静稽録

稽古や日常で感じたことを書いてます。

演武披露

静稽会はどこまでも稽古自体を目的とする会です。

上部団体もありません。

段位も序列もありません。

試合もありません。

勝ち負けもありません。

ただひたすら稽古を静かに楽しむ会です。

 

そんな静稽会ですので、これまで一般に演武を披露したことはありません。

(テレビの歴史番組で一つの形が映像として「披露」されたことはありましたが)

 

静稽会のあり方自体は今後も変わることはありませんが、敬愛する翡縁会様の奉納演武を拝見して感じるものがあったことやたまたまIさんからのご縁もあって、この度「第40回江東区民まつり」で演武を披露させて頂くことになりました。

 

静稽会は奉納演武ではなく一般の方々に向けて演武披露させて頂きます。

これもまた静稽会らしくて良いのではないかと思っています。

 

これを機会に一層稽古の楽しさを感じてもらえれば嬉しいですし、一般の方々が少しでも居合や剣術に興味を持って頂けたら最高です。

 

何卒、ご指導、ご支援のほどよろしくお願いします。

 

・日時:2022年10月15日(土)12:00演武開始予定(演武は約30分程度)

 

・場所:木場公園木場口「区民ふれあいステージ」(設営)

 

凄み

一刻 <手に筆> 

木彫家・前原冬樹 作

 

ここで作品をお見せできないのが残念です。

興味のある方はインターネットで検索などしてみて下さい。

 

筆を持って作業する自らの手を写した木彫の写実を突き詰めた超絶技巧の作品です。しかも一本の木から接ぎ目無しで彫り出した作品と聞くとさらにびっくりします。

 

緊張の中心である手と筆の部分から離れていくにつれてその存在そのものが消えていくように手首から腕へと木材そのものがむき出しになっていきます。

 

凝縮された緊張とそこから解き放たれた緩和の対比が素晴らしい作品です。

 

木彫家の前原冬樹さんは元ボクサーです。

10年間リングで闘い続けたそうです。

 

そんな彼が選んだのは7浪の末、32歳での東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻入学。

その後、木彫に転じて日常の中の朽ちていくものを中心に作品を作り続けます。

 

朽ちていくものへの愛着と生きることへの執着と緊張、そこから解き放たれようとするエネルギーが作品に溢れています。

 

格闘家であったことが作品に反映されていると感じます。

作品の凄みは彼の生き方そのものです。

 

いろいろな意味で参考になります。

 

ちなみに彼の作品の中には一刻 <刀>もあります。

こちらも凄まじい作品です。

 

スローなブシにしてくれ!

日経新聞朝刊にこんな記事が出ていました。

 

子門真人「およげ!たい焼きくん」21秒

YOASOBI「夜に駆ける」0秒

 

何のタイムでしょう?

 

昔と今のイントロの長さ比較です。

 

最近は聴き放題のサブスクの普及で好みの曲を次々再生するためイントロが待ちきれずにスキップしながら好きなところだけ聴くんだそうです。その結果がイントロ短縮もしくはイントロがゼロになっていくそうで、海外では曲自体すら短くなっているとか。

 

ドラマも1.25倍速で観るのが標準になっています。ドラマの間とか情景描写は「無駄な時間」と捉えられてしまうようです。

 

現代は何よりタイパ(タイムパフォーマンスの略。言葉すら短縮です)が大事にされる時代らしいです。

 

でも時間を有効に使いたいと追い立てられて得られるものは果たしてどんなものなのでしょうか?

 

これまで何度も書きましたが、

 

「私はダンサーになりたかった」 

 

これは今や私の鉄板ネタです(笑)

いえ、本当のことです。

 

まあダンサーと言っても私がなりたかったのは暗黒舞踏ダンサーです。

 

最近はダンスも高速ダンスが主流なのか、ダンサーたちはものすごいスピードで体を動かします。

 

芋虫やナメクジようにゆっくりと動く不気味な暗黒舞踏は見た目よりもはるかにハードです。

 

そしてゆっくり動くとはどういうことかを教えてくれます。

 

どうしても慣れない動きを稽古する時には速く動いて誤魔化してしまいがちです。

誤魔化されるのは自分自身です。

 

昔、私もよく言ってました。

 

「もう少し速くやれば出来るんだけどなぁ・・・」

 

いや、ハッキリ言ってそれは出来ていません。

本物の速さで動くことが出来るのなら、ゆっくりでも出来るはずなんです。

 

しっかり原理原則を通して使うべきところを使えば、ゆっくりでも出来るはずです。またそれを確認するためにもゆっくり動きます。

 

一体何が足りないのか?を深く考える稽古が続きます。

 

最近の静稽会は「ゆっくり動く」ことをテーマに稽古しています。

 

「スローなブシにしてくれ!」

 

 

美しい手

以前に「うつ九段」というドラマを観たことがあります。
将棋棋士の先崎学九段がうつ病になってから復帰するまでの実話をドラマ化したものです。

主役の先崎学役は安田顕さんが、妻役は内田有紀さんが演じていました。

うつは軽く考えると大変なことになります。周りの理解が必要です。ドラマでは本人だけでなく周りの苦悩もしっかり描かれていました。

そんなドラマの中で将棋の「美しい手」という言葉が良く出てきます。
将棋は勝つだけではなく、美しい手があるらしい・・

そう言えば、一緒にワインを飲みに行く東京工業大学数学科出身の友人は酔うとよくこんなことを言います。

「数学には美しい解き方がある」
「美しい数式がある」

へえ〜そんなところにも美しさがあるのか!
数学、いや算数の苦手な私には全くわかりません・・・

ただ勝つことや解くことは当たり前で、その上でさらに美しさを求めるという感覚はなんとなく理解出来ます。

命をかけた戦いだからこそ美しさが必要だという武者たちの感覚に通じるものがあるのかもしれません。戦国時代の武者たちが鎧兜や衣装に気を遣い、兜にさえ香を焚きしめたというのはそんな証なのではないかと思われます。

