。
Cさんの稽古終わりの「お疲れ様で〜す!」の日本語はとても自然な発音とイントネーションです。
彼女が一番耳にしている言葉であり、発している言葉なんでしょうね。
やはり何事も回数がモノを言います。
ちなみに稽古終わりの「お疲れ様で〜す!」
「in english!」
翻訳アプリでは
「thank you for your hard work」
ん?これはちょっと違う(笑)
やっぱり言葉は文化ですね〜
Cさんは今年の稽古総見に向けて稽古に励んでいます。
静稽録は静稽会ホームページの閲覧数を増やして一緒に稽古する仲間を増やしたいとの思いから2013年3月から書き始めました。
静稽録の中の言葉が検索ワードに引っかかるように時の話題なども散りばめながら書いています。
ほぼ週1回ごとに書き続けてもう12年ほどになりました。
ホームページに残る一番古い静稽録は2013年3月9日「梅花五福を開く」でした。それ以前は稽古日誌的色彩が強い「静稽録」でしたが、この日からは稽古や日常で私が感じたことを書くようになりました。
会員向けの稽古日誌ではなく、まだ武術稽古の楽しさを知らない人たちに向けて書いています。
ただ静稽録は私自身の「稽古日誌」でもあります。昔の静稽録を読むとあの頃はそういう捉え方をしていたんだなあとこれまでの紆余曲折の足跡を辿るような気持ちになります。
そんな静稽録の中で一番読まれているのは何か?
データから閲覧数の多いのは以下の通りでした。
①2020年3月14日
「血振り」
②2019年4月19日
「福沢諭吉と居合」
③2019年11月3日
「斬り合いのリアリティ」
④2016年9月2日
「竹刀、木刀、真剣」
⑤2015年6月6日
「大ふへんもの」
時事ネタなどで瞬間風速的に閲覧数が増えたりするものもありますが、上記はいずれも現在までコンスタントに何回も閲覧されています。
個人的な予想ですが、これらを閲覧されている方はやはり武術経験者か日本刀愛好家なのではないか・・・
いや・・・ホームページ作成会社や出版会社などからの営業メールも多いことから「ビジネス閲覧」がメインなのかも・・・
どちらにしても残念〜!
それでもおかげさまで最近、入会者が増えてます。
ただ残念ながらこれまで静稽録がキッカケでという方は一人もおりませんでした。
さらに残念!
私がスポーツ自転車を始めた頃の話です。
あるベテランサイクリストのブログで「初心者は100km走行を達成出来れば一皮むける」という書き込みを見て、それまでの自身の走行距離を考えれば100km走行はそれほど難しくないのではと思えました。
「よし100km走行をやってみよう!」
そして大した準備もしないまま早朝から走行開始。
水分補給だけには気をつけながら80kmくらいまでは楽勝でした。
「このペースなら130kmくらいは軽いかもしれない♪」
そう思った直後にそれは突然やって来ました。
急に体に力が入らなくなって自転車から降りて道端に座り込んでしまいました。どこも痛いところはありません。
何が起こったのか分からず、しばらくはボーッとしてました。頭も働きませんでした。
その日は100km走行は諦めてゆっくり自転車を押しながら休み休みなんとか帰宅しました。
後日、このことを調べてみたらこれは典型的な「ハンガーノック」であることを知りました。
「ハンガーノック」とは体が低血糖状態になることで起きます。要は車のガソリン切れと同じです。
「こんなにも突然やってくるんだ〜」
体の「ガソリン切れ」なら事前に多少の空腹感があるはずと思っていましたが、それほどの空腹感もなく突然に「ハンガーノック」はやって来ました。
「腹が減っては戦は出来ぬ」
まさにその言葉通り。
長期戦では水分だけでなく体力消耗に合わせて栄養補給のことも考えて戦わないと勝てないのだということを体で学びました。
後日、今度は自分の空腹感、渇水感頼りではなく走行キロ数に応じた栄養補給、水分補給を実施して無事120km走行に成功しました。
猛暑が続いております。
ぜひ水分補給だけでなく栄養補給にも留意してお過ごしください。
篆刻を始めました。
一昨年に独学で一度トライしてみましたが、やはりちゃんと習おうということで、ある篆刻家の先生にご指導いただきました。
「字」を扱うという意味では「書」も「篆刻」も同じですが、やはり随分と違うと感じました。
書は柔らかな筆で紙に書くのに対して篆刻は刃物で硬い石に彫ります。
筆の使い方と刃物の使い方は全く別物です。
真剣稽古の心構えで彫りました。
肩の力を抜いて一心不乱、明鏡止水。
彫り上げてみて思いました。
「書」が居合だとすれば「篆刻」は試斬に似ているかもしれません。
しかしどちらも根は同じ。
篆刻も彫る時には字法、章法を理解した上でまず紙に書くことから始まります。
そこからさらに刀法を学んで彫ることになります。
試斬もまず剣術、居合を学ぶところから始まります。斬りだけ学ぶということはありません。
そして試斬は空を斬る訳ではありませんので実際に斬る刀法を学びます。
「刀法は伝え難し」
剣術家の言葉かと思いましたが、これはある有名な篆刻家の先生がおっしゃった言葉だそうです。なるほどその通りかもしれません。
私の初回作品は朱文で「稽古」と彫りました。
朱文は背景が白く文字が赤く浮き出るように彫ります。(反対は白文)
苦労しつつもなんとか彫り上がりました。
先生から
「「稽」の画数に比べて「古」の画数が少ないのでバランスはどうか?と思っていましたが、ちゃんと字の大きさと枠の太さで調整してますね」
と言われました。
「いえ、全く考えてませんでした。結果オーライです(汗)」
一般的に枠の中に彫る篆刻では画数が多い文字は小さく見え、画数の少ない文字は大きく見えるんだそうです。
文字だけでなく枠さえも作品とする感性に篆刻の奥深さを感じました。
まさに「観の目」が必要なようです。
「稽古」の「古」の「口」は笑っているように彫りたいと言って先生を困らせました。
静稽会は「静かに楽しく稽古」することがモットーです。
もしかしたら稽古で「笑う」ことの重要さが先生に伝わってなかったかもしれません。
篆刻は心を磨く稽古として続けたいと思っています。
2年ほど前に高齢者を中心にした居合稽古会「健美居合会」の活動が始まりました。1名も欠けることなく現在も稽古を続けています。
稽古内容は静稽会の稽古をベースにしつつ、目的は武術習得よりも健康に資することに重点を置いた稽古内容にしています。
最近「フレイル」と言う言葉をよく耳にします。
「健康」な状態と加齢による「要介護」状態の中間の段階のことを言うそうです。
今は日常生活で困るような問題は抱えていないもののところどころ「体のほころび」は感じており、このまま何もしないでいるとおそらく将来何らかの支障が出てくる気がする・・・
50歳代あたりからそんな思いを抱える方は多いと思います。
スポーツジムに通ったり、走ったり、歩いたり・・・みなさんいろいろ努力をしているようですが、なかなか続かないのが現実です。
やはり「健康のため」だけの運動ではなく、やっていること自体に何か本来価値が見出せないと継続のインセンティブにはなりにくいのかもしれません。
そこで多彩な日本文化を内包する居合を楽しみながら稽古しつつ「フレイル」予防をしていこうというのが「健美居合会」の目的です。
ただ武術経験のない高齢者の稽古に多くのことを盛り込むのは難しいです。
高齢者がある程度の稽古が出来るようになるためにはまず肩甲骨と股関節周辺の筋肉をつけつつ可動域を広げていくことが必要です。
そのために「プレ」稽古から始めました。
2年ほどかけて「本」稽古へと徐々に階段を上がっていきます。いきなり木刀ではなく、軽くて少し短い丸棒を使いながら木刀素振りのための体慣らしから始めました。
腕ではなく全身を使って振ることを主眼にしています。
今では木刀を使って稽古しています。
木刀を振ると肩甲骨が動いて、胸が開き、呼吸を深くしていきます。
また木刀の握り方なども小指から背中まで通る流れを意識することで姿勢を正しく保ちます。
どうしても高齢者は筋肉の衰えとともに巻き肩、猫背になりがちです。最近はスマホを使う高齢者の方も多く、ストレートネックになっている方も見かけます。
顔が前に落ちている高齢者が多いです。
猫背、巻き肩に加えて顔が前に落ち込む姿勢は胸が圧迫されて呼吸にも影響が出ます。
呼吸が浅くなると血液が十分に全身に回らずに集中力低下、動脈硬化、臓器不全、倦怠感、不眠などを引き起こすと言われています。
そこでまず座ることで姿勢を整え、呼吸を意識することで体への感覚を研ぎ澄ましつつ横隔膜も鍛えます。
股関節には四股、膝行、蹲踞、脚の外旋内旋運動なども取り入れました。
そしてなにより健康に良くないのは「孤独」です。
一日中誰とも話さないという高齢者は多いです。
「健美居合会」に来て気持ち良く体を動かし、みんなと楽しく話す、私はこれだけでも十分フレイル予防に資すると思っています。
ちなみに「健美居合会」最高齢は82歳の男性です。ほとんど休まず通って熱心に稽古しています。
木刀も大きく振れていますし、基本の形も覚えています。
私は頭と体を連動させる稽古は認知症予防にもなると思っています。
稽古が健康をカバーする範囲は思ったよりも広いかもしれません。
そして何より一番大切なことは楽しく稽古することです。
辛い稽古は脳が拒否して続きません。
82歳最高齢男性の言葉です。
「やっぱりいくつになっても出来なかったことが出来るようになると嬉しいし、それを褒められると嬉しい。もっと動けるようになろうと頑張れる」
最近の翡縁会HPの7月28日付「稽古つぶやき」「奉納演武への道-前編-」にも書かれていました。
稽古の目的では一つではないと思っています。
翡縁会HP「稽古つぶやき」
https://hien-kai.blog.jp/archives/29228121.html
先日、知り合いの刀屋さんから招待状をいただき骨董市に行ってきました。
刀を見た後で骨董品も見て回っていると、ある店の棚の上に私の視線を釘付けにした20cmほどの円空仏がありました。
実は三年ほど前に仏師の方にご指導頂きながら初めて円空仏を彫りました。
ど素人なりに円空仏製作の難しさを知っているだけに、骨董市で目にした円空仏がどこにも無駄がなく、かつ奇跡的に美しい造形だったことが衝撃的でした。
♪愛しさと切なさと心強さと♪
見ているとそんな複雑な気持ちが湧き上がります。
その円空仏が鑑定上の本物の円空仏かどうかは知る由もありませんが、直感的にこれはかなりの値段がするだろうと思いました。
さらにその円空仏が本物であれば私の差し料と同じ時代に作られたものかもしれない・・・買えるような値段だったら購入を検討してみようか?
そう思いつつそっと底についている値札を覗き込むと・・・
なんと!85万円!
ですよね〜
即刻諦めてお戻ししました(笑)
円空仏は緻密に滑らかに彫るというよりも偶然性に寄り添いながら荒々しく大胆に彫ることで人智の及ばない力を感じさせてくれる仏像です。
偶然性と人為性の絶妙なバランスの上に成り立つという意味では日本刀に似ている部分があるかもしれません。
円空は仏像の完成もさることながら樹木を削ること自体に意味を持たせていると感じます。削り痕をそのまま残しているのはそのためだと思っています。
私の中では樹木から仏を削り出す行為は稽古で形を削り出す行為と重なります。
削り痕は稽古の過程でありそのまま稽古の本質です。
静稽会では毎年の稽古総見動画記録が削り痕になります。
ちなみに瀬戸内寂聴さんが住職を務めていた岩手県二戸市の天台寺には「鉈彫像」と言われている「聖観音立像」があります。
この仏像には気が遠くなるほど無数の削り痕が残されており、桂の霊木を一彫りごとに3回礼拝する「一刀三礼」で造像したと伝わっています。
ノミの音が聞こえてくるような静かな佇まいの仏像です。
「キングカズ」こと三浦知良選手は今年58歳、プロ40年目だそうです。
今でも現役プロサッカー選手としてアトレチコ鈴鹿クラブで活躍しています。
58歳三浦知良選手の静かな覚悟を感じる言葉です。
「40、50になってうまくなりたい、試合に出て活躍したい、そういう気持ちが20、30代の時よりも強くなっていった。まだうまくなりたいと本気で思っていることがモチベーション」
そんな三浦知良選手の覚悟とは比べものになりませんが「まだうまくなりたい」という気持ちは私も持っています。
一般的に「武道界」には「段位」というものがあり、一度段位を取得するとその後に段位が下がることはありません。
こう言った制度はサッカー界にはありません。もちろん野球界にもテニス界にも。
数年前に「居合道四段です」と言う方が静稽会の体験稽古に来たことがあります。
まだまだ若い方だったので段位取得からそれほど時も経っていないはずですが、はっきり言ってとても「四段」と言えるような動きではありませんでした。
その方がウソをついているとは思えません。
私などは数回稽古を休んだだけで刀が重く感じます。
何年もブランクがあれば尚更だと思います。その方も何年もブランクがあったのかもしれません。
実は静稽会には居合道五段(剣道五段も)を取得されている方がいらっしゃいます。
大変控えめで物腰の柔らかい人格者です。
その方は決して人前で「居合道五段」をひけらかすようなことはしません。
しかしその実力はスピード、迫力、所作の美しさなど、どれをとっても「なるほど!これが五段か!」と思わせてくれるものがあります。
そしてその方は今でも自身を鍛錬し研鑽を積んでいます。
素振りや稽古を見ればどの程度の実力かはだいたいわかります。
やたら段位をひけらかしてくる人に限ってその段位程の実力がある人はほとんどいません。
やたら「居合道四段」を強調していたその方はその後お見かけしていません。
静稽会には段位はありません。
稽古総見での年一回限りの演武だけがその人のその時の実力だと自分自身も周りも認識します。それを毎年映像に残します。私はそれで十分だと思っています。
いつまでも過去の段位という紙にしがみついている人には三浦知良選手の気持ちは分からないかもしれません。
続けて三浦知良選手の言葉です。
「こんなプレーしかできないのかと情けなくなる時もありますし、落ち込むこともあります。ただ、そういう感情でいられるのは幸せなことなんじゃないかと思っています」
「うまくなりたい」という気持ちがあるからこそ稽古を楽しく続けることが出来るのだろうと思っています。
外国人旅行者は渋谷のスクランブル交差点に驚くそうです。
来日旅行者の4割が渋谷のスクランブル交差点を訪れると言う話も聞きました。
海外にはスクランブル交差点はないのか?
いやいやそんなことはありません。
ちゃんとあるそうです。ではなぜ?
世界一混雑しているスクランブル交差点だから?
そしてそんなにたくさんの人が交差するのにぶつからないで行き交うことが不思議だから?
どうしてぶつからないのか?
これは日本人の譲り合いの文化だとか言う人もいます。
う〜ん、どうなんでしょうか?
そう言えば日体大の「集団行動」と言うパフォーマンスがありましたね。一糸乱れずたくさんの人が速歩きしながら複雑に交差します。こちらは厳しい訓練の賜物のようです。
実は「スクランブル交差点の渡り方」(中島みゆき作詞作曲)という歌があります。
「スクランブル交差点では渡り方にコツが要る♪」と歌っています。
「人と違う方に出ようとするから人とぶつかるばかりだったんです♪」
ではどうするか?
