先日、静稽会の稽古総見で例年演武を披露頂いているCさんご夫妻と一緒に「どうしたらいいの?アイヌ音楽の伝承」という講座を聴いてきました。
アカデミックな講座でアイヌ音楽に関する知識がゼロの私には新鮮なことばかりでした。
講師の千葉伸彦氏がアイヌ音楽の伝承の難しさついて語ってくれました。
私なりに話の内容を噛み砕くとこんな感じです。間違っていたらすみません。
「アイヌの人たちの音楽はいわゆる西洋音楽とはアプローチの仕方が全く違う。現代の人たちに馴染んだ音楽のベースは完全に西洋音楽に準拠しているためアイヌ音楽を受け入れるにしてもどうしても西洋音楽の影響を受けざるをえない。よって西洋音楽の影響を受けた人たちへの伝承は感覚的に本来のアイヌ音楽とは違うものに変容していく。本来アイヌ音楽は拍の取り方や音がもっと自由で幅があり個性が優先されるために理解されにくく伝承が難しい。ただその変容を簡単に否定することは出来ない」
具体的な例を挙げながら語ってくれました。
西洋の文化はあらゆるところに入り込み日本古来のものを変容させていることを肌で感じさせてくれる講座でした。
その後、Cさんはこんな話もしてくれました。
「日本に本格的に西洋音楽が入って来たのは黒船来航からだ。その西洋音楽は当時の軍隊で兵隊たちを一斉に動かす必要から使われたもので軍隊という集団を指揮するためには曖昧なものは廃され、一律で正確に伝達される音楽が必要だった。それは軍隊だけでなく教育現場にも導入された。本来、日本古来の音楽はもっと自由で曖昧で個人に由来するものだったはずで、なかなか楽譜には落とし込みにくく、そういう意味でも伝えることが本質的に難しい」
振り返ってみると体の使い方も同じです。
明治以降、洋服や日常の生活様式、学校教育の西洋化で私たちの体の使い方も大きく変わってきました。もう古来の日本人の体の使い方は正確には誰もわからないのかもしれません。
「古武術」というフィルターを通じて古来の日本人の体の使い方を伝えようとしても、西洋式に慣れ親しんだ私たちの体はなかなか言うことを聞いてくれませんし、そもそも伝える側が西洋式の体の使い方に影響を受けていないはずはなく、誰もそれを検証できません。
もともとアイヌ音楽と同じく「感」の部分に大きく依存する「古武術」の伝承はさらに難しさが増します。
こんな話を聞くと絶望的にも思えますが、「変容を簡単には否定しない」という千葉氏と同じく、私は「古武術」も個人的で自由で曖昧で変容し続けてきたはずと思っています。そしてそんなところが魅力的なんだと思います。
「古武術」は一律にこうであり、それ以外は認めないというスタンスに立った「伝承」こそ危うい気がします。