生きるか死ぬかの戦いの中で「名こそ惜しむ」武者たちは「いかに死ぬか」に重きを置いた訳で、勝つこと以上に戦いに美しさを求めたのかもしれません。

やはり美しさには相当な価値があるようです。
ちなみに数学科出身の彼は待ち合わせの場所を伝えるのに目印の建物などがない時には太陽の位置を使って説明してきます()

サバイバルな時代には意外とこんな人が最後まで生き残るのかもしれません。


月明りの話

私は割と夜目がききます。

闇夜の戦いとなれば負けない気がします(笑)

 

これまで「夜目がきく」のは遺伝だと思っていました。母親もそうだったので。しかし最近はそれは遺伝だけとも言えないのではないかと思うようになりました。

あくまで私個人の考えです。

 

ある時、妻と月明かりの話をしていた時のこと、月明かりを感じる度合いがあまりにも違いすぎると感じたことがありました。

 

私は田舎育ちです。子供の頃はまだ街灯も少なく、ちょっと街中を離れると本当に真っ暗闇なところがたくさんありました。そんな田舎の月明かりは昼間のように明るく感じます。妻は「それにしても月明りが昼間のようだとはあまりにも大袈裟だ」と言うのです。

 

先日、世の中に「闇歩きガイド」と称する人がいることを知りました。

中野純さんです。「体験作家」とも称しているようです。

 

NHKの「SWICHインタビュー達人達」で片桐はいりさんと対談しているのを観て初めて知りました。彼は闇にこんな感覚を持つようです。

 

「はっきり見ない闇は楽ちん」

「よく見えない時間は必要」

「自分と闇との境目がなくなる」

「闇では何からも解放されていく」

 

そんな彼が言います。

 

「闇の中では全体視力が必要」

 

「目を凝らして見ようとせずにぼーっと見る」

 

ん?これはどこかで聞いたような・・・

 

確かに田舎の闇はあまりにも深くて、目を凝らして見ようとしても見えないのです。ぼーっと見て感じとるしかない。

 

そんな力は遺伝というよりも田舎の人の「知恵」?「訓練」?もしくは「こつ」?なのではないか?と思ったりします。

 

昔、都会育ちの妻が私の実家に来て夜の暗闇の深さに驚いたことがありました。そして真っ暗闇の中を懐中電灯も持たずに歩いている人がいることにもっと驚いていました。

 

そうなんです。田舎の人は真っ暗闇の中、灯り無しでも歩けます。

見えているのか?と言われると微妙です。半分見て、半分感じているのかもしれません。

何を?・・・気配を。

 

番組では片桐はいりさんが中野純さんと真っ暗闇の中、ナイトハイクをします。片桐さんは都会育ちです。全く見えないので四つん這いになって必死に登り続けますが、やがて木や花の香り、建物の気配まで感じとれるようになります。

全体視力のコツを掴んだ?頃にやがて月が出始めると

 

「昼間の明るさみたいですね〜」

 

実は2016年7月3日付けの静稽録でも書きましたが、片桐はいりさんは武術研究家甲野善紀さんともこの番組で対談しています。

 

さらに2021年1月22日付けの静稽録では「陰翳礼讃」で闇中の美しさについても書きました。良かったらHP下にあるサイトマップで遡ってみて下さい。

 

落語「刀屋」

「刀屋」という落語の人情噺があります。

 

夕方、深刻な顔をした若い男が刀屋に飛び込んできます。

 

「とにかく斬れる刀をください!」

 

刀屋が備前の刀を勧めると若い男はこう聞きます。

 

「この刀は斬れますか?」

 

「刀はどれも斬れますよ」

 

備前の刀は高かったのか若い男はもう少し安い刀を求めようとこんなことを言い出します。

 

「そんなに斬れなくても二人だけ斬れればいいので・・・」

 

この落語を聴くと思い出すことがあります。

昔、Sさんが刀を買うのに付き合って欲しいというので某刀屋にお付き合いしたことがあります。Sさんは刀屋に入るなり気持ちのいい啖呵を切りました。

 

「斬れる刀をくれ!」

 

するとその刀屋はニヤリと笑って「ありますよ〜斬れる刀」と異様に身幅のある長い中華包丁のような刀を出して来ました。

 

落語の「刀屋」では若い男が人を斬るのだと察した刀屋はそっと木刀を出して思いとどまるよう説得していきます。

 

考えてみればたとえ刀屋でも深刻な顔つきで「斬れる刀をくれ!」と言われたら不審に思います。

 

あの時は笑顔の似合うSさんだったのでもちろん深刻な話にもならず、今となっては笑い話で語られます。

それにしてもあの時の刀屋は何が「斬れる」ことを想定して刀を勧めたのか?気になるところです。

 

結局、Sさんはその時に勧められた刀は買いませんでした。

しかし刀にとって「斬れる」ということがいかに特別で魅力的なことかがよくわかります。

刀に対する思いがすすむと刀は「斬れる」だけではないことに気がつくんですけどね。

 

落語の方の結末が気になる方は是非、落語を聴いてみて下さい。

 

潔さと楽しむ力

静稽会のAさんは63歳です。会社の社長をしています。しかしある日、その社長業を全うした後に保育士になると言い出しました。

 

私はてっきり自身が経営する会社の中に保育園を作るための資格取得だとばかり思っていました。

 

しかしそもそもそんな年齢の男性が保育士試験に合格出来るものだろうか?とも思っていました。

 

しかし、なんと!

この度、Aさんは保育士試験に見事合格しました!