「人の後ろに付けばいいんだと知りました♪」
確かに有効な解決方法だと思います。
もちろんこれは中島みゆきさんの比喩表現でもあります。
実は人の後ろに付かなくても上手くかつ楽しく渡れる方法があります。
「広角レンズ目」でボヤーッと見ながら大まかな方向性を持って歩くとぶつかることなく渡れます。
宮本武蔵のいう「観の目」のような感じでしょうか?
この「観の目」で渡ると複雑な人の流れの読みや間の取り方が容易になります。
私は間合いに入った歩行者(私の中では「曲者」)を斬りながら、時には斬られながら渡ってます。
「左前から来た曲者を逆袈裟斬りに斬った!と思ったら右後から出て来た曲者に右腕を斬られた〜!」ってな感じ(笑)
頭の中だけのはずですが、微妙に指先が動きます。
「スクランブル交差点ゲーム」
暇な人はお試しください。
静稽会にはそれまで武術などやったことのない人も入会してきます。
少し動きに慣れてきて、なんとなく形も覚えてきたなあと思っていると稽古に出てこなくなってしまう・・・あんなに熱心に稽古に来ていたのに・・・
稽古の本当の面白さはそこからのはずなんですが・・・
「自分はもう出来るようになった」と自身が納得してしまうともうそこで稽古は終了です。
例えば生まれてからハイハイをし、ようやく立って歩けるようになると「歩く」ことが当たり前になっていきます。
その当たり前の「歩く」日常動作を何万回繰り返してもそれ以上の「歩く」は見込めません。
そしてその日常動作の中に楽しさも埋没していきます。
「歩く」ことを深く考え、さらに大きくレベルを上げるためには日常動作で「歩く」ことさえ否定する思いがないと自分の中で「稽古終了!」となります。
私たちは武術という「術」を稽古しています。
日常動作の延長線上で手順を覚えた形が出来た程度では到底「術」とは言えません。
普通の人には到底出来ない、日常動作からかけ離れた異次元の動作を求めています。
そんな武術の門の向こう側には立ち尽くすような無限の世界が広がっています。
その門の一部がチラッとでも見えると稽古はもっともっと面白くなるはずです。
「百尺竿頭に一歩を進む」
これは稽古を始めて4〜5年経ったころに薩摩剣の使い手Hさんから言われた禅語です。
ぜひ長く長くもっと長く、出来るだけ長く稽古を続けて欲しいと思うのです。
稽古を長く続けているとある時、すべてがつながっていると気づく瞬間がやってきます。
さらに世界が広く、深くなります。
今日は役所広司さんが演じる映画「素晴らしき世界」の話です。
若い頃から少年院を渡り歩きヤクザの世界へ。そして行き着く先はやはり刑務所です。それまでの人生の大半を塀の中で過ごした男が出所して「普通」の人になろうとしますが・・・
役所広司さんが普段は柔和な男の奥底にある狂気を見事に演じています。喧嘩で相手に噛み付いた時の完全にいってしまった眼に鳥肌が立ちました。
この映画は佐木隆三さんの「身分帳」が原作です。映画を観た後に原作も読んでみました。実話を元にした作品だそうです。
長い刑務所暮らしから出て来て娑婆で暮らすことはなかなか難しい?・・・というよりも私たちの生きている曖昧で穏やかな日常は男にとってはむしろ生きにくい世界のようです。
最近、会社を定年退職した人たちがこんなことを言ってました。
「それまでの忙しかった日々からやっと解放された!」
「神経をすり減らす日々とお別れだ!」
「耐え難きを耐えてやっと自由の身となった!」
そしてそんな自由の身を謳歌するように退職祝いと称して連日酒を飲み、美味しいものをたらふく食べ、二日酔いで寝ている日々・・・
佐木隆三さんの「身分帳」にこんな一節があります。
「「いや、止めておこう」
飲む気になれず、手を引っ込めた。
-中略-
長い拘禁生活と旭川の寒さで衰弱しているのに、連日の出所祝いで酒びたりになり、女を抱いているうちに3ヶ月ほどで死ぬ話は、飽きるほど聞かされた。」
私の周りでも定年退職した途端に体を壊したという人の話はよく耳にします。
最近定年退職された方々!
どうも手放しの「非日常的な自由」は体に良くないみたいですよ〜!
3月末で退職された方はもうすぐ3ヶ月が経ちます。
そろそろ「日常的な自由」を取り戻した方がいいかもしれません。
映画でも元々血圧が高かった男は出所してほどなく自宅で倒れて死んでしまいます。
「素晴らしき世界」は穏やかで曖昧な日常の中にあるのかもしれません。
この機会に静かに楽しく稽古をする「素晴らしき世界」はいかがでしょう。
先日、私が住んでいる市から私個人宛にこんなメールが届きました。
「 現在、国では生徒の多様なニーズへの対応や教員の働き方改革等を目的として、学校部活動の地域展開(旧名称:地域移行)を進めています。
本市におきましても、市内公立中学校の土日祝日の部活動について、地域展開に着手しており、現在、部活動に代わる地域クラブ活動の指導にご協力いただける指導者を募集しております。ー中略ー
地域クラブ指導者としての活動について、興味の有無をお伺いさせていただきます。ー以下省略ー」
少子化や興味の多様化に伴い学校の部活動が危機に瀕しているという話はよく耳にします。
少子化になれば必然的に先生の数も少なくなります。生徒がたくさんいた時には先生間で分担出来た行事や部活動もなかなか難しくなっていると言います。
また生徒の興味も多様化していることもさらに拍車を掛けています。生徒がやりたい部活動が学校にないといったこともある様です。
そもそも部活動はほとんど先生達の「善意」で成り立っていて、先生の大きな負担に対して正当な報酬が払われてないのが現実です。
色んな意味で部活動が危機に瀕しています。昔、部活動でお世話になった私としてはさみしい限りです。
そこで最近言われているのが「地域クラブ活動」です。
要は忙しい先生に代わって地域にある人的資源を有効活用しようという試みです。
地域には多様な人材がいます。また多様な活動をしている団体があります。
そこで学校の部活動を地域に担ってもらおうという動きが出てきています。
そんな動きの一環が市から私に来たメールというわけです。
静稽会は昨年、中学生が入会しました。
孫のような中学生と一緒に稽古しています。
これは「地域クラブ活動」とは全く関係のない動きです。
ただおそらく全国で「居合」の部活動のある中学校はないだろうと思います。
最近の漫画やアニメなどの影響で「居合」をやりたいと思っている中学生はいても学校の部活動では出来ないのです。
中学校の体育系部活動のほとんどは「スポーツ」です。
実は日本スポーツ協会の定義の「スポーツ」の枠に「居合」は入っていません。
剣道、空手、弓道などは「スポーツ」として認定されているのにそこに居合が入らないのは何故か?
その理由は「スポーツ」が「競う」ものという定義からです。
同じような理由から合気道なども入らないことになります。
「スポーツ」という枠組に拘らず、もう少し広く「運動」という視点からスタートすれば子供だけでなくフレイル予防ニーズなどがある高齢者も参加できる「地域クラブ活動」になるような気がします。
(静稽会は別団体として「健美居合会」という高齢者対象の居合稽古団体を指導しています)
いろいろな理由で「運動」はしたいが、あまり激しいものは望まないという人も多いです。また「競う」ことを嫌う人たちもいます。
もう少し弾力性を持たせて「地域クラブ活動」ができれば、学校が抱える部活動問題も上手く社会の中に落とし込むことが出来るのではないかと思ったりします。
ちなみに昨年5月に入会した中学生会員は稽古が楽しいそうです。
私は稽古が楽しいと言ってもらえるのが一番うれしい!
今回はだいぶ長くなりました。
剣術稽古では片方が「仕太刀」もう一方が「打太刀」という役割で形稽古をします。
一般的には「打太刀」が攻撃を仕掛けて「仕太刀」がその攻撃を捌きながら最終的には勝ちをおさめて終わります。
単発的な形もあれば連続している形もあって静稽会ではどちらも稽古しています。
よく「打太刀」が「仕太刀」を導くと言われますが、私は少し違う思いを持っています。
もちろん最初は「仕太刀」から始めますが、静稽会ではある程度「仕太刀」で動ける様になったところで「打太刀」も始めます。後は時々入れ替わりながら稽古を続けていきます。
視点や立場、動きが入れ替わることで右脳と左脳がスパークする様な複雑で刺激的な一体感を味わえます。
「仕太刀」あってこその「打太刀」
「打太刀」あってこその「仕太刀」
上位者の「打太刀」が下位者の「仕太刀」を導くという構図だけでは辿り着けない領域だと思っています。
「仕太刀」としてより高く、より広く
「打太刀」としてより深く、より豊かに
そして交互に経験してお互いを知ることで二重螺旋階段を登っていくように形稽古が楽しくなります。交差する様で交差しない、でもやっぱり交差している美しい二重螺旋階段です。時々思いもつかない様な景色が見えてくることがあります。
考えてみれば二重螺旋階段はDNAと同じ構造をしています。形稽古の中に遺伝子情報を伝えるDNAの構造を感じるというのもなんだか不思議な感じです。
もしかしたらこうした形稽古の取り組み方は一般的ではないかもしれませんが、私は静稽会の「稽古を静かに楽しむ」という目的に沿った取り組み方だと思っています。
初めて会った人と話すとだいたい同じパターンに入ります。
「休みの日とかは何かやられてますか?」
「主に剣術、居合を稽古してます。時々自転車で走ってます。」
「えっ!居合って日本刀で切るあれですか?」
「はい」
ほとんどの方が「剣術」「自転車」よりも「居合」に食いつきます。
「やっぱり巻藁を刀で切ったりするんですか?」
「はい。まあ巻藁ではなく畳表を丸めたものですが」
「でも日本刀を持つには警察の許可がなければダメなんですよね?」
「警察の許可は必要はありません」
「でも銃刀法が・・・」
「教育委員会に届出をするだけです」
「え〜!そうなんですか!それでも銃刀法があるから警察への届出は必要ですよね?」
「いや、警察への届出も要りません。教育委員会に届出するだけです」
「へえ〜そうなんですかあ・・・」
しばらくすると・・・これも必ず聞かれます。
「やはり日本刀は切れますか?」
そもそも切れない日本刀って?と思いつつ、あまりにも漠とした質問に以前は何と答えて良いものかと思っていましたが、最近では慣れたものです。
「切れますよ。人の首でも切り落とせるくらいですから」
「・・・」
「日本刀はあまりにもキレイに切れるので、うっかり指先を切っても血が出るまで気が付かないくらいです。傷口がピッタリくっつくので治りも早いです。
昔、河岸で胴を切られた浪人が向こう岸に泳いで逃げて川から上がろうとしたら下半身が無かったとか・・・ウソです(笑)」
「あはは・・・」
ちなみにこの話は重要美術品「波游ぎ兼光」にまつわるお話です。
次も定番の質問です。
「刀の手入れは大変ですよね?」
「稽古で使う刀は稽古が終わった都度手入れをしますが、それ以外の刀は半年に1〜2回ほどですね。それほど大変ではありませんよ」
「やっぱり時代劇で見るあのポンポンをやるんですか?」
「しっかり手入れをする時はポンポンします。でも普段はもっと簡便な手入れ方法でやってます」
「あのポンポンは何ですか?」
「打粉という砥石の細かい粉が入ってます」
「え〜じゃあ刀を研いでいる訳ですか?」
「いやいや、砥石の粉で前に塗った刀油を取り除いているんです。まあ厳密に言えば確かに刀は粉で削られているとも言えなくはないですが・・・」
「何でそんなことを?」
「刀を鑑賞する目的もありますが、古い油は酸化したり、乾いたりして刀に悪影響を及ぼすのでちゃんと取り除かないとまずいんです。刀は折り返し鍛錬して作られていますので、細かな隙間などに残っている古い油を取り除くための粉なんです」
こうして振り返ってみると私は居合をやっていると言っているのに相手の質問は全て日本刀に関することばかりです。
残念ながら肝心の居合自体のことを聞かれる前に時間切れになることが多いのですが、それだけ日本刀というもののインパクトが大きいとも言えます。
「居合は竹刀でも木刀でもなく日本刀を使う武術なんです」
その日本刀は日本文化がギッシリ詰まった「総合芸術」(鍔、目貫、縁金、鞘など)ということも話題を広げる理由でもあります。
加えてこれもよく聞かれます。
「日本刀は高いでしょ?いくらくらいするものですか?」
「ピンキリです」
聖から俗まで話の振り幅が大きく、話題が尽きないのも居合の面白いところです。
数学は苦手です。
数学の時間は苦痛でしかなかった・・・
先日、NHKの朝ドラ「あんぱん」で医師の叔父さんが数学の苦手な甥にこんなアドバイスをしていました。
「数学が苦手なら解き方を全部丸暗記すればいい」
実は私もこの方法で数学の成績は決して悪くはありませんでした。
しかし・・・成績のために「丸暗記」したものは時と共に消えて今では破片すら残っていません。
成績のためだけに「丸暗記」をした結果、数学の本質も楽しさも知らないまま今に至ってしまいました。
「丸暗記」が全てダメとは言いませんが、そんな経験から「丸暗記」というものに少し抵抗感がある私です。
それは稽古のやり方にも反映されています。
まずは体で感じ取ることを優先して稽古をします。
なるべく頭で「丸暗記」しないように。
同じ稽古を何度も何度も失敗しながら繰り返します。とにかく時間がかかります。
するとやがて体が何かを感じ取る瞬間がやって来ます。
後にそれがその稽古の本質なんだと実感したりします。
そんな訳で動画なども最初はなるべく見ない様にしています。
体が自然と動く様になってから見て確認します。そしてそこからまた動いてみます。
あまり効率的なやり方とは言えませんが、少しずつ体が馴染んでいく時間を大切にしつつそんなプロセスを楽しんでいます。
ただ居合の場合は良いですが、剣術ではどうしても相手をしてくれる方に負担を掛けてしまいます。
相手をしてくれる方には本当に感謝しかないです。
実は2020年6月7日付けの静稽録「日日是好日」にも同じ様なことを書いています。
基本的にその思いは今も変わっていません。
少し前ですが、これもNHKで「笑わない数学」という番組をやっていました。
数学レベルが私と同じような?パンサー尾形さんが文字通り体で数学の楽しさに触れる番組でした。
番組を観ていてちょっとだけ数学が面白いと思う瞬間がありました。
当時、そんな楽しい時間に出会えていたらもっと数学が好きになっていたかもしれません。
先日、人との会話が苦手だというある芸能人がこんなことを話していました。
「まず事前対策として相手のことを調べて会話のネタを探しますね。
話す順序も決めておきます。ネタが尽きた時の話題もちゃんと用意します」
一方的に話す講演などと違って会話は相手がいますので、自分の考えた通りに話が進まないことはよくあります。
そんな訳でその方も話が想定と違う方向に進んだ場合には頭がパニックになって「ハイ!終了」となることが多いそうです。
♪身構えながら話すなんて〜
ああ臆病なんだよ〜ね♪
「襟裳岬」
作曲:吉田拓郎
作詞:岡本おさみ
確かに「身構え」ながらの会話は大変そうだし楽しくなさそうです。
臆病になるのは「構え」を作るからなのか?
「構え」を作るから臆病になるのか?
いっそ「無構え」でその時、その時に応じる方が上手くいくのか?
