古文書「静稽録」

静稽会のHPを立ち上げてから、静稽録には武術の話だけではなく、検索で引っかかるような時事ネタ、新しい言葉を盛り込もうとの思いで書き続けてきました。

もちろん多くの人に武術の楽しさを知って欲しい、一緒に楽しく稽古してくれる方に来て欲しいとの思いからです。

 

しかし最近になって「そもそも若い人たちはHPなんか見ないんだよね〜」と言われ、そんなものかと思う自分の感覚の古さに愕然としました。

最近、入会した若いMさんはテレビは観ないそうです。そもそもテレビが無いとか。

若い人はテレビよりもTikTokやYouTubeで映像を楽しむ人が多いみたいです。

 

静稽録には意識的にテレビネタも多く盛り込んでいましたが、そもそもテレビを観ないとなると無意味だったようです。まあそもそもHPを見ない訳ですからもうどうにもなりませんが。

  

静稽会HPを様々な観点からアドバイスしてくれるIT専門家のMYさんには「これからはSNSを駆使するしかないです」とアドバイスされましたが、そう言われてもどうしてよいものやら・・・

 

最近、古文書の読み方講座に通いはじめてひとつ気がついたことがあります。

古文書を読むのにあたって、当時の社会の仕組みや身分制度、暦、単位、文書などの決まり事を知らないと仮に文字が読めたとしても意味が理解できないのだと。

 

さすがに静稽録の文字自体は読めるでしょうが、今時の人たちからすれば静稽録は古文書を読んでいるような感覚なのではないか?

 

昔は「10年ひと昔」と言われました。最近の時代のスピードは「5年ひと昔」くらい?そう考えると静稽録を書き始めてから25年ほど経っている感覚です。

25年も経てば社会を取り巻く環境、技術、人の意識は激変します。


また、その感覚で言うと私は130年前の人ということになります。130年前と言えばまだ明治天皇や徳川慶喜、勝海舟も生きていた時代です。若い人たちからすれば私はそんな時代の人という感覚?

 

そして130年前の人が書いた静稽録・・・

 

どうも静稽録は蔵に眠った「古文書」となっているのかもしれません。


せめて「古文書」静稽録を発見した方、解読できる方に読んでいただければ幸いです(笑)