 

そして私が勝手に想像していた「会社の中に保育園を作るための資格取得が目的」というのも全く違うものでした。

 

Aさんは社長を退任した後にどこかの保育園でひとりの保育士として働くことを考えているそうです。

 

どこまでも自分の生き方を貫く人だなあと感心するとともにそこに潔さを感じました。

 

司馬遼太郎は「竜馬がゆく」の中でこんなことを書いています。

 

「武士の道徳は、煮詰めてしまえばたった一つの徳目に落ちつくであろう。潔さ、ということだ。」

 

また「ある運命について」の中では

 

「人は、その才質や技能というほんのわずかな突起物にひきずられて、思わぬ世間歩きをさせられてしまう。」

 

長いこと「世間歩き」をしていると潔く生きることが難しくなるのかもしれません。

 

人はただ単に歳をとったらから老人になるのではなく、面白く生きることを諦めてしまった時点から老人になるんだと思います。

 

稽古も同じです。「恥ずかしい」「そんなことやっても」「くだらない」などと、いろんなことを楽しむことが出来ない人や上達の過程を楽しむことを捨ててしまった人の稽古はやっぱり面白くないのです。

 

もう一人、静稽会のIさんは60歳を過ぎてから居合を始めました。その方もすでに70歳。稽古を始めてから着実に技量を上げ、現在も進行形で上がり続けています。

 

その年齢であれば体力の落ち込みが技量のアップを追い越してもよいはずですが、驚くことにその方は体力の落ち込みも少ないことに加えて技量の伸びがそれを遥かに上回っています。

とても70歳の人の動きとは思えません。

 

そして何より稽古を楽しんでいます。休憩中にもかかわらず何度も動きをトレースしている姿をよく見かけます。

あ〜楽しんでるなあ〜

着実に上手くなっているなあ~

私も70歳になった時にこんな風でありたい!

 

私はAさんの潔さやIさんの後ろ姿を追いかけたいと思うのであります。

 

ヨガ

最近、個人的にヨガに取り組んでいます。

ちなみに静稽会でヨガは実施しておりません。


ヨガを習うのは圧倒的に女性が多いせいか、インストラクターも女性が多く、さらに男性を受け入れてくれるインストラクターが少ないのが現状です。
そんな中、「師匠」(ヨガインストラクターなんですが、わたし的には「師匠」の感覚です)の指導下で本格的にヨガに向き合っています。


それまでなかなかこの人だと思う「師匠」に巡り合えず、トライ&チョイスの期間が長く続きましたが、この度やっと今の「師匠」にたどり着くことが出来ました。

そんなわけで「師匠」も含めて私以外は妙齢?の女性だけです。
最初は少し恥ずかしかったのですが、始まるとそんなことも言ってられません。

もうただただ必死です

しかも初心者は私だけ。
ほとんど個別指導と言ってもいいような状況で「師匠」から名指しで声が飛びます。

先日「木のポーズ」を指導いただきました。
片足を脚の付け根に当てて股関節を大きく90度開きます。

その体勢のまま両腕を頭の上方向に出来るだけ伸ばして手のひらを合わせます。
そんな木のポーズをとっている時に「師匠」からこんなことを言われました。

「まだまだ伸びるはずですよ〜。手を上に伸ばすのではなく脇腹を伸ばしま〜す。腰は引き下げま〜す」

あ〜ら不思議、
さらに伸びました。

普段の稽古でも肩甲骨や股関節の使い方を説明することがありますが、まだまだ私の体にも可能性がありそうです。

ヨガの指導を受けていると呼吸、ゆるみ、骨盤、体幹、足裏、重心と言った言葉が頻繁に出てきます。そしてそれらを動きとともに解剖学的に説明してくれます。
全てが普段の稽古に当てはまるわけではなさそうですが、それでも学ぶ価値は十分にありそうです。

「は〜い!呼吸を止めないで〜吐き続けながらゆるめて〜伸ばして〜もっとゆるめて〜もっと伸ばして〜無理しないで〜あと笑顔忘れないで〜」

そういいながら手で私の体をクイッと押します。

「うっ!」
「あ〜呼吸は止めないで~」

止めたくて止めたわけではないんですけどね〜

それでもヨガとの相性は良いのか、辛さよりも心地よさが上回ります。

「師匠」の笑顔で"やさしい"指導が続きます。もしかしたら股割りが出来る日が来るかもしれません。

  

稽古中のマスク着用考

マスク着用が日常化した今日この頃ですが、悩ましいのは稽古中のマスク着用です。

 

マスクする事で稽古自体が苦しいと感じることもあり、正直言ってマスクをしないで稽古出来たらどんなに心地良いだろうと思ってしまいます。

それでも室内であることを考えるとやはりマスク着用は必要なのか?

そんなことを考えてみました。

 

まず前提として少なくとも静稽会が稽古している施設では意外にも「稽古中」のマスク着用は求められていません。そのかわり大声を出したり、掛け声を出したりは禁止となってます。

もちろん入館時や稽古以外はマスク着用は必要になります。

 

居合は刀を振り回しますのでソーシャルディスタンスは十分です(笑)

かつ静稽会の居合では声を発しないことから飛沫が飛ぶ可能性は低い。

さらに基本的にはみんな同じ方向を向いての形稽古が多いことから感染リスクはかなり低いのではと思っています。

 

そんな訳で個人的には居合稽古中のマスク着用は不要ではないかと思っています・・・が年配者も多く、万が一を考えると悩ましいのが現状です。

 

幸にして稽古はクーラーの効いた室内ですので熱中症の心配も少ないことから、居合でもマスク着用のまま稽古をしているのが現状です。

 

しかし、剣術稽古はちょっと事情が違ってきます。

こちらは相対して稽古を行うことや居合に比べて比較的距離が近くなる場合もあることなど感染リスクは居合稽古に比べると格段に高くなります。

安全を考えるとやはり剣術稽古時のマスク着用は必要かと思っています。

 

最近は施設側が換気やアルコール消毒液の設置、入館時の検温など感染対策を施してくれていますので、以前に比べれば稽古場所自体の感染リスクは随分と軽減しているかもしれません。

 

そうした対応のお陰かどうかはわかりませんが、静稽会ではこれまで新型コロナウィルスに感染した人は一人もいません。

 

とにかくマスクしとけば安全という「神話」に縛られて、新型コロナウィルス感染以外のさまざまなリスクを引き寄せることは避けたいと思っています。

 

その場で一緒に稽古する方々のコンセンサスをどうするかなどの問題はありますが、リスクコントロールしながら着用するべき時は着用し、リスクが小さい場合には外す勇気もそろそろ必要なのかもしれません。