「それが出来れば苦労しませんよ!」という声が聞こえてきそうです。
しかし考えてみれば話すことが主な仕事だった私は会話などで「構え」を取ることはほとんどありません。理由は「構え」をとると不自由になるからです。
もちろんそこに至るには相当な時間がかかっていますが・・・
これが稽古でも出来ればねえ〜
稽古中にリラックスすることや「構え」たりしないことがどれだけ難しいか。
稽古に置き換えてみると会話が苦手だというその芸能人の気持ちがよ〜くわかります。
♪身構えながら話すなんて〜
ああ臆病なんだよ〜ね♪
ちなみに私は森進一さんよりも吉田拓郎さんが歌う「襟裳岬」の方が好きです。
昔、ウズベキスタンのヒヴァというところで茶碗を買いました。今でも毎日その茶碗を使っています。ヒヴァは特に陶器が名産という訳ではありません。
ただその茶碗の大きさや形が手に心地良いのでつい手にとってしまいます。
「掌(たなごころ)に馴染む」というのはこういうものかと使うたびに感じます。
私の手は体に比して少し小さいかもしれません。
手の大きさは人としての器の大きさだと言う人もいます(笑)
刀を使う時には柄を握ります。
やはり手に馴染むかどうかは重要です。
流派によっても違うと思いますが、刀の柄の握り方は野球のバットの握り方とは異なります。
また一概に「手の大きさ」と言いますが、指が長いのか?掌が大きいのか?によって同じものを握った時の感覚は違うはずです。
私の場合は指と掌の対比で言うと掌の面積が大きい・・・おそらくフォークボールが投げられる指ではありません(笑)
宮本武蔵は五輪書の中で柄の握り方についてこう書いています。
「太刀のとりやうは、大指ひとさし(親指、人差指)を浮ける心にもち、たけ高指(中指)しめずゆるまず、くすしゆび小指(薬指、小指)をしむる心にして持つなり」
武蔵は自分の手に馴染む刀を前提としてこの「太刀のとりやう」を解説したはずです。
映画「武蔵-むさし-」では木を削って特製木刀を作ったり、対戦毎に武器を調整する武蔵の姿が描かれています。
残っている資料などからも武蔵自身が武器の製作にも携わっていたことが知られています。
武蔵の刀はどんな柄だったのでしょうか?
武蔵の手はどうだったのでしょうか?
想像がふくらみます。
武蔵は「太刀のとりやう」で指のことばかり書いています。もしかしたら武蔵は指が長かったのかもしれません。手自体が大きかったとも考えられます。
手の大きさや形は変えられませんので、人によって柄を手に馴染む大きさや形にするのは当然です。
剣道でも竹刀の柄を柄太や小判形にしている人もいます。
私の場合は指よりも掌の方が柄に触れる面積が大きいので、まさに「掌握」という感じになります。
やはり指が長い方が有利なんでしょうか?どうなんでしょう?
仮にもしそうだとしても自分の手は変えようがありません。
稽古で使っている一般的な木刀の柄はほとんど同じですし、市販の居合刀(模造刀)なども刀身の長さや重さ、反りなどは多少の選択は出来るものの柄の大きさや形状は乏しいように感じます。
真剣でも居合刀でも稽古に使う刀を選ぶ時にはもっと柄にも注目する必要がありそうです。
また柄糸の種類や巻き方によっても握る感覚は違ってきますし、柄糸で出来る菱形の位置、目貫の位置にも影響を受けます。
武士が自身の命を預けた刀というのは刀身だけではないような気がします。
ちなみに世界的なギタリストの布袋寅泰さんは「シェイクハンド」という第六弦を親指で押さえる奏法なんだそうです。
布袋寅泰さんの手は体に比してそれほど大きくはないそうですから、手の大きさは巧拙とあまり関係ないのかもしれません。
「弘法筆を選ばず」
あ〜耳が痛いです。
体調不良は「稽古で治す!」が私の口グセです。
頭痛、腰痛、首痛、そして最近の膝痛も。
もちろん全てに通用する訳ではありませんが・・・
これは決して根性論ではありません。
痛みがある時は稽古は休んだ方が良いと言うのが普通かもしれません。
でも私はこう考えます。
「痛いところが出た時にそこを支えている他の部分を鍛え続けなければ痛みが増すばかりかその痛みはやがて飛び火する」
「経年劣化」を抱えて生きてきた私は痛みを治す最善の答えが稽古の中、自分の体の中にあることを経験的に知っています。
それでも痛みを抱えているのに稽古に行くような人はいないだろうと思っていました・・・
ところが・・・いました!
2025年3月29日付け「半身と味噌汁」(翡縁会HP「稽古つぶやき」)で翡縁会のますこさんはサラッとわかりやすく語ってくれてます。
「背中を痛めてしまいました。
回転系の受身を取ると、アイタタタタ〜ッと……先生、ご心配をおかけしました、すみません。
職場でも「その体で行くんですか」と言われたのですが、行くと改善したりするんですよね(もちろん無理は禁物だとそのあたりは自己責任でとらえております)。
稽古に参加すると、最初の礼と、最後の礼で、礼の深さが明らかに変わったりします。
ゆるんだな〜めぐったな〜ととのったな〜!と、これが毎回、楽しみのひとつでもあります。」
まるまる共感します!
「ゆるんで、めぐって、ととのう」そして楽しい!
痛いところは休んでも稽古は休まない。
少し時間はかかるかもしれませんが、これこそ痛みを健全に改善する方法だと思っています。
ゆるまないとめぐらない
めぐらないとととのわない
ますこさん、すごくよく伝わりました。
嬉しかったです。
もちろん味噌汁の例えも伝わってます。
ありがとうございました!
<翡縁会HP>
2025年3月26日(水)稽古のこと 半身と味噌汁 #ldnews
https://hien-kai.blog.jp/archives/28383603.html?utm_source=app_blog&utm_medium=follow_list&utm_campaign=8395893
昨年からの「膝ぞ!」強化取組みのおかげで膝の調子もほぼ回復。
そこで以前からやっていた「が〜まるちょば」稽古を再開することにしました。
「が〜まるちょば」は私がよくやる稽古の名前です。
難しい稽古ではありません。
階段を降りる時にエスカレーターに乗っているようにスムーズに降りる、それだけです。
階段を降りている人を観察するとほとんどの人が階段を下る度に頭がピョンピョンと跳ね上がりながら降りていきます。さらにその度、左右に微妙に体が揺れています。
昔、「が〜まるちょば」というパントマイム集団が「エスカレーター」というパフォーマンスをしているのを見ました。これが実にすごい!
「エスカレーター」は平面の床の上で腰から下を隠してやるのですが、ものすごくスムーズでどう見てもエスカレーターに乗って移動しているとしか見えません。
私はこれを階段でやります。
勝手に「が〜まるちょば」稽古と呼んでいます(笑)
膝の力を抜きながら軸がブレないように斜め前下に落としていきます。
膝を柔らかく使うと滑らかになります。
体が落ちていく感覚が気持ちイイ!
感覚を養う稽古でもあります。
私は日常生活に組み込まれた稽古こそ最強だと考えています。
勝手に「生活稽古」と呼んでいて「が〜まるちょば」もその一つです。
他にもいろいろあって、座ることや座った状態から立ち上がることさえ「生活稽古」になります。
私のような凡人は静稽会週3回の稽古では到底足りません。
加齢による体力減退や感覚鈍化を考えると尚更です。
稽古に資すると思う日常生活の動きを稽古として取り入れることで補うようにしています。
現代では当たり前の便利な道具をあえて使わないこともあります。
大事なのはそれを稽古だと意識することです。
ただしこの「が〜まるちょば」は途中でイップスに陥ると階段を踏み外してケガをしますので気をつけて。
ちなみに「が〜まるちょば(gamarjoba)」はグルジア語で「こんにちは」という意味だそうです。
まさに日常で使われる言葉です。
大谷翔平選手は今季からバットを1インチ(2.54cm)長いものに変えたそうです。
結果、バットの長さは35インチ(88.9cm)になり、これはメジャーリーグでも異例の長さと言われています。
バットが長くなると遠心力でより遠くに飛ぶ反面、コントロールが難しくなるそうです。
たった1インチ程度ではさほど変わらないのでは?と思った人がいるかもしれませんが・・・
私も刀の長さを一寸(3.3cm)長くしたことがあります。
完全に慣れるまで数年かかりました。やはり影響は大でしょう。
長さも気になりますが、重さも気になるところです。
重さは32オンス(907g)・・・
こちらは意外と軽い・・・?
ちなみに私の刀は鞘を除いて総重量約1300gです。
長さは刃渡り二尺五寸二分で76.3cmですが、切先から柄も含めると直線で103cmになります。
重さも長さも刀として異例と言えるほどではありません。
また刀はバットのように真っ直ぐではなく反りがあるので扱いが難しい代物です。
かつ振り方は縦横無尽。さらに居合では少なくとも第一刀目は片手です。
もちろんレベルも目的も違いますので、「迂闊」なことは言えませんが・・・大谷翔平選手とは体格も筋力も劣る私が長さも重さもまさる刀を振り回しているということに少し嬉しくなりました。
まあ野球に詳しいHさんからすると「迂闊も迂闊、とんでもない!」らしいです(笑)
それでもつくづく刀は体格や筋力で振るものではないと感じます。
いや振れるものではありません。
「順序だてて稽古したというようなことが一つもなかった。教える稽古ではない」
「先生は系統だてて教えませんでした」
「今日やるのと明日やることが全然違う」
これらは武術家植芝盛平氏に直接指導を受けたという弟子たちの言葉です。
私が知るある武術家の先生の指導を受けた方からも全く同じ話を聞いたことがあります。
そうなるとどうしても指導についていける人が少なくなる・・・ようです。
2023年11月23日の静稽録「ミスターの伝え方」で長嶋茂雄氏の伝え方についても書きましたが、天才と言われるような方たちに共通する特徴なのかもしれません。
もちろん私は天才ではありませんので、稽古では継続性や一貫性を考えて、なるべく矛盾のないように伝えよう、わかりやすく伝えようとします。できる限りですが。
でも果たしてそれで伝えたいことが本当に伝わっているのか・・・?
わかりません。
昔はわかりやすくするためにいろいろな「工夫」をしていました。
しかしある時から、かえってそれが道を遠くしていたのではないかと考えるようになりました。
私の伝え方の「工夫」が「本質」とは離れた方向に進んで行くのを感じたことがあったからです。
私が伝えたいと思っているものはそう簡単には伝わらないものだと再認識しました。
JUDOか?
柔道か?
柔術か?
さらに最近、嘉納治五郎や植芝盛平の武術性について書いてある本を読んでさらに深く考えさせられました。
より多くの人に伝わるようにするのか?
特定の人にだけ伝わればよいと割り切るのか?
そもそも特定の人だけにしか伝わらないのか?
武術性をどうとらえたらよいのか?
当初、植芝盛平氏は弟子を取ることにあまり積極的ではなかったようです。
入門には二人の紹介状が必要で、紹介状がなければ見学さえ許されなかったと言われています。
道場の月謝も大卒サラリーマンの初任給程度だったそうです。
伝わる人には伝わる
伝わらなければ仕方がない
伝わらない人に伝えても・・・
より多くの人に武術稽古の楽しさや奥深さを知って欲しいと思うとそう簡単に割り切れない私です。
凡人は凡人なりに悩みます。
「春雨じゃ・・・濡れて参ろう」
新国劇「月形半平太」で舞妓に傘を差し出された時の月形半平太のセリフです。
昔はほろ酔いのサラリーマンが季節も考えずに気取って使ってました。そしてずぶ濡れに・・・春雨じゃあなければ当然そうなります(笑)
ちなみに月形半平太は土佐勤王党武市半平太がモデルになってます。
劇作家行友李風の作り出すセリフは記憶に残ります。
「国定忠治」なんかは子供の頃に聞いたセリフなのに今でも覚えています。テンポが良いのかもしれません。
「赤城の山も今宵を限り、生まれ故郷の国定の村や、縄張りを捨て、国を捨て、可愛い子分のてめえたちとも別れ別れになる首途(かどで)だ〜!」
「心の向くまま、足の向くまま、あてもねえ旅に立つのだ〜」
「親分!」懐かしいですね〜
そう言えば武士は傘を差さないと聞いたことがあります。
自衛隊員も傘を差さないそうです。
理由はいつ何が起きても対応出来るように両手を空けておく必要がある、さらには傘は視界を妨げるからという理由のようです。
武士も同じ理由なのでしょうか?
それでも柄が濡れるのはまずいはずですが・・・
柄には鮫皮(正確にはエイ皮)が巻かれていますので雨に濡れるとふやけて柔らかくなってしまいます。斬り合い中に柄糸と一緒にズルッと抜けてしまうかもしれません。
やはりそれはまずいということで、雨や雪の中を出掛ける場合は柄袋というものを掛けていました。桜田門外ノ変で大老井伊直弼護衛の彦根藩士たちが遅れをとった原因だと言われるアレです。
しかし突然の雨の場合にはどうしたのでしょう?
袂で柄を覆ったり、手拭いを掛けたり・・・それなりに対処法はあったようです。
ちなみに武士は雨くらいでは走ったりしなかったそうです。
対面を重んじる武士は雨程度で狼狽えては恥だと悠々と雨の中を歩いたとか・・・
武士が傘をささない理由はこっちですね。
どうやら春雨じゃあなくても濡れて歩くのが武士のようです。
まだまだ寒い日もありますが、もうすぐ春雨の季節です。
「川の流れのように」という有名な歌があります。
「♪ああ川の流れのように おだやかにこの身をまかせていたい♪」
確かに川の流れを眺めていると本当におだやかな気持ちになります。
肩の力が抜けていきます。
稽古などでは力が抜けたと思っていても思わぬところに力が入っている場合があります。
特に初心者の場合、本人は力が入っているということさえ自覚していません。
「いや〜力を抜いているつもりなんですけどね〜」
「いやいやしっかり力が入ってますよ〜」
刀を持つと無意識に力が入ってしまうようです。
刀を頭の上に持ち上げると肩に力が入ります。重さは肩で止まります。それを腰に落とします。今度は膝に落とします。さらに足裏に落とします。
固くなった肩の力を抜くためには体の中を足裏まで水が流れるイメージを持つとスッと力が抜けていく感覚を掴むことが出来ます。
水の流れには不思議な力があります。
構えを見ると上半身の力は抜けていても下半身には力が入ったままの方も多いように感じます。そんな時は水が上から下に流れて足裏で床と拮抗している感覚を持つと良いかもしれません。
「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」(方丈記)
これ昔、暗記させられました。
なんでも暗記させる昔の教育を否定する人もいますが、結構役に立つことも多いように感じます。
「心は何処にも置かねば、何処にもあるぞ」(不動智神妙録)
いろいろつながっていきます。
昨年末から膝の故障により正座が厳しかったことから座業の稽古がなかなか出来ない日々が続いていました。
なんとかしたいと正座に代わるものとして「座構え」からの座業を稽古しています。
実は昨年の稽古総見では「座構え」からの居合形を一本披露しています。
縁(訳?)あって「座構え」に取り組めるというのは「良い稽古になる」はずと本腰を入れて稽古することにしました。
「座構え」は「立膝」「居合膝」などとも言われていますが、ここでは一律に「座構え」と呼称させていただきます。
「座構え」はザックリ言えば左膝を曲げて足をお尻の下に敷き、右膝は立てた状態で座る構えです。
左足は体のどの辺りに敷くのか?
右膝はどれほど立てるのか?
右足の位置はどのあたりか?
両手はどこにどう置くか?
