指月の法

「賢人が月を指差した時、愚者はその指を見た」

10月17日の静稽録で「天子南面す」で「所作をお教えする時になるべくその意味合いもお伝え出来ると興味を持って頂けるのではないかと思っています」と書きました。
確かに「その礼法にはどうゆうわけがあるのか?」と聞かれることもあります。それにお応えしようとの想いで書きました。


しかし、私は大変な勘違いをしていたのかも知れません。
陰陽の考え方を伝えればより納得しやすくかつ頭に入りやすいのではないかと考えていました。

そんなことよりも礼法により「左足から入る」ということで、自分の意識が「左足から入る」ことに集中することこそ大切なのではないか。
ありきたりですがそれは「一つの所作にも心を込めて」ということになるのなのかも知れません。

昨日の出来事を引きずりながら、仕事のことを心配しながらではなく、ただただ稽古場に入ること、稽古に集中することこそが大切なことなんだと思います。


 意味がわからなければ出来ないという発想はまさに「愚者」の考えかも知れません。