 

新たな稽古

今日の仕事は辛かった〜♪

あとは焼酎をあおるだけ〜♪

 

焼酎を飲む時にはこの歌を思い出します。

 

岡林信康「山谷ブルース」を知っている人は私同様相当古い人間です。

 

いろいろな方とやりとりをしていると世の中には本当に大変な思いをしている方がいるとしみじみ感じます。

そんな方々の気持ちがわかるなどと軽々には言えませんが・・・

 

新約聖書マタイによる福音書6章34節にはこんな言葉があります。

 

「明日のことを思ひ煩ふな

明日は明日みづから思ひ煩はん

一日の苦労は一日にて足れり」

 

聖書の中で私が一番好きな言葉です。

学生時代に聖書は文語体で読んだ方が良いと言われました。

今でもその通りだと思っています。残念ながら最近では文語体の聖書はほとんど見かけません。

 

また禅語にはこんなのがあります。

 

「一息(いっそく)に生きる」

一呼吸するその瞬間も疎かにしないで生きること

 

一息を「ひといき」と読むとちょっと違った意味になります(笑)

禅語には時々こういうのがあります。

 

そして以下は私の座右の銘です。

 

「過ぎてしまったことはしょーがない」

 

いや実はこれ我が家の家訓です(笑)

私が作りました。

真面目な話です。本当に。

 

どれも一見違うようですが、実は根底では同じことだと思ってます。

 

過去や未来に囚われて生きていると今が死んでしまいます。

今日の稽古は今日の自分しか出来ないと思って稽古しています。

明日は明日の自分が稽古するはずと思っています。

だからいつも稽古は新しくて楽しい!

 

目の前の稽古に集中しなければ今ここにいる自分は一体どこを彷徨っているのか?となります。

そして大変危ないです。

 

いろいろな人がたとえひとときでも静かに「新たな稽古」を楽しめたら幸いです。

 

骨まで愛して

3年前に専門店でスポーツバイク(自転車)を買いました。今もよく転がしてます。

 

さらなる体幹強化と体を絞ろうと考えた訳ですが、スポーツバイク超初心者の私は上級者用を買っても乗りこなせないだろうとそこそこの値段のものを買うつもりで取り敢えず量販店に出かけました。

 

たまたまその量販店にいたお兄さんが変わった方でした。

熱くスポーツバイクを語ったのちにこんなことを言いました。

 

「ところでスポーツバイクで一番大事なのはなんだと思いますか?」

 

ギア?

チェーン?

車輪?

タイヤ?

ハンドル?

ペダル?

・・・?

 

彼曰く「フレームです!」

フレームとはスポーツバイクの構造部分のこと。

 

「本気でスポーツバイクやるなら量販店で買わないで専門店でフレームの良いものを買った方がいいですよ!」

 

自分の立ち位置と言ってることが大いなる矛盾のお兄さん・・・さらに熱く語ります。

 

「とにかくスポーツバイクはフレームに尽きる。他の部分は後でカスタマイズ出来てもフレームは本体だから変えられない」

 

ん?この言葉はどこかで聞いたことがあります。

昔、自分の差し料を探していた時にある刀屋で聞いた言葉です。

 

「差し料を選ぶ時には鍔、鞘、目貫など刀本体以外の要素は全て無視。どこまでも純粋に刀本体のみで選ぶこと。他は後からいくらでもカスタマイズ出来るから」

 

まあ刀は本来オーダーメイドのはずなんですけどね・・・

経済的な理由だけではありませんが、自分に合った刀探しの長い旅に出ることになるわけです。

さらにはカスタマイズにも意外とお金がかかってしまうこともあって「フルセット」の状態で販売されている差し料に目が行きがちです。

そんな状況ですから初めて差し料を選ぶ人の中には本体よりもそれ以外の要素で選んでしまっている人を結構見かけます。

 

やはり何が代替のきかない本体なのかを見極めることは大切です。

 

そう考えると人体のそれは一体何になるのか?

 

「皮を切らせて肉を切る、肉を切らせて骨を断つ」

 

やっぱり骨に行きつきますかね。

 

そう言えば、大昔に城卓矢の「骨まで愛して」という歌がありました。

 

「骨まで〜♪骨まで〜♪骨まで愛して欲しいのよ〜♪」

 

恐ろしい歌詞です・・・

 

人体の「本体」が骨であるならば、武術でも骨(コツ)をつかむ必要があります。

 

奉納演武

飛鳥山公園近くの七社神社にはいささかご縁があり何度か訪れたことがあります。

 

そんな七社神社で翡縁会の方々が奉納演武をされるとのこと。

やはり何かご縁があると感じて奉納演武を拝見させていただきました。

 

最初は厳かな笛の音から始まりました。この日は日差しが強い日でしたが、涼しい風が吹き抜けたようなひとときでした。

やはり奏者はただならぬオーラをまとっています。

 

背筋を伸ばしてその後の演武を拝見させていただきました。

 

自分を超えて隅々まで気が行き渡った礼はやはり美しいです。

演武も迫力がありました。仕太刀、打太刀という枠組みを超えて迂闊に間合いに入ることを許さない緊張感が漂います。型とはいえ決して想定通りではない動きやそれを咄嗟に躱す一瞬の感応力に鳥肌が立ちました。

普段の稽古でもいかにギリギリのやり取りをしているかがうかがわれます。

 

居合も守るべきところを守り、攻めるべきところを攻める無駄のない身のこなしと刀の動きが見事に一致してかつ速い。いや、だからこそ速い。以前拝見した時よりもさらに速くなっていると感じました。

 

自身の稽古ですぐにでもやってみようと感じた動きがいくつもありました。

この日の演武を瞼の裏に焼き付けて明日からの稽古に精進したいと思います。

 

さらに久しぶりにお会いできた方もいてうれしい一日となりました。

ありがとうございました。

 

救命講習会

安倍元首相が凶弾に倒れ、お亡くなりになりました。

謹んでお悔やみを申し上げます。

 

 

 