などなど
細かなことは多々ありますが、いろいろ試している時も楽しいです。
稽古総見前に「座構え」について様々な資料を読み、映像を入手していたことや自宅で自主稽古していたことが役に立ちました。
いろいろな流派会派の座業を研究する中で「座構え」も多種多様で、この構えから何をどう学ぶかによって違うことがわかってきました。
同時期に膝の故障がないHさんも「座構え」の稽古を始めていました。
興味を持った他の皆さんも「座構え」稽古を始めました。
今、静稽会は空前の「座構え」ブームです(笑)
2020年8月16日付け静稽録「胡座からの立ち上がり」の頃から「座構え」は頭の片隅にはありましたが、まさに「腰を上げられず」に時が過ぎておりました。
満を持して来た「座構え」だったのかもしれません。
その後、お陰様で膝の故障はほぼ回復して正座での座業も可能になりました。
いろいろアドバイスをくださった皆様ありがとうございました!
静稽会のOさんは「ハチロク」に乗ってます。
知らない人が聞いたら「なにそれ?」と言うかもしれません。
実は私も「なにそれ?」派でした。
竹刀の長さ三八(サンパチ)を想起して武器の長さの略かな?と勘違いしてしまいました。
「86(ハチロク)」はトヨタがスバルと共同開発したスポーツカーです。
私が26年間乗り続けている車を買い替えようかと考えていた時にOさんから教えてもらいました。
私はそれまで車にはそれほど興味も無かったので、昨今の車事情を全く知りませんでした。
考えてみれば、あと何年車に乗れるか?を考える年齢になってしまいました。
「終の車」という言葉が浮かんできます。
やはり年相応の車にしようか・・・などと考えたりもします。
私とほとんど同じ年齢のOさんは「そんなの関係ねえ!」とばかりにスポーツカー「ハチロク」をブンブン乗り回しています。
「カッコいいなぁ!」
年相応の車
年相応の服装
年相応の立ち振舞い
年相応の・・・
そんな常識をぶっ飛ばして好きなものに忠実に生きているOさんに憧れます。
Oさんは居合、剣術もそんな年相応からはみ出したアグレッシブなスタイルを貫いています。
私は密かに実戦ではOさんが最強なのではないかと思っています。
最近、Oさんは若い時に買った刀が年齢とともに重く感じるようになってきたとぼやいてます。
刀に「樋」を入れて少し軽くしようか・・・軽い刀に変えようか・・・
しかしそれを許さないもう一人のOさんがいるらしく、ぼやきつつも未だに「樋」は入れていません。刀も変えていません。
私はいつまでもOさんのスタイルを貫いて欲しいと願っています。
しかしケガで稽古が出来なくなってしまうと元も子もありませんので、スタイルはそのままに刀だけは柔軟に考えて欲しいと願っています。
昔も今も血の気の多い人はいます。
そんな血の気の多い人が刀を差していた時代はさぞかし大変だっただろうなあ・・・と想像します。
古い文書などにも「侮り」を受けた、「謗り」を受けたなどの理由で斬り合いになった記録が出てきます。今とは違って武士としての立場やしきたりなどでやむを得ないこともたくさんあったようです。
そんな武士たちでもそう簡単に刀を抜くことはできなかったはずです。
抜けば双方とも無事ではすみません。
出来れば斬り合いになる前に止められれば・・・と思うのが人情です。斬り合いが始まってから引き下がることは武士にとっては最大の恥辱です。家を背負った武士にとっては家が侮られることにもなります。
そのためには一体どこから「斬り合い」が始まるのか?の共通認識は大きな問題です。
薩摩藩の武士は「むやみに刀を抜いてはならぬ。抜刀した時は必ず相手を仕留めよ」と教育されていたそうです。
そんな薩摩の刀「薩摩拵え」には鍔に小さな穴が二つ開いているものがあります。
この穴に紙縒(こより)か紐、針金などを通して栗形に結びつけることで刀を無闇に抜けないようにしていたそうです。
そう考えると薩摩では紙縒を切った時が「斬り合い」に入ったということになりそうです。そこからはもう引き返せません。
まあ薩摩武士には刀を帯から鞘ごと抜いて戦う術もあったと言いますから何とも言えませんが。
一般的には武士が「斬り合い」に入ったと判断される時はいつからなんでしょうか?
段階がありそうです。
①柄に手を掛ける
②鯉口を切る
③刀を抜く
④斬り掛かる
様々な意見があるとは思いますが・・・
④の「斬り掛かる」はもう完全に「斬り合い」開始ですね。
①はまだでしょう。
②は微妙ですが、これはまだ「斬り合い」準備段階と言えるのかも。
③ですが、この辺りかも・・・でもどの辺りまで刀を抜いたら「斬り合い」が始まるのか?
流派にもよると思いますが居合には「鞘送り」というものがあります。これは鯉口を切るのと同時に鞘を差している方向に送りつつ抜刀準備をする動作です。
送った柄で右手を守る意味もあります。
鯉口を切って「鞘送り」の段階では刃が見えてないということで、まだ刀を抜いていないと判断されたという文書を目にしたことがあります。
ということは「刀を抜く」とは刃が見えた時とも言えそうです。
居合で「鞘送り」は「オコリ」であり不要なのでは?という人もいますが、居合の実戦的な動作でありつつ、「鞘送り」は「刀を抜く」手前と判断されるとも言えます。
意味合いは違うかもしれませんが、現代の軍隊にも戦闘準備を有利に進めつつ、いきなり「戦闘状態」に入らないように相手に対する様々な段階的な「警告信号」があるのと同じかもしれません。
後々にどちらが先に「刀を抜いたのか?」との尋問があることを考えると「鞘送り」の意味も違ってきます。
居合の別の「景色」が見えてくるようで面白いです。
1992年、あまりにも有名なマイケル・ジャクソンのルーマニア・ブカレストコンサートのオープニングです。
マイケル・ジャクソンはステージに登場してから立ったまま微動だにせずに沈黙を続けます。
その間、1分39秒。
まず首だけを動かします。
そのまま7秒。
その後、ゆっくりとサングラスを11秒かけて外し、ターンを決めたところでオープニング曲が始まりました。
もちろん観客は狂喜乱舞。
伝説のコンサートと言われています。
登場から2分もの「間」です。
多くの観客を前に2分間の沈黙に耐えられるエンターテイナーはなかなかいないでしょう。
世阿弥が書いた能楽論「風姿花伝」には「時節感当」ということが書かれています。
ちょっと長いですが引用します。
「申学(さるがく)の当座に出でて、さし事、一声を出だすに、その時分の際あるべし。早きも悪し、遅きも悪かるべし。まず楽屋より出でて、橋懸に歩み止まりて、緒方を窺ひて、「すは、声を出す」よと、諸人一同に待ち受ける、すなわち声を出すべし。これ諸人の心を受けて、声を出だす時節感当なり」
マイケル・ジャクソンはこの「「すは、声を出す」よと、諸人一同に待ち受ける」をギリギリまで引っ張り最高潮にまで持っていきました。
まさに「時節感当」です。
彼はこの「時節」をどうやって捉えたのでしょうか?
世阿弥は続けて書いてます。
「この時節はただ見物の人の機にあり。人の機にある時節とは、為手(シテ)の感より見する際なり」
世阿弥は「自分の直感で感知するしかない!」と言い切ってます。
なんとも突き放した言い方ですが「そりゃあまあそうだよなあ」です(笑)
「阿吽の呼吸」などと言いますが、「時節感当」はある意味「呼吸」とも言います。
稽古ではその「呼吸」を外すか、捉えるかによって大きな違いが出ます。
マイケル・ジャクソンのような天才ならいざ知らず、凡人は日々の稽古で「時節感当」を養うしかないようです。
ちなみに「風姿花伝」は室町時代中頃に書かれたと言われています。
もしかしたら親日家と言われたマイケル・ジャクソンのことですから密かに「風姿花伝」を読んでいた?のかもしれません。
藤沢周平氏の小説「祝い人(ほいと)助八」には「隠しとどめ」という作法が出てきます。
「祝い人」は小説の中で「祝い人は物乞いのことだ」と書かれていますが、小説の主人公伊部助八はもちろん「物乞い」ではなく「もっぱら身なりの穢さが原因である」と書かれています。
「祝い人」という言葉にも深い響きを感じます。
この小説「祝い人助八」はそのストーリーの大半が映画「たそがれ清兵衛」の元になっているようで、たそがれ清兵衛の身なりもこのあたりを参考にしたと思われます。
さて「祝い人助八」です。
助八が想いを寄せる幼馴染の波津。波津の元夫甲田豊太郎は酒乱で離縁後も波津の実家を度々訪れては暴れていました。
行きがかり上、甲田豊太郎と試合うことになった助八です。この試合には勝ちましたが、そのことが元で藩の討手として殿村弥七郎という直心流の剣客と斬り合わなければならなくなります。
「助八は立ち上がった。力の失せた足で殿村のそばに寄ると、もう一度生死をたしかめて、刀の血をぬぐった懐紙を殿村の袂に押しこんだ。作法にしたがった隠しとどめである」
昔の武士の作法では斬り合いが終わったあと「隠しとどめ」といって、刀を拭った懐紙は死体の着物の袂へ入れておいたそうです。
そんな作法があったんですね。
確かに昔の時代劇などで見かけた記憶があります。
これは武士が人を斬った恐怖から慌ててその場を離れたのではなく、冷静に後処理をしたという証にするためだそうです。
証を残す作法というのも面白いですね。いや作法はそういうものかもしれません。
ちなみに映画の「たそがれ清兵衛」には「隠しとどめ」のシーンはありません。
そもそも貧しかった助八が懐紙など持っているのは考えにくい。
いやいや藩命による討手だから懐紙くらいは用意したはずだ。
家屋の外に藩の役人が待っていたので隠しとどめの必要はなかった。
いろいろ想像すると面白いです。
昨年末に薩摩剣の使い手Hさんと久しぶりにお会いする機会がありました。お互いに年をとったという話のあとにHさんはこんな話をしてくれました。
「私の師は、「できなくなったり、(能力的に)失われたものがあった時には、その時にこそは、敏感になれ」
と私を諭した時がありました。
もう、はるか昔の話ですが、そんな時には必ず
「今までできなかったことができるようになったり、新たな何かを得ているはずだから」というのです」
ケガの時に「いい稽古になる」という翡縁会多々良先生の言葉にも通じる話でした。
ヒトと同じ霊長類チンパンジーの寿命は40歳だそうです。
動物学者によると普通の動物は生殖機能が衰えて子孫を残す能力が無くなると寿命を迎えるように出来ているとのこと。
だからチンパンジーには「老後」の心配がないらしいです(笑)
ではなぜヒトはそれ以降も長生きするのか?
ヒトの場合は集団として生き残るために40歳以降の能力が必要だからだそうです。
その能力とはなんでしょうか?
ある意味、本能に引きずられて動物的な生き方を優先しているのが40歳までで、本能から解き放たれて生きることが出来るのが40歳以降とも言えます。
40歳を超えてようやくチンパンジー的な生き方から人間的な生き方になる?(笑)
ヒトは体の衰えと引き換えに本能に引きずられない能力を手に入れるというわけです。
だからこそ集団の中で本能に引きずられている若輩者を智慧で導くことが出来る?
あるいは本能に引きずられない戦い方が出来る?
実際には40歳過ぎても本能に引きずられているヒトは結構いるように思いますが・・・動物としての寿命が延びたせいでしょうか?
それでも体の衰えと引き換えに別の能力が備わるというのは朗報です。
40歳どころか60歳も随分と過ぎた私には代わりにどんな能力が備わったのか?
何を失って何を手に入れたのか?
確かに敏感になって見極めないとせっかくのギフトが無駄になってしまいます。
昔は正月に「餅つき」をしている家をよく見かけました。
最近ではお笑い芸人クールポコ。の餅つき芸くらいでしか見たことがないという人が多いかもしれません。
ましてや実際に杵と臼で「餅つき」をしたという人は少ないと思います。
私は小さい頃に母の実家で何度か「餅つき」をしたことがありますが、子供にはなかなか難しいです。
重く大きな杵の端に柄がついているために、真っ直ぐ打ち下ろさないと杵が横倒しになって臼の口に当たってしまいます。
コツは握り込み過ぎず、踏ん張らず、振り下ろすというよりも力を抜いて杵を真っ直ぐ落とす気持ちでやると上手くいきます。
慣れてくると力の抜きどころがわかってきます。
それから玉鋼の鍛錬に使う大槌(向槌とも言います)も体験させていただいたことがあります。師匠の相槌に合わせて槌の口(平らな面)の角が当たらないように、かつ求められた場所に正確に振り下ろさなければならないという難易度は別次元です。
「振り下ろす」というより大槌と一緒に自分も落ちるような、なんとも形容しがたい体験でした。
さらに映画「七人の侍」の中では「薪割り」をしている武士をスカウトするシーンがあります。
甲野善紀氏の薪割り術というのもあるようですし「薪割り」と剣術の関係も濃厚なようです。
2019年4月19日の静稽録「福沢諭吉と居合」で晩年の福沢諭吉の居合数抜き千本が出来たのは毎日一臼の「米つき」をしていたからではないかと書きました。
そう考えるとやはり・・・
「餅つき」も・・・
餅つき芸人クールポコ。は最近では高速「餅つき」も出来るようになったそうです。
「男は黙って餅つき!」
クールポコ。あなどれない!
・・・かもしれません(笑)
やっちまったな〜!
昨年の正月まではマンションの玄関口に飾られていた門松が今年はありませんでした。
住んでいる人たちの賛否すら聞かれることもありませんでした。
こんな風に日本から一つ一つ正月らしさが消えていきます。
少し残念な気持ちになりました。
昨年の大刀剣市で翡縁会のSさんにアテンドしました。
刀のことを勉強しているSさんは古い刀をメインに見ていましたので、いずれ古い刀を購入するものだとばかり思っていました。
後日、翡縁会多々良先生からアテンドのお礼とSさんの感想を伝えるメールを頂きました。
「本日稽古の折にSさんが先日の大刀剣市の感想を話してくれました。
-中略-
多くの古い真剣を鑑賞できたこと。
地金をよく見ることが出来てよかったこと。
-中略-
真剣を購入する時は現代の刀工の刀を買って、少しでも貢献したいと思っていること。
さすがに目が疲れたこと。
などなど楽しそうな様子でした。」
このメールを読んで若い方にもそんな考え方をする人がいるのかと大変感心しました。
実は私の父は亡くなる前に密かに、ある刀工に作刀を依頼していました。
自分が死ぬ前に居合を稽古している私に刀を残したいと思ったのでしょう。
ただ父は刀は全くのど素人です。
私がそのことを知ったのはそそろそろ父の寿命の先が見えて来たころでした。
作刀依頼のことがバレると父は私にこんなことを言いました。
「刀というものは随分と高いものだなあと思ったが、その値段には日本の文化に対する値段も含まれているんだよなあ」
とボソッと言いました。
確かに日本刀を残すためには、古い刀を保存するということも大切ですが、作刀技術を残すということも大切です。日本の文化である日本刀を残すためには両方とも必要なんだと刀ど素人の父から教わりました。
年々門松を飾る人が少なくなるといずれは日本から門松が消えてしまう日が来るのかもしれません。
日本刀もまったく同じです。
日本刀作製に従事する方々は大変な努力をしていますが、門松と同様でなかなか厳しい状況です。
将来「文化遺産」として博物館でしか見られなくなってしまったら・・・
日本の文化を守るために私たちが出来ることの一つは買うことです。
日本の文化の担い手は作り手だけではありません。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
元旦には毎年刀の手入れを行います。
朝の太陽の光に向かって刀を手入れをしていると心も美しく清められるように感じられます。
日本刀は火と水の中をくぐって出来上がります。
神(カミ)は火(カ)と水(ミ)の言霊の融合から出来ているといった方がいますが、まさに日本刀は火の神と水の神により人智が及ばない神器になります。
日本刀の美しさの一つに反りがあります。
居合を稽古している人でも反りの出来方を知っている人は意外と少ないです。
日本刀の反りは焼刃土の役割で作られた性質の違う峰側と刃側が焼き入れの時に冷やされて体積差が出ることで刃先に圧縮力がかかって作り出されます。
反りはある程度の調節は出来るそうですが、やはり自然に委ねた美しさには及ばないと言います。
作刀の難しさは自然を通して完成度が決まるところだと静稽会顧問の刀鍛冶の方に教えていただきました。
日本刀は神の領域に委ねる部分があるからこそ神々しさが生まれるのかもしれません。
そして神器である日本刀は美しくなければならないという刀鍛冶の方たちの思いもこめられています。
日本刀の「美しさ」は「清らかさ」でもあります。
私はそんな日本刀に触れて行う稽古もやはり美しく、清らかでありたいと思っています。
日本刀に触れる稽古は単なる運動ではなく心を洗う営みでもあります。
日本刀稽古の後で「スッキリする」のは世俗の汚れを洗い落とし、ほんの少しの間でも心を清めるからなのではないかと感じています。
今年も日本刀に宿る神々とともに稽古が出来ることに感謝して、安全に楽しく、そして静かに稽古したいと思います。
よろしくお願いします!
