身体のジェネレーションギャップ

前々回の「退歩のススメ」で光岡氏と藤田氏の対談本を紹介した時に「身体のジェネレーションギャップ」という言葉を書いたかと思います。


光岡氏は育った時代環境によって、生活の中での身体の使い方が全然違うので、世代間に「身体ジェネレーションギャップ」があると言ってます。

江戸時代に佐渡で暮らしていた人が「江戸まで二日かかる」と記していて、これは手漕ぎの船に乗って海を渡っての行程であり、これと同じことは現代人の身体では出来ないと書いてます。

 

もっと身近な時代でも思い当ることがあります。

例えば、今はテーブルの家が多いですが、昔の家庭はちゃぶ台だったりするわけです。「巨人の星」の一徹親父がひっくり返していたちゃぶ台です。ちゃぶ台で正座もしくは胡座から立ち上がる動きとテーブルから立ち上がる動きの違いは大きいです。また、トイレも和式トイレと洋式トイレでは違います。最近では立った状態からどこにも掴まらないでしゃがめる人が少ないそうです。そう言えばコンビニ前のヤンキー座りも最近では見なくなりました。学校での床掃除も雑巾がけではなく、モップ掃除になってます。もっともっと書ききれないほど多くの「ギャップ」があります。たったここ40~50年ほどの「ギャップ」ではないでしょうか。

 

生活レベルで繰り返される動きは、毎日毎日、とてつもない回数を繰り返しますので、トレーニングで特別に鍛えたものとは違います。


昔の人が難なく出来たことが、現代人には出来なくなるわけです。

昔の武術家の「神業」が記載されている本があります。

私たちはこれを「そんなことが出来るわけがない」と一蹴してしまいますが、そんな簡単に言い切れるでしょうか?

 もしかしたら人の身体には現代人が「神業」と呼んでいる動きが出来る可能性があるのではないのかと感じさせられます。