消防署で最新の救命講習を受けてきました。

 

もしかしたら普段の稽古でケガをしたり、場合によっては命の危険に遭遇することも考えられます。

 

また私を含めて会のメンバーも良いお年頃の方も多く、稽古中に突然体調を崩すことも想定されます。

(お陰様で静稽会設立以来、そうしたことはありませんが)

 

10年ほど前の静稽会合宿中に「救命講習会」を実施したことがありました。

 

その頃から私たちを取り巻く環境も随分と変わりました。救命処置の際のコロナ対応や新しいAEDに対する知識、止血の際の感染症対策、人権に対する配慮などはリニューアルする必要があります。

 

講習会参加者のほとんどは若い人たちでした。

救命講習会は1時間の知識講習と修了テストに加えて1時間の実技講習と修了テストの合計2時間です。

 

応急処置や心肺蘇生、AED使用などは知識だけではなく、実際にやってみることが必要だと実感します。

 

どれくらいの強さやテンポで胸骨圧迫をしたらよいか?などはやってみないとわかりませんし、胸骨圧迫を続けるには意外と体力を使うこともわかります。

 

AEDもAEDから流れるアナウンス通りにやればよいはずですが、事態に遭遇した時に初めて使うようでは大変心もとないと思います。

(実技は人形を使って実施します)

 

これからの季節は熱中症などの心配もあります。

さらに私たちには応急の止血法などは必須科目です。

 

いざという時のために日々鍛錬し、常に備えることこそ本来の武術の姿であり、その意味では救命処置の習得は武術稽古の一つだと言っても過言ではありません。

 

ご指導いただいた消防隊員の方々に感謝です。

 

 

役に立たないもの

政治学なんて一体何の役に立つのかと思っていました。

 

そんな私は大学で政治学を専攻しました。

元々は法律を勉強しようと大学を受験しましたが在学中に方向転換?しています。

 

「初志貫徹」が信条の父は大反対でした。まあそれはさておき・・・

 

当時、高畠通敏氏の「政治学への道案内」という本がありました。

うろ覚えですが、前書きにこんなことが書いてあったと思います。

 

政治学を学んだ学生が就職面接で人事担当者からこんな質問をされます。

 

「政治学は何の役に立ちますか?」

 

その学生はその質問にうまく答えられなかったようです。確かに経済学部や商学部などに比べればこの質問に対する回答は少し難しくなるかもしれません。

 

実用価値としての「政治学」を前提とした質問の「土俵」に乗ってしまったこの学生には政治学の単位はあげられないと高畠氏は厳しい評価をします。

 

高畠氏は「土俵」自体を拡げて「相撲」を取り続ける叡智と対話こそ政治学だと書いています。

 

そもそも「役に立つ」とは一体どういうことなのか?

確かにそんなところから「土俵」を広げる方法はありそうです。

 

当時の私には何か感じるものがあったのかもしれません。その後、政治学に方向転換しました。

 

方向転換に反対だった父とは法律、政治学の両方の卒業単位取得という形で妥協点を見出しました(当時はそれが可能でした)

 

法律と政治の両面からの思考は物事の見え方が立体的になった気もしますし、いろいろな場面でこの二つの卒業単位取得自体が評価されました。

まあそれがその後の人生に良かったのか悪かったのかはわかりませんが・・・

 

私は今でも、あるものが「役に立たない」と思うのは自分の考えている「土俵」が狭いからだと思うようにしています。

 

自分の考えている「役に立つ」範疇に縛られた稽古だけを繰り返していると本当に面白い稽古は経験出来ないと思っています。

 

最近はインターネットの影響からか自分の興味のあることへの深掘りは得意でも広く遠くに網を掛けることが苦手な人が多いように感じます。

 

「今時、居合などは何の役に立つのか?」などと言われます。

私は直接的な実用価値だけではなく、もっともっと遠いところからも居合の「土俵」を広げる可能性はあるのではと思っています。

 

最近、武術関係の本などを読んでいると政治学で学んだことに近いと感じることが多々あります。武術でも流派や勝ち負けさえも超えた広い「土俵」を想定出来るかどうかが奥深さを感じ、面白いと思うかどうかの分かれ道になるのではないかと思ったりします。

 

おもしろきこともなき世をおもしろく

すみなすものは心なりけり

 

誘導運動

電車に乗っていると、まだ出発時間になっていないのに電車が動き出した・・・と思ったら隣の電車が動いていたなんていう経験はありませんか?

 

対象には物理的運動がないにもかかわらず運動が知覚されるこうした現象を心理学用語で「誘導運動」と言うそうです。

 

その時に焦りながらも現実を見極めるにはどうしたら良いか?

簡単です。もう一つ別の動いていない場所(例えば地上)を見ます。

どっちの電車が動いているか分かって感覚も戻ります。

 

相対の対象当事者から見る動きというのはそういったものなのかもしれません。

隣の電車を見ていただけでは脳は騙されてしまいます。

 

宮本武蔵の「五輪の書」はこれまで何度もこの静稽録に引用してきました。

例えば水の巻 第三節「兵法の目付けといふこと」にはこんなことが書いてあります。

 

「敵の太刀を知り、聊かも敵の太刀を見ずと云事、兵法の大事なり。工夫あるべし。此眼付、小さき兵法にも、大なる兵法にも同じ事なり。目の玉動かずして、両脇を見ること肝要なり。か様のこと、急がしき時、俄にわきまへがたし。此書付を覚え、常住此眼付になりて、何事にも眼付のかはらざる処、能々吟味有べきものなり。」

 

「敵の太刀の位置を知っているが、少しも敵の太刀を見ないということが兵法では大事なことである」

「目を動かさないで両脇を見ることが重要だ」

 

こうした目付けを武蔵は「観の目」と言ってます。

 

稽古場にはいろんな動きが溢れています。

一体何がどう動いているのかを正しく知るためには相対の動きを見ているだけでは騙されます。

 

居合でも意外と動きを説明することが難しい場合があります。

それは「誘導運動」のようなケースが多いと感じたりします。

 

相手の動きも自身の動きも「観の目」で見る必要がありそうです。

 

刀体感覚

台所に無造作に置いてある包丁が気になります。

 

この位置、この向きでは何かの拍子に手を切る可能性があるかもしれない・・・

そしてそっと位置や向きを変えます。

妻はあまり気にならないようです。

 

どうしても刃や切先が肌に触れる事態を想像してしまいます。

とにかく刃や切先の向きや位置、状態が気になります。

 

妻は

「刀を振り回している人の言葉とも思えない」

 

いやいや、刀を振り回しているからこそわかるのです。

 

どう扱ったら自分には安全で敵には危険な状態が最速で作れるのか?