今年の稽古が無事に終わりました。毎年のことながらホッとしています。
今年は個人的には故障続きの一年でした。
首の故障はこの2年ほど続いていました。今年の夏頃に少し緩和した喜びと入れ替わるように今度は膝が来ました。
故障は決して望ましいことではありませんが、そんな故障も「いい稽古になる」はずと自分に言い聞かせて稽古していたところ、翡縁会の多々良先生から全く同じ言葉をいただき意を強くしました。
10月の静稽会稽古総見時点で膝はすでに演武ギリギリでしたが、その後に多々良先生から12月の翡縁会年末発表会にお招きいただきました。
膝の故障が悪化する中、年末発表会での居合演武は難しいと諦めておりましたが、日が近づくにつれて「いい稽古になる」の呪文に背中を押されて稽古を続けて・・・
結局、発表会当日まで断念しようかと思っていた居合演武も何とかやり切りました。いやもしかしたらアドレナリンが出ていてやり過ぎたかもしれません(笑)
そして剣術演武は静稽会Hさんのお陰で良いものが出来たのではないかと思っています。
今後はこうした場面が増えるはずです。その時にどう向き合うのが良いのか?
本当に「いい稽古」になったと思います。
また今年は中学生の方が5月に入会されました。これまでこれほど若い方の入会は経験がなかったのでこちらも戸惑いながら一緒に稽古させてもらいました。
ところがそんな心配もすぐに杞憂となりました。その上達ぶりは素晴らしいもので10月の稽古総見では堂々とした演武を披露してくれました。
元々の能力の高さもあるかもしれませんが、やはりなにより素直さと熱心さがここまでの上達を後押ししたと思っています。
また毎回一緒に来られるお母様のお力添えは大きかったと思います。
このことは静稽会にとっても貴重な経験になりました。その先に見えてくるさらに広いフィールドにも活かせるかもしれません。
他にもいろんなことがありましたがここには書ききれません。
ただお陰様で今年も楽しく稽古できました。
もうそれだけで十分かなと思っています。
また来年も楽しく稽古したい!と思っています。
みなさん、よろしくお願いします。
良いお年を!
先日、二十六世観世宗家観世清和氏の能を観る機会がありました。
普段から能を観る機会も少なく、さほど知識もない私の関心はもっぱら観世清和氏の「ハコビ」でした。
「ハコビ」とは能の歩法のことです。
歩法は武術においても大事です。
観世清和氏の「ハコビ」はとても人間技とは思えないものでした。
まるで幽霊が漂うように移動します。すぅ〜と何の前触れもなく体が真っ直ぐ前に進むのを見て鳥肌が立ちました。
柳生新陰流などでは「帆に風を受けて進む舟のごとく歩む」(風帆の位)と言いますが、それとはどこか違う気がします。
この世のものとは思えない空気を纏っています。その空気が揺らいで見えました。そこにいて、そこにいない存在が漂うかのような「ハコビ」です。
特に驚いたのは廻る動きです。
微妙に方向転換しながら廻る動きは進む方向の慣性と外側に遠心力が働くために直進歩行に比べて複雑です。
それを姿勢を崩すことなく、滞ることなく、偏ることなく難なくやってます。
居合でも方向転換のある形があります。難しいです。
普通はどうしても一瞬止まってしまいます。溜めが出ます。姿勢が崩れます。止まらないで形を行うためには特殊な技術とそれを習得するための長い稽古が必要になります。
観世清和氏は一体どれほどの稽古を積んだのでしょうか?
才能にも助けられたとは言え、おそらく幼少の頃から今日まで気の遠くなるような時間を稽古に費やし続けたのだろうと思います。
継承の重圧も大変なものだと想像しますが、纏っている空気感は厳しい稽古で体に刻み込まれた傷口から重圧で漏れ出てくるものなのかもしれません。
ちなみに観世清和氏は私よりも年下。
のほほ〜んと生きてきた私とは随分違います。
まさに眼福でありました!
これからの糧にしたいと思います。
先日、ある葬儀に参列し焼香させていただきました。
焼香の所作はさほど難しいものではありません。
みなさんほとんど同じような所作が続きます。
それでも人によって随分と違って見えるものだと感じました。
心打たれる所作の方もいる一方、なんだか残念な方も。
一体何が違うのか?
残念な方で一番多いのが一つの所作が終わってないのに次の所作が始まってしまう人です。
遺影のある祭壇に向かう途中で歩き終わらないうちに礼をしてしまう方
焼香が終わって遺族の方への礼で方向転換を終えていないうちに礼をしてしまう方
一つ一つの所作の輪郭がボヤけてしまい残念ながら礼をしている様には見えません。
「そんな人はいない」と思うかもしれませんが、本当にあなたは大丈夫でしょうか?
緊張していると意外と気がつかずにやっている人は多いと思います。
次に多いのが所作が速い人です。
早く済ませたいのかチャチャとやってます。
焼香が所作に見えず作業のように見えてしまい、礼もニワトリのようです。
遺影すら見ていないのではないか?と感じられる人もいます。
他にも多いのが礼の時に指先が開いている方、頭だけを下げる礼の方などなど
どの所作も故人に対する尊崇の念が伝わっているようには見えません。
そしてなにより美しくない・・・
居合を稽古しているとどうしてもそうした所作が気になってしまいます。
所作は単なる動作ではありません。
残心は?
敵付けは切先が敵に向いているか?
残心と敵付けの区別はついているか?
血振りの途中で納刀の準備をしていないか?
指先まで心が行き届いているか?
目付はどうか?
首は落ちていないか?
間の取り方は?
取り上げればキリがありませんが・・・
居合でも心が定まっていない所作は見ていてわかります。
所作は一つ一つを丁寧にやることが求められます。
演武の時だけちゃんとやればいいと思っている人は必ず普段の稽古の所作が出ます。
これは必ずです。
初心者の方には一つの所作ごとに一呼吸もしくは二呼吸入れるようアドバイスします。
時には50%の速さでやるようにと言うこともあります。自分が感じる速さと見ている人が感じる速さはまるで違います。
所作以外の動作に引っ張られるとどうしても所作が速くなりがちです。
所作は心のあり様が出ると言います。
人によっては心を込めてやれば良いのだという人もいますが、そんな単純なものでもありません。
私は「心から所作」を稽古するのではなく、まずは「体から所作」を稽古することでやがて心のあり様が定まる美しい所作になっていくと思っています。
所作も大事な稽古です。
翡縁会の多々良先生からお声かけいただき、毎年実施しているという「翡縁会 2024年 年末発表会」に参加させていただきました。
年末発表会は翡縁会の根源的な稽古から演武へとその生成過程を見ている様で大変勉強になりました。
またみなさんがどこに向かって日々稽古しているのかがハッキリと見えたような気がします。
翡縁会のみなさんの演武は静稽会稽古総見でも拝見しておりましたのでそのレベルの高さは当然のこととして、二部でご披露いただいたさまざまな「演武」にも感銘を受けました。
さすが!翡縁会さんは懐が深い!
二部では空手や中国武術、十手術などを演武される方もいました。
さらには武術だけでなく、並行してさまざまなフィールドで感性を磨いている人たちがいました。
いつも厳かな音色の龍笛は私の演武前の心を落ち着かせてくれました。
フォークギターとクリスタルボイスは心に沁みました。
いつものアメカジスタイルと三味線じゃんがら節のギャップには驚かされました。
みなさん武術のレベルが高いのは当たり前でその先のもっと広いフィールドを自由に走っていました。
そしてそれはしっかり武術にもフィードバックされてます。
発表会後の懇親会の場でもお話ししましたが、静稽会の薩摩の剣の使い手はこんなことを言っていました。
「薩摩では剣術だけ出来ても天吹(笛)と薩摩琵琶が出来なければ一人前とは認められない」
くしくも龍笛、フォークギター、三味線という楽器を演奏しているお三方にその姿が重なりました。
もう一つ驚いたのは「翡縁会 年末発表会 2024年」ロゴ入りのブラックサンダー(お菓子)が配られたこと。こうしたイベントに対する企画力に会の底力を感じました。
さすが小太刀のマスコさんグッドジョブ!です。
ゲストの方々の演武にも目を見張るものがありました。 新しいことに触れるのは喜びです。
また久しぶりにお会いした方やケガをされたと聞いて心配していた方にもお会い出来ました。
こんな楽しい、貴重な時間を提供してくれた多々良先生には心から感謝申し上げます。
これでさらに楽しい稽古が出来ます。
ありがとうございました!
<翡縁会HP>
海外から日本に来た旅行者の中には蕎麦やラーメンを食べ時に出る「啜る(すする)」音が不快だと言う方がいます。
そもそも海外の方たちは「啜る」という動作が出来ないらしいですね。
実は妻も昔からこの「啜る」が出来ません。
そもそも「啜る」は空気とともに吸い込んだ液体や食べ物を口の中にとどめつつ、空気だけを気管に送り込むという難しい芸当です。
なにしろ漢字自体が「口」に「又」が四つもついてる訳ですから難しいはずです(笑)
高齢者は誤嚥につながるのであまりお勧め出来ないかもしれません。息を吸う状態の口の中に食べ物を放り込む訳ですから確かに誤嚥し易いですよね。
でもこの「啜る」は熱いものを飲む時や液体を適度に織り交ぜながら個体物を口に入れる時には大変便利なんですけどね〜
しかも美味しく感じる!
妻が熱いお茶を飲む時や蕎麦を食べる時はちょっと同情します。
しかしこの「啜る」動作は音が出ます・・・海外では完全にマナー違反です。
先日、エミー賞を取った「将軍-shogun-」を観ましたが、豪快に音を出して「啜る」食事シーンが度々出てきます。
「いや〜あんなに大きな音は出さないけどね〜」
と私は感じましたが、おそらくあれは海外の方たちの耳に聞こえる正直な感覚表現なんだと思います。
私たち日本人には気にならない「啜る」音も海外の方たちが聞くとあんな風に聞こえるのかもと思いました。
真田広之さんは敢えてそのままにしたのかもしれませんね。
そんなところにも彼の思いの深さを感じます。
嚥下能力が衰えてくると「啜る」が困難になると知ってから蕎麦は思いっきり音を立てて啜っている私です。
海外から日本に来ている旅行者の方々には申し訳ありませんが・・・
フジテレビ「酒のツマミになる話」という番組の中で「体の大事にしているところありますか?」の話題。
千鳥のノブさんが父親の最後の言葉が「人生後半は膝ぞ!」であったことを話していました。
その1ヶ月前に膝を痛めていたノブさんは「好きなゴルフもできない、仕事も歩きロケもできない、スポーツ企画、何にもできない。鍛えることすら出来なくなって、ウォーキングすら出来なくなったら、どんどん弱っていく」そんな時に父親から言われた言葉が「膝ぞ!」だったそうです。すでに電動車いすに乗っていた父親は全てわかっていたんだと回想していました。
その言葉、今の私にも響いてます(笑)
年のせいか?座業のやり過ぎか?
フワッと立ちたい願望が強過ぎたか?
はたまた長年の座卓生活の影響か?
今、優しく膝に問いかけてます。
膝の言い分も聞かねばなりません。
その上で折り合いをつけながら「肉体改造」と様々な知恵を総動員して膝強靭化に取り組んでおります!
膝とは何か?
稽古の中で膝をどう使っていたのか?
間違った使い方をしていなかったか?
膝に足りなかったものは何か?
などなど
現在「膝ぞ!」強化月間中です!
最近、柄糸を巻き直しました。
柄糸を替える前の目貫の位置は柄を握った時に小指、薬指が目貫が触れる位置でした。
通常の目貫の位置は、このように差表は鍔に近い所に、差裏は、柄頭に近い側に配置されます。
市販の居合刀の目貫はだいたいこの位置にあるはずです。
実は「逆目貫」というのもあります。こちらは柄を握った時に手の内側に目貫が入る位置になります。確か柳生拵えなどはこの「逆目貫」だったと記憶しています。
さらに指にも手の内にも目貫がかからないようにしたいという人もいます。その場合は差表差裏とも目貫を柄の中央に置きます。
今回の柄巻き直しで私はこの中央に目貫を置く選択をしました。
柄を握る感覚は柄の太さ、掌の大きさ、指の長さ、握りの強さなどによって随分と違います。オーダーで居合刀を注文する場合に掌をコピーしたものを送ったりして調整してもらう人もいます。
そして長年、刀を振っていると目貫の位置も気になってきます。
目貫自体の大きさや厚みも関係してきます。
私の場合は万年青(おもと)目貫への小指の引っ掛かりが少し気になっていました(この引っ掛かりを求める人もいます)。
そんな訳で今回は目貫の中央配置ということにしました。
ちなみに目貫無しというのもあります。
目貫をつけない・・・
目貫が邪魔なら外してしまえということなんでしょうが、やはり柄に目貫がないのはなにか物足りなさを感じてしまいます。
なにしろ「目貫(目抜き)通り」という言葉があるように一番目立つところですからね。
そこに何もないというのはどうなんでしょう。
皆さんの目貫の置き所はどうでしょうか?
もしかしたら永遠のテーマなのかもしれません。
今年は大上段に振りかぶって私の稽古総見のテーマに掲げてみました。
どうやったらフワッと立ち上がれるのか?
煙が立ちのぼるように、軽く、立つそぶりも見せずにいつの間にか立ち上がれるようになりたい。
そんな思いを抱えながらこれまで稽古を続けてきました。
でもなかなか満足いく立ち方にはなりません。
掴みかけては遠ざかり、掴んだと思ったらやはり違うを繰り返してきました。
「どれも当たらずといえども遠からず」
ずっとそんな感覚を引きずったままです。
それでも先達に教えを乞い、書物を紐解き、何年も稽古を積み重ねていると少しはわかってくることもあります。
そして理屈がわかったとしてもそう簡単に出来るものでもない、ということもわかってきます。
それを可能にする体を鍛え続ける必要もあります。
さらにはどうも「仕掛け」は単純なものではなさそうです。もっと複数、複雑な「仕掛け」が組み合わさっていることもうっすら見えてきます。
先日、翡縁会の稽古にお邪魔してその「仕掛け」の一つを体感することが出来ました。
「ああ、これも加えたらさらに軽くなる」
確かにそう感じました。
目線をもっと広く、遠くに伸ばした先にこれまでとは違う道を見つけた気がしました。
数学の図形問題を解く際に仮想線を引いて解くような感覚に似ています。
そんなところにも解き方のヒントがあったのかと。
驚くような視点から解いていくのが数学の醍醐味ですが、もしかしたら稽古も同じなのかもしれません。
求めるものは一つでも辿り着く道は一つではありません。そして複数の方法を用いて異なった視点からアプローチすることは可能性をさらに高めてくれます。
だから稽古は面白い!
