静稽会ホームページ表紙の「静稽会」の書は静稽会のMさんに揮毫していただいたものです。
Mさんは書道の先生です。
いや、正確には「書道の先生を教える先生」と言った方がよいかもしれません。
そんなMさんですが、この「静稽会」の書については、ご自身では納得がいかず、あまり気に入っていないそうです。できれば書き直したいとさえ言います。
もちろん、これは書道に関して全くの素人である私の感想と前置きした上でMさんにはこんなことをお伝えしました。
「私は、魂の震えを感じるようなあの書に大きな魅力を感じています。臨界点ぎりぎりの力が内側から溢れ出しているように見えます。そして、それは単なる力強さではなく、古えの智慧を纏っているようにも感じられます。まさに“古えを静かに稽える”静稽会にふさわしい書だと思います。」
実は、Mさんに揮毫していただいた作品はもう一つあります。
試斬会道場に飾られている「鐡の華」です。
「鐡の華」とは、玉鋼を鍛錬する際に飛び散る火花を表した言葉です。
書道家としてのMさんは、こちらの作品の方がお気に入りのようです。
確かに「鐡の華」は、美しく品格のある書だと思います。
しかし、もし「鐡の華」の書風で「静稽会」が書かれていたとしたらどうか。
もちろん素晴らしい作品にはなったと思います。
それでも、静稽会の「顔」として見ると、どこか物足りなさを感じてしまう気がするのです。
少し理性的すぎる、と言えばよいのでしょうか。
そういう意味では、「鐡の華」は試斬会道場に飾る書として実にふさわしい作品なのだと思います。
私は静稽会には、もう少しプリミティブな力強さを残していてほしいという思いがあります。
漫画『北斗の拳』に登場するカイオウ(ラオウの兄)は鎧を纏っています。その鎧は敵から身を守るためではなく、自らの制御不能な魔闘気を内側に封じ込めるためのものです。
鎧の隙間から魔闘気が立ち昇る描写が実に印象的でした。
『北斗の拳』をご存じない方は申し訳ありません!
私には「静稽会」の書からも、それに似たものを感じます。
外へ向かって溢れ出ようとする力を、「古えを稽える」という鎧で制御しようとする気魄。
静の中に動を宿す、「静中動」の精神と言えるかもしれません。
さらにこの書からは、それが書かれた当時の静稽会の緊張感や高揚感までも伝わってくるように思います。
私にとって、この「静稽会」の書は単なるホームページの題字ではありません。
まさに「魂の書」と言えるものです。
Mさんには大変申し訳ないのですが、この書を変えるつもりはありません。