それを普段から稽古している訳ですから。

 

今置かれている刃物の状態がその後の動作の中で安全か否かを敏感に感じ取ります。

 

居合などで刀を扱う場合に一番大事なことは自分の刀で自分自身を傷つけないことです。

刃や切先の向きや位置はいちいち目で確認するわけではありません。どこまでも感覚です。

刀の長さ、重さ、反り、切先の形などによって感覚は随分と違ってきます。

 

車を運転する人は分かると思いますが、車には「車体感覚」というものがあります。

「車体感覚」が無い人の車はあちこち傷だらけです。

 

刀にも「刀体感覚」というようなものがあるのだと思います。

その感覚を稽古で研ぎ澄まします。

 

抜刀や納刀の時に刀が鞘と触れる音が出る人は刀の向かう方向と鞘の方向がズレていたり、手の内の問題などで鞘の中の刀が正しい状態でないことなどが原因です。

ただ原因がわかっても直すのは簡単ではありません。

小手先の方法ではなかなか直りません。

 

遠回りかもしれませんが、まず緩むこと、全身で刀に向き合うことだと思います。枝葉末節からではなく全身の動きを根本から変えていかないとなかなか解消されないかもしれません。

 

刀が鞘の中をすり抜けていくのを「肌」で感じるようになると刀と一つになれた気がします。

 

居合は奥が深いのです。

 

トイレの話

最近、家のトイレをリフォームしました。

世界的な半導体の供給不足という理由で結構な期間待たされてやっとリフォームが完了となりました。

 

新しいトイレは何でも自動です。

トイレでする「作業」が極端に少なくなりました。

トイレに入っただけで便座フタが「いらっしゃいませ〜」と開いてくれます。

 

先日、商業施設のトイレに入った時、便座フタを上げるのが少しだけ億劫な気がしました。これまでそんなことは微塵も感じなかったのに。

 

人は便利なものに慣らされてしまうと後戻りが苦痛になってしまうようです。

 

最近のトイレは洋式がほとんどですが、近くの図書館には洋式の他に和式が一つだけ備え付けられています。

 

何で全部洋式しないのか?と思っていましたが、不特定多数の人が座った便器に触れるのが嫌だいう人が少なからずいるからなんだそうです。まあ和式は施設側が掃除がしやすいということもあるかもしれません。

 

最近は踵を地面につけてしゃがめない人が増えていると聞きました。しゃがむと後ろに倒れてしまうんだそうです。そんな人は和式トイレは使えません。使えるトイレの選択肢が一つ減ります。

原因は足首が硬いから。

昔のヤンキーはコンビニ前で立派に?しゃがんでましたけどね(笑)

 

しゃがめない人たちにとってはもはや蹲踞や膝行なども難しい動きになっているかもしれません。

 

NHK番組「プロフェッショナル 仕事の流儀 小栗 旬スペシャル」では「鎌倉殿の13人」の演技で武士が胡座の状態から床に手をつかないで立ったり、逆に立った状態から手を使わずに胡座になる動作が上手く出来ずに悩んでいる小栗旬さんの姿が描かれていました。昔の武士が当たり前に出来たことが現代人には難しい動きになってしまうようです。

 

やはり日常生活の中で繰り返し行われるちょっとした動きが体に与える影響はあなどれません。

もしかしたらそれは体だけではないかもしれません。

 

商業施設のトイレで用をたした後、何となく違和感を感じて振り返りました。なんと!流していない!

慌てて流しましたが、まだトイレリフォームしてから1ヶ月も経っていないのにこの有様です。

これが他人の家のトイレだったらと想像すると・・・

 

人は簡単に楽な方に変わってしまうものらしいです。

 

極意の線

先日、テレビで筆ペンをきれいに書くコツというのをやってました。

 

まず最初にやることは紙を自分の正面に置くのではなく利き腕の前に置くことなんだそうです。

私の記憶では習字は紙を正面に置いて書きなさいと教わったはずでしたが・・・

 

正面に置いた場合には書き進むと段々と字が見えにくくなる・・・確かに右手が邪魔して文字全体が見えにくくなります。

上手く書くには常に字がよく見えるようにするのは当たり前のこと・・・なるほど!

 

もちろん毛筆、硬筆、筆ペンなどによって違うのかもしれません。

その辺りに詳しい方から教えてもらうつもりでしたが、今日は稽古に来られなかったので、後日聞いてみたいと思います。

 

それにしてもこの右側感覚は何かに似ています。

 

頭に浮かんだのは柳生新陰流「極意の線」です。

大まかに言えば体の中心を真っ直ぐ斬らずに右膝通りの線を斬る太刀筋のことです。

 

初めてこの太刀筋を経験した時には斬新な太刀筋だなと感じました。

これまでの「風景」が捻じれて見えた気がしました。

もしかしたら剣道経験者などは邪剣のように感じるかもしれません。

 

柳生新陰流には「斬釘の打ち」や「くねり打ち」など左拳を中心から外す太刀筋があります。

竹刀ではなく刀を使った実戦ではこうした斬りもあると直感的に感じました。

実戦では必要に応じた柔軟さは重要です。

 

この太刀筋を知った後の稽古は随分と変わったのではないかと思っています。

 

もしかしたら書にも「極意の線」ようなものがあるかもしれません。

もちろん書と剣の理合は違います。しかし共通することも結構あるのではないかと思ったりします。

 

以前にも書きましたが、「十文字斬り」はなぜ「文字」なのか?