今年も大刀剣市の季節がやって来ました。
ほぼ毎年お邪魔しております。今年は三日間ではなく二日間でしたが、出店しているお店はほぼ例年と同じでした。
初日は私一人でぐるっと回りました。午前中は稽古がありましたので午後半日のみです。
例年のことですが川崎晶平刀匠にご挨拶したり、お世話になっている刀屋さんにご挨拶したり、私の差し料の柄糸巻きをお願いしたり、合間に刀、刀装具などを見て回ってあっという間に終了でした。
二日目は翡縁会のSさん、静稽会のMさんと終日見て回りました。
翡縁会のSさんはだいぶ勉強されているらしく知識も豊富で刀の鑑賞の仕方も実に堂々としています。Mさんは日本刀の勉強を始めたばかりですが、非常に熱心です。
そんな若いお二人の姿を見ていて嬉しくなりました。
テレビ局も来て海外の方が日本刀を購入する姿などを映していました。
そんな中にポール・マーティン氏のお姿を発見しました。
NHK番組「趣味どきっ!」の「刀剣lovers探求」の講師を務めたイギリス人日本刀研究家です。日本刀伝道師などとも言われています。
「趣味どきっ!」観てました!
番組以前からその見識の深さ、日本刀への想いの強さなど個人的に大変尊敬しておりました。
もちろんマーティン氏は武道にも精通しています。
私の日本刀バイブルの一つ 中原信夫著「詳説 刀の鑑賞 基本と実践」を英訳した人でもあります。
思いがけずお会い出来てとても嬉しかった!
そしてその日のうちにメールまでくださる親切さと礼儀正しさに再び感動してしまいました。
最近の大刀剣市は海外の方が多く、出展しているお店の方も外国人の方が対応しているケースが多かったですね。ある刀屋さんは「買われていくのは海外の方々ばかりです」とさみしそうでした。円安も影響しているようです。
将来、大刀剣市では英語が「公用語」になる日が来るかもしれません。
そう考えるともう日本刀は日本から離れて海外の方々が支えてくれているのかもと思ったりします。
・・ちょっと複雑な気持ちです。
いやいや翡縁会のSさんや静稽会のMさんのように日本刀に興味を持ってくれる若い人が日本にももっといるはず・・・そう期待したいと思います。
肥前吉廣 二尺五寸二分
現在、私と稽古を共にしてくれている差料です。
真剣で稽古を始めてから15年ほどの時が経ちました。
真剣に切り替えるまで居合刀(模造刀)で十分稽古したとは言え、初期の真剣稽古は敵を斬る意識どころか、むしろ真剣で自分自身を傷つけないか?という恐怖の方が強かった気がします。
真剣のパワーが自分を圧倒してきました。
真剣から立ち昇る霊気
耳の近くを通り抜ける刃音
空間を切り裂く先鋭
手に触れる深い冷感
真剣という「鬼神」が自分の体の一番近くにいるという感覚はなんとも形容し難いものです。
重さ、長さ、バランス、形状が同じでも居合刀(模造刀)と真剣では全く違います。
そして一回でも「鬼神」と一緒に稽古するともう元には戻れません。
「鬼神」に取り憑かれてしまいます。
真剣稽古は「鬼神」からまず自分の身を守る稽古が必要になります。
刀を差している時は必ず鍔を親指で押さえます。そしてその親指は絶対に刃の上には置きません。
例えば刀を差したままうっかり落としたものを拾ったりすると刀が鞘から飛び出す可能性があります。
そんな時、思わず飛び出した刀身を掴んでしまったりすると・・・
その他にも真剣稽古には自分を守るための「ルール」がいくつかあります。
うっかりその「ルール」を失念すると「鬼神」は冷水を浴びせてきます。
そんなヒヤリ経験を経て心の隅々まで「ルール」の大切さが染み渡ります。
自分を守る「ルール」とともに一緒に稽古をする人を守る「ルール」もあります。
万が一、誰かをケガをさせてしまったらもう稽古は続けられません。
ですから「ルール」を守るのは絶対です。前に立つ人は安全管理が最優先になります。
(お陰様で静稽会は発足以来、安全に稽古が続けられています)
そんな緊張感が稽古場に漂い特有の雰囲気が作り出されます。だからこそ稽古が非日常になります。
考えてみれば袴に着替え、俗世から「結界」で切り離された稽古場という聖なる空間(だから入退出に礼が必要になります)の内側で「鬼神」と一緒に稽古する訳ですから、非日常になるのは当然です。
真剣稽古を続けているとやがて「鬼神」は自分を見守ってくれる頼もしい存在になってくれます。
稽古の度に手入れをしたり、時々眺めたりして親交を深めます。
たまには目貫や鍔、柄巻きなどもかえてあげます。
するとさらに「鬼神」が寄り添ってくれます。
そんな「鬼神」との付き合いも居合の魅力の一つです。
もしかしたらそんな「鬼神」に巡り会えるかもしれません。
毎年恒例の大刀剣市が11月2日(土)〜11月3日(日)に開かれます。
ガラス越しにみる美術館の刀ではなく、近くで見て、触って、重さや匂い、そしてオーラを感じる「鬼神」です。
稽古をもっと楽しくするためのヒントをいただこうと翡縁会様の稽古にお邪魔させていただきました。
多々良先生のご厚意に感謝いたします。
稽古はまず胡座の状態から目を顔の中に落とし、首の付け根あたりを緩めて顎を軽く前に出しながら頭を腹に落とす心持ちで後ろに倒れるという稽古から始まりました。その時に上半身と下半身は繋がったままを保ちます。
これは後ろ受身?
でも私の知っている後ろ受身とは違います。
なんだか遠い昔に舞踏のワークショップでやった身体操作を思い出しました。
舞踏のワークショップではまず「頭を腰の上に乗せて歩け」と言われました。
「頭を腰の上に乗せる?」
どうしていいかわからずオロオロした記憶があります。
その時のワクワク、ドキドキを思い出しました。
そんな出来そうで出来ない稽古が次々と進んで行きます。この稽古は一体何処に行くのだろう・・・と思い始めた頃、突然、伏線の回収が始まりました。
ああこれがこれとつながるのかあ
これはこのためだったかあ
推理ドラマの伏線回収のような後半稽古にグイグイ引き込まれます。
最後は落語のような見事なオチでアッという間に終了しました。
簡単な動きのようでもなかなか出来ない動き
根から先へ、先から根へ
一つの動きで一つでない動き
受身、螺旋、転換、廻剣、浮身
全てが一気通貫でつながりました。
なんて面白い稽古をしているんだろう!
稽古の楽しさを存分に感じることが出来ました。
多々良先生、ありがとうございました。
また当日稽古に参加されていた翡縁会のみなさま、ありがとうございました。
さらに稽古後の食事会までご一緒させていただきました。
全てに感謝します。
これまでとは違う方向からの光が見えたような気がしました。
ただ技量も経験も体力も年齢も違います。
仮に頭では理解できたとしても果たして出来るか?という問題もあります。
丸ごとそのままというわけにはいきませんが、これから一つ一つを咀嚼、消化、吸収して稽古を再構築していこうと思います。
もちろん稽古をもっと楽しくするために。
最近、サウナなどで「ととのう」という言葉をよく耳にします。
私自身はサウナには行きませんが、「ととのう」という感覚には大変興味が湧きます。
先日、あるテレビ番組でサウナで「ととのう」とは何か?を特集していました。
「ととのう」は「奇跡の2分間」と言われているそうです。
熱いサウナと水風呂を繰り返すことで押し寄せる特別な感覚だと言います。
人間の神経には交感神経と副交感神経があって、交感神経は覚醒させる神経、副交感神経はリラックスさせる神経と言われています。
サウナで体が熱気に晒されると交感神経が刺激されて覚醒した状態になり、水風呂で冷やされると副交感神経が刺激されてリラックスした状態になります。
そしてそれらをある程度繰り返すと覚醒とリラックスが同時に押し寄せる瞬間が来るらしいです。
そして脳は覚醒しているのに体はリラックスするという「奇跡の2分間」が味わえるという話でした。
実は前々から思っていたことですが、稽古後の「スッキリする」感覚は「ととのう」感覚に近いのではないか?
2024年9月16日の静稽録「健美居合会」にも書きましたが、稽古の後に「スッキリ」する感覚を得ている人は確かに多いです。
真剣稽古して覚醒し休憩でリラックス
これを繰り返すと「ととのう」「奇跡の2分間」と同じような感覚が来るのではないか?
ただ稽古あとの「スッキリ」感は2分間よりももう少し長い感じがしますが・・・
覚醒とリラックスの落差が大きいほど長くなる?
信じるか、信じないかはあなた次第です!
稽古総見の時期になりました。
早いもので稽古総見も今年で十三回目になります。
以前にも書きましたが私は稽古総見は竹で例えれば節のようなものだと思っています。
空洞の竹がしなやかで強いのは節があるからです。
普段の稽古を支える大事な静稽会「特別稽古」になります。
竹の節の間隔は根元が狭く、上に行くにつれて広くなっています。さらに上のほうにいくと、また狭くなっているそうです。
間隔を狭くするのは丈夫にするためです。
根元は自重に堪えられるように、先は枝葉を支えられるように。
そしてそのことが竹のしなやかな強さを作り出してます。
なんか深いですね。
樹木は先端の1カ所で細胞分裂して伸びていくのに対して竹はすべての節に分裂組織があるそうです。
すべての節がアコーディオンのように一斉に広がっていくように成長します。ですから節の数はタケノコの段階で全て決まっているんだそうです。
これから先の静稽会の「節」の数はわかりませんが、すでに決まっているとも言えます。
限られた数の「節」ですから、大切にしていきたいと思っています。
稽古総見は人に見せることを前提にしていませんので、上手く取り繕う必要はありません。
普段の稽古のままに各人のテーマに沿って自分を記録に残します。
むしろ人に見せることよりも見られている自分と向き合う稽古です。
百尺竿頭進一歩
NHK朝ドラの「虎に翼」もそろそろ最終盤です。
ドラマタイトルの「虎に翼」ですが、私は「虎に竹」の方が馴染みがあります。
「虎に竹」が刀の目貫や日本画などによく使われる意匠だからです。
ちなみに「虎に翼」の目貫や日本画は見たことがありません(笑)
「虎に竹」も「虎に翼」と同じような意味だと思われていますが・・・
「虎に翼」が「鬼に金棒」のように強いものにさらに強力なものを付け加えるというのに対して「虎に竹」は強いものが苦手なものを補うという違いがあります。
虎が苦手なものとはなんでしょうか?
それは象だと言われています。
虎は象の群れに追いかけられると竹林に逃げ込むと言われています。象には象牙があって竹林の中での動きが制限されるからです。
「虎に竹」は虎が象から身を守るために竹林に身を置くことでより安心出来るという意味だと聞きました。
「虎に竹」は「強さを増す」というよりも「弱さを補う」という意味になります。
この組み合わせは任侠映画などによく出てくる♪背中で泣いてる♪「唐獅子牡丹」も同じです。
獅子が弱いものは何か?
それは「獅子身中の虫」です。
獅子は体の中に入った虫に対処するすべがありません。
その虫が嫌がるものが牡丹の朝露で、その朝露を飲むと虫は死ぬと言われています。
獅子は牡丹の花の下で安心して眠れるというわけです。
そう言えば高倉健さんは「唐獅子牡丹」、藤純子さんは「緋牡丹のお竜」でした。
なかなか面白い組み合わせです・・・脱線しました。
キーワードは「安心」です。
人は強さを追加するよりも弱さをカバーする方が「安心」するのかもしれません。
もちろん解釈には諸説ありますが、私はこの説が一番腹に落ちます。
そう言えば朝ドラ「虎に翼」の中にはみんなが集う「甘味処 竹もと」が出てきますが、これは安心した虎が竹のもとに集うから?
昨年7月に市川市地域限定の初心者稽古会「健美居合会」が設立され、剣術、居合指導の依頼を受けて月2回出張稽古指導しております。
メイン会員は高齢の男女ですが、稽古前のストレッチなども念入りに行い、ケガのないよう丁寧にゆっくりとした稽古を進めています。
先日、懇親会が開催され、みなさんからこの一年間の稽古の感想などを聞くことが出来ました。
その中でこんなことを言った人がいます。
「とにかく稽古が終わったあとにスッキリするんですよ!」
ちなみにその方は82歳最年長の男性で若い頃に長年合気道を稽古していた経験があるそうです。
全く同じ言葉を静稽会の人たちからも聞いたことがあります。
その男性は「年齢的なこともあり著しく技術が向上するということはないかもしれないが、とにかく「スッキリする」というだけで十分続ける意味がある。それからいくつになっても出来たことを褒められるのは嬉しい」と言います。
すると別の方はこんな話をしていました。
「他の武術の会に体験に行ったところ、肩が上がらないと言っているのに無理な動きを求められた。上がらないものは上がらないのに・・・その点、健美居合会は無理ない範囲で少しずつ動かしていきましょうという指導なので安心する」
木刀を手にした時の目の輝き、袴を履きたいと袴の履き方、畳み方を覚えようとする姿勢、稽古で出来なかった動きを悔しがっている姿を見るとそこには若い人たちとは違う武術への向き合い方があると感じます。
また昨年取得した公益法人日本スポーツ協会認定スポーツコーチングリーダーや市川市公認スポーツ指導者の知識や経験も高齢者には十分活かされています。
「健美居合会」は1名も欠けることなく2年目に入り、さらに最近2名の新会員を迎えました。
新会員のお一人は現役の合気道女性指導者であり、別の武術も学びたいと非常に意欲的です。もう一人の男性の方も空手経験者です。
高齢者には若い人とはまた違う「真面目さ」があって、稽古中、稽古後の質問も頻繁です。質問の内容も多岐に渡ります。単に体の使い方だけではなく、文化全般に渡る質問などもあり、私も大変勉強になります。
くしくも今日は「敬老の日」ですが、やはり人生経験豊富な方々との稽古は若い方々とは違った趣きがあり、私自身も楽しく稽古させていただいております。
先日、シンクの箸立ての中に箸に混ざって果物ナイフが入っていることに気付かず、指先を軽く傷つけてしまいました。
箸立ての中の果物ナイフはたまたま切先が真っ直ぐ視線に向かって立っていたので全く見えませんでした。
鏡のある稽古場で刀を持って構えを確認していると刀身が全く見えなくなる瞬間があります。
木刀などにはない刀の恐ろしさです。
一番刀身が見えにくくなるのは私が指先を傷つけた時のように切先が視線に向かって真っ直ぐ向けられている時です。刀身の長さもわかりにくくなります。
脇構えの時などでも切先の位置や角度によっては刀身が消える瞬間があります。
刀身は反射するため周りとも同化しやすく、より見えにくくなります。
さらに刀身は動きますので、速さが加われば尚更です。
木刀などと比較してみるとその違いがわかります。
敵の視線から刀が消える瞬間を意識すると、構えや斬り方、形などの中にもそんなことを意図しているのではないかと感じるものがあります。
一瞬でも敵の刀が消えるというのは恐怖です。
昔、柔道の師はよくこんなことを言いました。
「礼一つ見ただけでその人の技量がわかる。隙のない美しい礼が出来る人は手強い」
私は強くなりたい一辺倒の子供たちに礼の大切さを教えるための師の「方便」だと思っていました。
礼を「頭を下げる」ことだと理解している人がいます。
それが正しいとすれば、最近よく見かける首から上だけ下げて「ウィ〜ッス!」もありということになります。
中学生の時、英語の授業は
「stand up!bow!sit down!」(起立!礼!着席!)
で始まりました。
英語でbowは「弓」「弓状に曲がる」という意味です。
これも師が教えてくれた隙のない美しい礼ではありません。
正しい礼は股関節を使って腰から体を静かに折り曲げます。体は「弓」のようにはなりません。
礼の時には膝は固めず少し緩めています。自然体の「構え」ともいえます。
師は武術的な意味でも股関節や膝の緩みが正しく使える人は技量が高い可能性があると言いたかったのではないか?
そんなことを思ったのはかなり後のことです。
元々、柔術を教えていた師でしたから、いろいろな意味を込めていたのかもしれません。
もちろん正しく美しい礼の出来る人は余裕もあり高い精神性と技量を備えているから十分気をつけろと。
師はそう言う人でした。
また礼は相手から自分がどう見えているか?自分は相手をどう見ているか?ということが大事です。
こちらの理由の方が直接「手強さ」に通じるかもしれません。
「彼を知り己を知れば百戦殆からず」
礼一つではありますが、礼一つでわかることもたくさんあります。
映画化もされた椎名誠の小説「倉庫作業員」の中にこんなことが書いてあります。
「真鍮板は長さ1メートル、幅50センチの規格で0.1ミリから5ミリまで細かく製品化されていた。-中略-
倉庫作業員はこれをひとつずつかつぎ、トラックの荷台から倉庫の指定棚までの間を何度も往復して運んだ。二、三度体験すると、この作業は厚い板材ほど安定し、楽で安全だが、薄くなるにつれておそろしく厄介で危険だ、ということがわかってきた」
「0.1ミリから0.5ミリぐらいまでの真鍮板は紙よりも薄いかんじで、それらがいくら百枚二百枚と重ねられていてもすべてがぐにゃりぐにゃりと揺れ動き、両手でかかえていても安定しないほどだった」
同じ重量の物体でも状態によって軽く感じたり、重く感じたりします。
経験がある人もいるかと思いますが、酔っ払って意識のない人を担ぐのは結構骨が折れたります。
安定しない状態のものが重く感じるということには武術的なヒントが含まれています。
また、初心者の方によくこんなことを試してもらいます。
「まず木刀を腕を伸ばしたまま脇の下あたりで水平斬りにして止めて下さい。次はそのまま木刀を立ててみて下さい。最後にそのまま体の近くに近づけてみて下さい。木刀の重さはどう変わりましたか?」
「さらに木刀を立てる時に手の位置を動かさないで立てるのと木刀の真ん中あたりを円の中心にして立てるのとでは違いはありますか?」
同じ木刀も持ち方や位置、動かし方によって感じる重さが違うことを知ってもらいます。それを踏まえてこの組み立ての中で振りかぶりと斬りを説明していきます。
重さの正体を知ってその使い方を工夫すると同じ重さのものでも自分には軽く、相手には重く感じるようになります。
パリオリンピック柔道100kg超級で金メダルを獲得したフランスの英雄テディ・リネール氏ですが、東京オリンピック銀メダリストのグラム・ツシシビリ氏(ジョージア)との試合直後にトラブルとなりました。
試合結果はリネール氏の一本勝ち。後に反則勝ちに改められました。
もちろん試合直後のツツシビリ氏の行為はとんでもないものです。絶対に許されません。
しかしある仏紙はこう伝えています。
「テディが左手で対戦相手の首を押さえつけると、そのツシシビリに両足で持ち上げられた」「テディは自分が倒れる前に喜びを表現し、ツシシビリはそれを快く思わなかった」
その後、リネール氏は両手を挙げ、自身が何もやっていないとアピールし、右腕を突き上げて会場を煽る?これを目にしたツシシビリが再びにじり寄るといった一連のやり取り・・・
これらは全て勝敗が決した後のトラブルです。
なぜ日本の柔道家たちは勝っても畳の上で喜びを表現しないことが多いのか?
リオオリンピック金メダリストの柔道家大野将平氏は「なぜ畳の上で喜びを表さないのか?」と問われてこんなことを言っています。
「相手のいる競技の中で、こちらが投げて勝っている。悔しがっている相手に対して、こちらが喜ぶということは、その相手に悔しさ以外の余計な感情を芽生えさせる結果になるかもしれない。だから何もしない。それが僕のスタンスですね」
圧倒的に強い英雄と言われるような人だからこそ、もう少し英雄らしい勝者の振る舞いがあっても良かったのでは・・・と思ったのは私だけでしょうか?
このところ深夜までオリンピックの柔道を観ていて寝不足です。
パリオリンピックの柔道で「反則負け」が多いことに不満が出ているという記事をみました。
確かに試合中に消極的や偽装攻撃という理由で「指導」を受け、「指導」三つで「反則負け」というのは納得できない場面もあるかもしれません。
Hさんは剣術稽古で相手の懐に踏み込んで攻撃する際に足を踏んでくることが多々あります。
最初から足を踏もうとしている訳ではありませんが、相手の中心を攻めている中で結果として足を踏むことになると言います。
そしてそれは相手の動きを封じる攻撃としては大変有効だとして用いています。
柔道では故意に相手の足を踏みつけて技を仕掛ける行為は反則とされています。
Hさんの行為は柔道では「反則」?
武術ならどうでしょう。
武術には「反則」という概念はありません。
Hさんの行為は「反則負け」どころか優位に立つ技になります。
これが武術と柔道の違いです。
本来武術はスポーツではありませんから「ルール」はありません。
想定も違います。
武術の想定は敵は一人ではありません。
武器もさまざまです。
戦う場所の想定も多様です。
危険行為という概念もありません。
攻撃箇所、攻撃方法に制限はありません。
時間制限もありません。
またオリンピックの柔道の判定がおかしいと言う人がいます。
ルールがあるスポーツには判定が不可欠です。
その判定を人間がやることになれば完璧という訳にはいきません。
人間の判定に満足できないということになれば技や反則行為を細分化して学習したAIが判定をすることになります。
AI判定柔道になるとどうなるのでしょうか?
AIに勝ちと判定されるような技や反則勝ちの研究がなされて、本来の柔道からはどんどんかけ離れていく?
そしてまた新たな技や反則の種類も増える?
その先に柔道はあるのか?
もしかしたらますます柔道が面白くなくなるかもしれません。
私は目が光に敏感なことから普段は調光メガネを掛けています。度数はそれほど強くありません。
しかし、メガネを長時間掛け続けていると頭が痛くなってしまいます。
そしていつの間にか外してしまう・・・
最近、メガネの度数が合ってなかったことを知りました。
メガネ店の視力検査の後でトライアルレンズ(あの丸い「鉄メガネ」)を掛けます。
そして店外を眺めてよく見えるかどうか確認します。
どうもこれがメガネの度数設定を誤らせていたようです。
・・・どこが?
「店外を見る」が間違ってました。
考えてみれば日常生活で遠くを見る機会は少なく、せいぜい2〜3m程度のところを見ている時間が圧倒的に長い訳です。それなのに遠くが見えることを優先してメガネの度数を決めていました。
メガネを掛けて主にどこを見るのか?
どれくらいの距離を見ている時間が長いのか?
結果的に1.0の度数は不要で0.8程度が見える度数で良いことになりました。
せっかくメガネを作るならなるべく遠くが見えた方が良いという貧乏性が裏目に出ていたようです。
結果的に度を入れない調光グラスでOKとなりました(笑)
私は稽古で使う刀のスペックも同じだと思っています。
長さ、重さ、身幅、重ね、反り等々は使う人の体格、技量、経験等々に合っていなければなりません。
稽古で使う刀は必ずしもスペックや値段が高い刀が良いとは言えません。
使う時の自分に合った刀が一番良い刀です。
「過ぎたるはなお及ばざるが如し」
ただしこれはどこまでも道具としての話です。
今年も稽古総見に向けて準備をする時期になりました。
現在、稽古総見への案内をしているところです。
そんな中、例年ゲスト参加して下さるCさんが交通事故で入院されたとお聞きました。
今年の稽古総見参加は難しいとのこと・・・心配です・・・
今年はあの気合の入ったダイナミックな演武が見られないのかと思うと本当に残念です。
そしていつも演武の相手をつとめているSさんはどうするのか・・・と心配していましたが、Sさんから早々に稽古総見参加の返事をいただきました!
Sさんからの伝言でCさんが
「皆さんによろしく。人生なにがあるかわかりません」と
確かに明日のことは誰にもわかりません。
今日思っていることが明日出来るとは限りません。
つくづく私たちは今しか生きられない・・・
思い返してみればこれまで生きてきて「人生なにがあるかわからない」と何度思ったことか。
わかっているけどわかっていないことかも。
今年のCさんの稽古総見「演武」は言葉で受け取ったような気がします。
Cさんお大事に。
完治したらまたお会いしましょう!
2021年2月23日の静稽録に「舞踏(butoh)」のことを書きました。
元々舞踏があった私には武術の場合もやはり「踏」は気になります。
昨年の稽古総見では個人的に立身流を研究テーマに稽古しました。
立身流には「蹈足」(ふみあし)という重要な基本動作があります。
「踏」ではなく「蹈」とこだわります。
「踏」は歩くと関係なく踏みつける動作なのに対して「蹈」は歩き動く足を地につける動作だと言います。
「蹈足」は難しい動作です。
踏む時に地に接するのは「足裏」ですが、是風会の高無先生はそこに「蹠」(あしうら)という漢字を使います。
高無先生は以前こんなことを書いてました。
「私は、地球上においていつどこでも働いている、そして誰にでも感じられる力として重力を最もたしかな拠り所としています。
そしてその重力を具体的に感覚しているのは、おそらくは土台に対する反作用を感じる圧力感覚でしょう。
重力を最もよく受け、重力を把握する土台を構築しているのが地面であり、それと接している蹠(あしうら)です。
蹠の接地感をどのように感じ、受容しているかが、立っている時、立って運動している時のあり方の基底になっていると考えられます。
武術においてとても大切なこの要素は、おそらく他の運動分野においても同じくらい大切なものだろうと思います。」
「蹠」は音読みでは「せき」や「しょ」となります。
「蹠行」(しょこう)は足の裏を踵まで地面につける歩き方です。
この歩き方は速くは走れませんが、直立の安定性はあります。
ヒトやサル、クマなどがこれになります。
「蹠行」の他に「趾行」(しこう)というのもあります。
「趾行」は踵をあげて、足先だけを地面につける歩き方です。
「蹠行」に比べて安定性は失われますが速く走れます。
ネコやイヌなどがあたります。
この他にも「蹄行」(ていこう)というのもあります。こちらは爪だけを地面につける歩き方です。
ウマやイノシシ、シカがあたります。
中には歩く時は踵までつける歩き方で、走る時は足先だけをつける走り方をする動物もいて「半蹠行」というらしいです。イタチやアナグマなどです。
ちなみに肉球のことを趾蹠(しせき)とも言うそうです。
「あしうら」の使い方の違いはヒトでは狩猟か農耕か、体の大きさなどとも関係しているのか?などと想像したりします。
宮本武蔵の五輪書水の巻に「足つかひの事」というのが書かれています。
一 足つかひの事
足の はこひやうの事 つまさきを少うけて きひすをつよくふむへし 足つかいは ことによりて大小遅速はありとも 常にあゆむかことし
「常にあゆむ」「足つかひ」は「蹠」と切り離すことは出来ません。
思い浮かぶことをつらつらと書いてしまいました。
舞踏から続く「あしうら」の感覚を養う稽古はこれからも続けていきたいと思っています。
風邪も完治してようやく「原状復帰」することが出来ました。
そして先日、念願のホキ美術館に行ってきました。
千葉市にある写実絵画専門美術館です。
すべてが写真と見紛うような絵画ばかりです。
すごい写実・・・でも・・・
絵画ってなんだろう?
写実ってなんだろう?
と考えさせられました。
写実は、英語では「リアリズム」、フランス語では「レアリスム」です。
絵画で「写実主義」といえば一般的には「目に見えている状態を再現的に描くこと」だと言われます。
その昔、天使などの理想化された美のみを描いていた画家たちに対してリアリスムの巨匠クールベは
「私は天使を描かない。なぜなら、天使の存在を見ることができないからだ!」
と言ったとか・・・
彼にしてみれば「これが本当のレアリスムだ!」というわけです。どうも細部まで現物通りにキッチリ描くと言うことだけがレアリスムというわけではないようです。
そしてこちらは同じ「レアリスム」でも「写実主義」ではなく「現実主義」というらしいです(笑)
さてお題の「シュルレアリスム」です。
日本語では「超現実主義」と訳されてます。
私なんかは「シュールリアリズム」と教わりましたけどね〜かなり古い?
「シュールだね〜」などと言われるとちょっと微妙な気持ちになったりします。
まあそこは横に置いておきましょう。
確かに「シュル」は英語でいう「スーパー」ですから「超」というのもわからなくはないです。
そして「シュルレアリスム」です。
「超」ですから、今度は一周回って天使を描きます。でも天使は出てきません。代わりになるものが描かれます。それは「目に見えないもの」です。
「目に見えないもの」とは・・・「無意識の世界」です。
それを描くためにいろいろな手法が考えられます。
「無意識の世界」と言われるとなんだか共感してしまうのはなぜでしょう。
私も「目に見えないもの」を稽古で掴もうとしています。
そしてそれを伝えようとしています。
目に見えている形(カタ)を「写実」することだけが稽古だと思っていると劣化コピーが出来上がって・・・終わりです。
私は形の中にある「目に見えないもの」をあぶり出して体得するのが稽古だと思っています。
「武術は爆発だ!」(岡本太郎風)
稽古はもっと「シュル」であってもよいかもしれません。
珍しく風邪をひいてしまいました。
年齢とともに治るまでに時間がかかります。
今回は時代劇の効果音の話です。
時代劇の抜刀シーンには「シャリーン!」、納刀シーンには「チンッ!」の効果音が必ず付けられます。
少し考えればわかることですが、刀本体は金属ですが、鞘は木材なので抜刀も納刀も基本的に金属音は出ません。
もし金属音が出るとすればそれは整備不良の刀ということになります。
おそらく鍔(つば)の緩みか?
鎺(はばき)の緩みか?
切羽(せっぱ)の緩みか?
そんな訳で普通はまともな刀からは金属音は出ません。
時代劇は大好きですが、ちょっと興醒めしてしまう私です。
また刀には樋(ひ)があるものとないものがあります。
樋とは刀の側面に引かれる溝のことです。この樋があると刀を振った時に空気を切る音(刃音)がします。時代劇ではこの音も良く入りますね。
私は差料に樋のない刀を選びました。
「不要に音の出る刀を武器とするのはいかがなものか?」
闇討ちや夜間戦闘を想定した◯◯組の方が言ったとか言わないとか・・・
まあ「樋」は第一には刀の軽量化のためですから、武器として必要な処置と言われればその通りなんですが・・・
(中には装飾のためというものもあります)
刃音そのものに囚われてしまうと稽古の邪魔になることもあります。
また「樋」がある刀は研ぎ代が高くつきます。
私はもっぱらそっちの理由だったりします。
そう言えば時代劇では人を斬る時の効果音も入りますね。
人斬りの効果音は茹でてない素麺をキャベツや白菜に絡んで切って出すと聞いたことがあります。
本当の音は・・・
もちろん聞いたことはありませんが、試斬をやった人は何となくあの効果音は違うだろうなあと想像出来ると思います。
よくバットで木を殴るような鈍い音だと言われますがよくわかりません。
また斬首の時は濡れた和手拭をパン!と振る音と同じ音がすると本で読んだことがあります。
気管から空気の漏れる音が出るからでしょうか?