また私は刀を使う時、感覚的には毛筆で字を書くように斬るものだと思っています。

 

書には楷書、行書、草書、隷書、篆書があるそうです。

また漢字だけではなくかな文字という領域もあって、剣にも近い感覚があるような気がします。

 

第10回稽古総見

本日、稽古総見が無事に終了しました。

 

この2年間は稽古総見は出来ませんでした。

確か第9回が最後でした。

今年で静稽会は12年目ですが、稽古総見としては第10回となります。

 

しかしコロナ未だ衰えず完全収束というわけにはいかない状況のため、今年はゲストにもお声かけせず、うちうちだけで映像記録のみを撮る稽古総見としました。

 

またよんどころない理由で稽古総見に参加できなかった方はリハーサルに参加していただき映像の記録を残しました。

 

そして私は全ての映像記録を見て愕然としました。

やはり2年間の稽古総見ブランクの影響は大でした。

 

人は見られないとダメになる・・・刺さるような視線の中で形をやり遂げることがどれだけ大切かを再認識しました。

 

映像は正直です。

よく見ると大切な動きを誤魔化していることがよくわかります。素人が見ればわからないかも知れませんが、経験者が見れば一目瞭然です。

 

もしその映像を見ても分からないとすれば問題はさらに深刻です。

 

そんな中でいち早く映像を見たMさんはこんなことを話してくれました。

 

「あまりの自分の下手さに驚いた。これは大変なことだ。」

 

実に意外でした。持ち前の運動神経で新しい動きをいとも簡単にやってのけ、いつも超然としている様子の彼からそんな言葉を聞くとは思いませんでした。

 

私はこの言葉に安心するとともに、改めてMさんの感性に感心しました。

そして正直に嬉しかったです。

 

稽古総見の映像を見て、ここがダメ、あそこがダメと自分に具体的なダメ出しが出来るかどうかが、その後の稽古のモチベーションとなり伸びしろになります。

 

それがない人はもうそこで終わり。

どんな稽古をしてもそれ以上は上手くなりません。

 

是非自分の映像をもう一度良く見て下さい。

それが今の真の実力です。リハーサルとか本番とかは関係ありません。

さらに余裕があれば他の人の映像もよく見て下さい。

 

もう一度初心に帰って稽古し、来年の稽古総見に臨みたいと思います。

 

お疲れ様でした!

デジタル日記

「湿気で体が重い」

 

先日、稽古に参加したIさんがこんなことを言ってました。

そう言えば最近、私も同じことを感じています。

世の中で言うところの「低気圧不調」や「気象病」と言ってしまえばそれまでですが・・・

 

私は毎日デジタル日記をつけています。

日記の目的の一つは日々の体調の変化を知るためです。ですので冒頭には必ずその日の体調を記録します。

 

既にデジタル日記を書き始めてから6年目に入りました。

デジタル日記なので空いた時間にスマホで書けます。不精な私でも比較的楽に続けることが出来てます。

 

さらにデジタルの良いところは「ワード検索」ができることです。

 

例えば先ほどの「体が重い」「だるい」と入れるとそのワードの日記が検出されます。

 

やってみました。

するとこのワードはほぼ毎年同じ時期に書いた日記の中から検出されました。デジタル日記は天気もクリックするのでその日の天気も分かります。どれも間違いなく天気が悪い日です。

 

「そうか〜やっばり湿気の多い時期に同じ症状が出るのか〜」

 

もしかしたら「気象病」「低気圧不調」が私にも当てはまる可能性があると検証されました。感覚ではなく検証されることが大事です。

 

もう一つ、稽古のこともよく書きます。「稽古」のほかに「不調」「うまくいかない」「ヘタ」「好調」「ゾーン」「悟った」なども検索してみました(笑)

 

う〜ん、こちらは定期的?循環的?というわけではないようです。

 

よく稽古を真面目に続ければ螺旋階段のように上達すると言いますが、私は実際には違うと感じています。

 

稽古を続けているといろいろな刺激を外からもらいます。するとどうしても試してみたくなります。それが自分に当たる場合もあれば当たらない場合もあって迷路に迷い込みます(笑)

そんな時期には停滞もしくは下降している時もあると感じています。

 

しかしそれが無駄かと言えばそんなことはありません。

これは私の長い経験の中で言えることですが、世の中に無駄なものは一つもありません。

 

日記の中には何か不思議なものに影響を受けている自分がいるようで面白いです。

 

 

受身に対する思い

静稽会稽古総見などにゲスト参加いただく翡縁会HPの「稽古つぶやき」を愛読しております。


主に普段の稽古のことが書かれていて参考にさせていただいています。

 

そこには稽古の難しさや悩み、上手くいった時の喜びなども書かれており、日々稽古する者の共通する思いが伝わってきて励まされます。

 

5月19日付けの「稽古つぶやき」には「やっぱり大事な体づくり」と題して「受身」に対する強い思いが書かれていました。

以下、一部引用させていただきます。

 

「基礎の型とは何か?と再度問われたら。

 受身、と私は答えるかもしれません。というか答えます。

 最初に学んだ武術、そしてもっとも長く学んでいる武術が受身を稽古するそれだったことは、今から思うと私にとっては僥倖でした。

 受身に出会えてよかった!(笑)

 少なくとも、当会において求めている学びのエッセンスは、受身の稽古によって端的に触れて養うことができます。

 いや、本当に。受身は、心身の変容を促す万能のメソッドですよ!!(妄想炸裂)」

 

実は私も2020年7月4日の静稽録で「転ぶ稽古」という題で「受身」のことを書きました。


「受身」のレベルや意味の深さは違うかもしれませんが、「受身」に対する思いが一緒だったことがとてもうれしかったです。

昔、お世話になった「受身」師匠に再会したような心待ちになれました。

 

「稽古つぶやき」は翡縁会のいろいろな方が書かれているようです。


難しい話ばかりではなく、冒頭には何気ない日常の出来事やそれに対する思いなども書かれていて、時々「あ〜それあるある!」と勝手に共感しております(笑)