いずれにしても効果音無しでは間が抜けた時代劇になってしまうのも事実です。でもあまり効果音に引っ張られ過ぎるのもいかがなものかと・・・
以前、刀(模造刀)を放り込むように納刀しているご高齢の初心者がいたので注意すると「(こうしないと)音が出ないので」と言われてしまいました(笑)
その方は全てが時代劇風?いや大衆演劇風?の動きになっていました。顔の表情まで・・・
やはり時代劇の影響は大です。
先日、試斬会の設営をしている時に生まれて初めて電動ドライバーというものを使う機会がありました。
いつもOさんが試斬会設営の時に簡単に使っていたので自分にも簡単に出来るだろうと思ったらこれが結構難しい(笑)
押し付ける力が弱かったり、回転が速すぎたりするとドリルビスの十字穴から飛び出して上を滑ってしまいます。
十字穴の溝が浅くなってしまいました(笑)
また押し付ける力が強すぎたり、回転が速すぎると方向がズレれてビスが真っ直ぐ進まず斜めに差し込んでしまいます。
すかさずOさんからの指導が入りました。
「力を抜いて!もっとゆっくり!」
この言葉、どこかで聞いた様な気が・・・
力の加減や方向が難しい・・・
ちょっと納刀にも似てたりして(笑)
そして試斬会撤収の時は電動ドライバーを逆回転させてビスを外していきます。
またOさんからの指導が入ります。
「力を抜いて・・・」
「ハイハイわかっておりますよ~力を抜いて、ゆっくりですよね」
わかっちゃいるんですけどね〜
昔は家庭や学校、団体などで今では考えられないくらいひどい暴力がありました。そして「躾」「教育」「指導」といった大義名分さえあれば世間もそれを許してしまうような雰囲気がありました。
暴力に対して無自覚だった時代でした。もちろん物理的な暴力だけでなく心理的な暴力も含めての話です。
最近は多少マシになってきたかもしれません。
そんな暴力が現代でも亡霊の様に蔓延っている世界があります。
いまだに暴力でコントロールするようなやり方に効果があると信じている人たちがいます。
昨年、スポーツコーチングリーダー資格取得の際に受けた講義で一番時間が長かったのはパワハラ、セクハラに対する講義でした。
と言うことはまだまだスポーツの世界にはパワハラ、セクハラが蔓延しているという証左でもあります。
もちろん静稽会はそんな世界とは無縁です。みなさん立派な大人ですから。
少し話は逸れますが、演劇の世界で有名だったある演出家は役者が気に入らない演技をすると「灰皿が飛ぶ」と言われていました。
演技後の「ダメ出し」という言い方そのものも、その業界の体質を表しているような気がします。
先日、ある役者の方が海外の演出家は演技に対してまず「ラブリー!」「グレイト!」と言ってから「note」と言われる「提案」をすると言っていました。「ダメ出し」で指導するのではなく、役者自身に考えてもらう手法を取ると言います。
これはコーチングの手法です。
2018年5月5日静稽録「松下村塾」にも同じ様なことを書きましたが、私はnoteの手法を目指したいと思っています。
ちなみにnoteの動詞は「気づく」です。コーチングでは相手が自ら「気づく」よう促すことが大切だと言われています。
Mさんは女子中学生(JC)です。
5月下旬から静稽会で稽古を始めました。
4月下旬に親御さんに付き添われて体験稽古に来ました。
実は静稽会は原則学生を受け入れていません。
理由はいろいろあります。
理由の第一は学生の本分は勉強であること・・・
ちょっと古い?
さらに学校に部活動があるならまずそちらを優先して欲しい・・・
これも古いか。
もちろんMさんは本分の勉強にはしっかり取り組んでいる上で「居合、剣術がやりたい」と・・・
そして確かに中学校の部活動で居合、剣術があるところは極めて少ないです。
悩んだ末に一緒に稽古してもらうことにしました。
静稽会は2024年4月1日に「永久若者支援」を打ち出した矢先でもありました。
Mさんのようなとても若い方が「居合、剣術をやりたい」と表明してかつ実行してくれたことが嬉しかったというのが最大の理由です。
考えてみれば私も町道場で柔道を始めたのは小学生の時でした。その時に受け入れてくれた先生の顔が浮かびました。
とは言え静稽会としてはこれまで未成年者を受け入れたことがないので受け入れ体制は整っていません。
特別扱いするつもりはありませんが、当然のことながら未成年者に対する配慮は必要になります。
親御さんには出来る限り稽古に付き添いいただくことにしました。
たまたま昨年、スポーツコーチングリーダー資格取得の際に学んだ「ジュニア期のコーチング」が活かされる場面でもあります。どんな学びも無駄にならないと再認識しました。
Mさんは熱心に稽古します。
砂に水が吸い込まれるように吸収が速い・・・若さの柔軟性は驚異的です。
他の会員とは「異星人遭遇」と言えるくらいの衝撃的な年齢差です。
そんなMさんに刺激を受けながらお互い楽しく稽古出来ればと思っています。
居合稽古の一つに「腹抜き」という稽古があります。
腹のあたりで左右に刀を抜きます。
いやその表現は正しくありません。
説明が難しいですが、ある達人は「腹で鞘を割る」ように抜くと表現していました。
言われてみれば確かにそうかもしれません。
そんな訳でこんな稽古をやってみました。
さすがに鞘を割るわけにはいきませんので、本気で腹で木刀を割ってみてくださいと言いました。もちろん割れませんが(笑)
しかしその時の体の使い方が「腹抜き」に近い動きです。
そこからさらに先に進むと刀を抜くことの難しさが身に染みます。
まず抜こうとする場所から意識を外します。この意識を外すということ自体が大変重要です。
抜こうとする場所に意識が止まると手の内も固くなって難しさが増します。
動かそうとする場所から意識を外すのは「腹抜き」だけに限りません。
例えば首を回す時に鼻を意識したりするとよりダイナミックに動かすことが出来たりします。
「腹抜き」の場合は肩甲骨であったり、肩関節であったり、股関節であったり、膝関節であったり・・・
「腹抜き」が手元から意識を外して出来るようになるまでには時間がかかります。
居合は動かそうとする場所から動かすことはほとんどありません。むしろ遠いところから動かしていくことが多いと感じます。
例えば立った状態で右脚を外旋させるために左股関節を使ったりします。それぞれ意味が違う場合もありますが、動かす場所から意識を外して動かすというところは共通しているように思います。
稽古場ではよくこんなことを言います。
右を動かすには左を
上を動かすには下を
表を動かすには裏を
もちろん居合の運動原理と言う面もありますが、意識が及ぼす人の体の反応の不思議さを感じるところでもあります。
さらにこれらは敵対動作という面からも意味を持ちます。
宇多田ヒカルさんの歌作りはメロディが100%先なんだそうです。
作詞は音に言葉を乗せていく過程で子音から言葉を捻り出すそうです。
子音からだと毛筆の文字のような末尾が変幻自在なイメージなんだとか・・・
才能のない私には全くわかりません。
メロディが先なので子音から導かれる音に乗せる言葉の文字数には「制約」があります。
しかしその「制約」がある状態の方が作りやすいそうで、彼女はそのことを短歌の様だとも表現しています。
母親の藤圭子さんから天才の遺伝子をしっかり引き継いでいる宇多田ヒカルさんですが、歌作りは意外にも職人のやり方なんだと感じました。
音楽のことはわからなくても「制約」があった方が何かを生み出しやすいというのは凡夫の私でもなんとなくわかります。
よく天才はいきなりインスピレーションが「天から降りてくる」なんて言いますが、彼女は「制約」の中で何度も繰り返していくうちに「これしかない」という状態になってくる制作過程を踏むそうです。
本当に自由になるためには一旦不自由に身を置くことが必要なんだと、2023年4月29日付けの静稽録「自由になるための不自由」にも書きました。
もしかしたら宇多田ヒカルさんの歌の作り方は武術稽古とも共通しているのかもしれません。
長く稽古を続けているとここしかないという「通り道」が見えてきます。
もしかしたらそれが彼女の言うところの「制約」なのかもしれません。
私のような凡夫はそれが見えてくるまでに時間を費やしますが、そこから体現するのにさらに時間がかかります。
それを継続してアッサリやってのけるのが天才なのかもしれませんね~
久しぶりに旧友と会うと、いつの間にか老化や病気の話ばかり・・・
よくある話です。
どうも歳をとると自分の体が思う様にならなくなるらしい・・・
2021年8月28日付け静稽録「老残武蔵」で藤沢周平「二天の窟」という作品を紹介しました。リアルな老年の宮本武蔵が描かれています。
「武蔵は前を見おろした。さっき思わず息をつめたときに小水がとまって、武蔵の陽物はかすかな痛みをとどめたまま垂れさがっている。−中略−じっと立っている足がくたびれて来たころに、たらたらと二、三滴の小水がこぼれ落ちただけだった」(再録)
そう言えば男性の老化の進行はまず、目に来て、歯に来て、最後に・・・
実は「ゴットファーザー 2」にも同じような話が出てきます。
マイケル・コルレオーネがユダヤ系ギャングの大物、ハイマン・ロスと対面する場面です。
「気分はどうですか?」
「最悪だ。楽に小便できたら金など要らん」
さらにロスはこんなことも言います。
「健康がいちばん大切だ。成功より金より力より」
すべてを手に入れた権力者が言うと言葉の重さが違います。
稽古場でそんな話をしていたらHさんが
「そう言えば、映画『隠し剣 鬼の爪』の中で、緒形拳演じる家老が尿意に襲われて厠に駆け込んだものの「あぁ、あぁ……いばり(尿)が出ぬ」と苦しんでいましたね〜」
ピッタリの間合いで「追い討ち」を掛けてくれました。
しかもキッチリ藤沢周平の作品で締めくくってくるのはさすがです。
どんな人でも老化からは逃げられません。
それは武術の達人も同じです。
「神速」と言われた黒田鉄山氏も長期療養の末に先ごろお亡くなりになったそうです。
武術を志す者なら誰でも憧れるあの消える動き。しかも年を重ねるほど技は精妙になり進展を続けていたとお聞きしました。
「力に頼らない、体に負担をかけない動き」というキャッチフレーズがキッカケで始めた古武術の世界です。
実はその稽古の成果が最大限に発揮されるのは若い時よりもむしろ老剣士になってからなのかもしれません。
老剣士はやがて行きつく先が見えているからこそ、いろんな戦い方も心得ています。
藤沢周平風に言えば「捨命剣老い風」・・・ですかね(笑)
2023年4月3日の静稽録で「美貌の青空」と題して亡くなった坂本龍一氏のことに触れました。
約1年経って先日、「NHKスペシャル Last Days 坂本龍一 最期の日々」という番組を観ました。
病が発覚し、亡くなるまでの3年間を記録した手記や創作ノート、プライベート・フィルムなどの資料や映像を中心に坂本龍一氏が「最期の日々」と向き合う姿が映し出されていました。
「みかんが食べたい」
「松前漬けが食べたい」
少し安心しました。
希代の音楽家 坂本龍一「教授」でも命の限りを自覚するとやはり「食べたい」なんだ・・・
考えてみれば「食べたい」は命の源泉ですから、「食べたい」=「生きたい」は体からの最初の叫び声なのかもしれません。
おそらく私なんか死ぬ直前まで「食べたい」と言っていると思います。
その後、「死刑宣告だ」と絶望の淵を彷徨う坂本龍一氏。
「いま安楽死を選ぶか?」と苦悩が続きます。
映像で一番印象的だったのは部屋の中、上半身裸で小太刀木刀のようなものを一心不乱に「廻剣素振り」をしていた映像です。
それはいわゆる一般的な素振りではなく、まさに「廻剣素振り」でした。
誰から習ったのでしょうか?
そして「廻剣」で斬っていたのは「死」への念?それとも「生」への念?
やがて
「音楽だけが正気を保つ、唯一の方法かもしれない」
「残す音楽、残さない音楽」
最期が近づくにつれて彼の表情が少し和らいでいったと感じたのは気のせいでしょうか。
削ぎ落とした先に残ったものを確認して安心感に包まれているような顔でした。
私が自分の命のロウソクの燃え尽きる先を自覚したらどうなるか?
・・・まずは大福を食べて
・・・廻剣素振りでしょうか?
もう「巨人の星」を知る人たちも少なくなってきました。
私は子供の頃、毎週テレビで観てました。
おそらく今では「不適切にもほどがある」場面がたくさん出てきて放映は不可能かもしれません。
そんな「巨人の星」の主人公星飛雄馬の魔球
「大リーグボール1号」
構えているバッターのバットにボールを当てて凡打にして打ち取るという画期的な「魔球」でした。
大リーグホール1号完成までは苦難の道です。
まずなぜか座禅を組みます。しかし心の迷いから警策で打たれてばかりの星飛雄馬。
和尚は言います。
「打たれまいと凝り固まった姿勢ほど脆いものはない。打たれて結構、いや、もう一歩進んで、打ってもらおう」
このセリフよく覚えています(笑)
この言葉が魔球のヒントになります。
そして拳銃の射撃見学、ボクシング、剣道を体験することで全体像が見えてきます。
星飛雄馬はバットにボールを当てるためにバッターの細やかな予備動作を察知して先の動きを予測します。
百発百中!
あくまでもアニメの中の話です。
星飛雄馬は武術で言うところの「起こり」(予備動作)を察知して動きを先回りします。
しかしそんな苦労して完成させた大リーグボール1号も強敵オズマの前にあっけなく敗れます。
オズマの大リーグボール1号封じはとても簡単なものでした。ボールが飛んできたら構えたままの姿勢でただバットを落とすだけ。これは衝撃的でした。
バットを落とす動作は簡単で「起こり」が分かりにくく、ボールはバットに当たらないという結果になります。そして星飛雄馬が投げる球はフォアボールになってオズマは一塁へ・・・
一般的に力を入れる動作よりも力を抜く動作は察知されにくいと言われます。
もし敵の動きが読める「大リーグボール1号剣士」星飛雄馬と戦ったら・・・普通だったら勝てません。
でもオズマのように「起こり」を消して動くことができたら「大リーグボール1号剣士」星飛雄馬にも勝てるかもしれません。
そんな訳で武術は動きを察知される「起こり」を嫌います。「起こり」を見せない動きを稽古をします。
オズマの「大リーグボール1号封じ」のような稽古・・・?
いえいえ絶対に刀は落としませんよ(笑)
日常的に染み付いた動きはなかなか消すことは出来ません。
ついやりがちな予備動作を消すために刀の握りや振りかぶりなどには神経を使います。
蹴らずに歩く稽古、さらにはバットではなく自分自身を落とす稽古とか・・・
普通のスポーツではやらないような動きを稽古します。
実は大リーグボール1号の攻防はその後も続きます。
星飛雄馬は落ちるバットにボールを当てる・・・今度はオズマがバットを投げる・・・そしてオズマの速すぎて消えるスイングへ・・・
どこまでもアニメの話です・・・(笑)