稽古が日常の中にあるのは幸せなことなんだと感じさせてくれる「つぶやき」です。


そして日常の中に稽古があるからこそ大事な基礎の体づくりも出来るのだと教えてくれます。

 

<稽古つぶやき>


https://hien-kai.blog.jp/archives/14707212.html?utm_source=blogreaderoa


 

民間防衛

永世中立国であるスイス政府編の「民間防衛」(原書房)という本があります。

武術の会のHPでこんな本を紹介すると、もしかしたら勘違いされるかもしれませんが・・・

いろいろ考えさせられます。

 

本にはこんなことが書いてあります。

 

「われわれは、脅威に、いま、直面しているわけではありません。」

としながら

「侵略に対する抵抗の力というものは、即席にできるものではありません。」

 

「「わが国では決して戦争はない」と断定するのは軽率であり、結果的には大変な災難をもたらしかねないことになってしまう。」

 

この本では戦争は武器を持って戦う軍人だけがするものではなく、いったん戦争が始まってしまうと民間人が影響を受けることはたくさんあって、その前にやるべきこともたくさんあるとその具体例が列挙されています。

 

核攻撃などは他国に及んだとしても離れた国にも広範囲にその影響を受けることが考えられます。そんな時どうするのか?

 

そしてそれにむけて準備は出来ているのか?と。

 

本の中では

避難所の建設の必要性と避難所の食糧備蓄や飲料水確保、ケガ人用の血漿、食塩、ブドウ糖、麻酔薬が避難所にはどれだけ準備が必要か?

核シェルターの必要性と避難の仕方、放射能に対する知識はどうか?

生物兵器や化学兵器に対する知識や準備は十分か?

戦争による環境破壊に対する知識や準備は?

 

などなどが想定されています。

 

さらには

個人として被災者への救護対応が出来るか?

消火活動は出来るか?

避難所では何が出来るか?自分の役割は?

などなど

 

徹底したリアリズムで具体的に民間人が必要な知識や準備すべきことが書いてあります。やや書いてある内容が古いかも知れませんが・・・

 

この本ではさらに

万が一侵略者に支配されてしまった場合のレジスタンスのことまで書いてあります。

 

このところ軍備増強を声高に唱える人もおります。

もちろん軍備を増やすことも大切かもしれませんが、それ以前の問題として国も個人も事前準備するべきことはたくさんあるような気がします。

 

戦争は無いに越したことはありません。平和が一番です。

でも意に反して始まってしまった時に自分には何が出来るか?

平時にこそ考え、知識を蓄え、準備し、日々鍛錬しなければならないと考えさせられる本でした。

 

賛否はともかく武術を志すものこそ一度読んでみる価値はあると思います。

 

鞘は引かない

居合は「抜刀」などとも言われたりします。「抜く」という言葉の意味を辞書で調べると「中から取り去る」と書いてあります。

その意味の通りだとすれば居合は「抜刀」ではないかもしれません。

 

おそらく居合をやっている人は分かると思いますが、技術的には鞘から刀を抜くではありません。

 

居合では「鞘引き」という言葉がよく使われます。居合を始めた人は稽古中に何回もこの言葉を耳にするのではないでしょうか?

 

刀を動かして鞘から刀を抜くのではなく鞘を動かして刀を鞘から出す

 

このことを「鞘引き」と言ったりしている人もいます。

そしてこれを言葉通りに受け取って「鞘を引いて」いる人も多いようです。

 

わかりにくいので最近の稽古では「鞘引き」という表現ではなく、もう少し別の視点から説明するようにしています。

私には決して鞘を引いているという感覚はありません。

 

全身操作の結果論として鞘と刀が離れていくという感覚です。

時には「鞘を動かさない」「鞘を置いていく」などと言ったりします。

もちろん刀も抜きません。

 

まるで禅問答のようですが、これこそが居合の妙だと思っています。

 

ちなみに2019年4月13日付けの静稽録の「鞘引き」はやや違う観点から「鞘引き」について書いています。

 

 

とらわれない

静稽会ではいろんな稽古をします。

私は特に「感じる稽古」を大切にしています。

 

ある動きの感覚が最大限感じられるように動きの設定をミニマムにして稽古したりします。そんな新しい感覚を捉えた時が稽古の面白さでもあります。

 

しかしあくまでその稽古は感覚を掴んでもらうための稽古だったりします。

 

体全体を武術的に使うためには、そんな稽古の時の一部の感覚に引きずられると間違えてしまうことがあります。

 

呼吸なども同じなのかもしれません。呼吸をあまり意識しすぎると、かえって上手くいかないことがあります。

「腹式呼吸」などと言われて「腹」ばかり意識すると変な呼吸になってしまいます(笑)

 

稽古で感覚を掴んだ後はその感覚から一旦そお〜っと離れます。離れたところからその感覚とつながります。

 

この感覚を説明するのは難しいのですが、武蔵が五輪書の中でこんなことを言ってます。

 

「遠き所を近く見、近き所を遠く見ること、兵法の専なり」

 

これはいわゆる目付けのことを言っているのですが、その時の感覚が似ているのではないかと感じたりします。

 

一つの稽古だけにとらわれてはいけません。

 

BS11「偉人・素顔の履歴書」

2ヶ月ほど前に静稽会HPに問い合わせのメールが届きました。

 

メールを開いてみたところ、番組制作会社のプロデューサーT氏からのメールでした。

 

自己紹介と現在制作している番組BS11「偉人・素顔の履歴書」の紹介に続いて

「今回、井伊直弼を取り上げるにあたって、番組の中で使う居合の動画をお借りすることは可能でしょうか?」との申し出を受けました。

 

どうして静稽会なのか?

そう思ってお聞きしました。

 

どうも2021年4月17日付けの静稽録「井伊直弼と居合」を読んだことがきっかけだったようです。

 

そんなご縁で「偉人・素顔の履歴書」第25回「井伊直弼編」にて静稽会の居合動画を提供することになりました。

 

「偉人・素顔の履歴書」はそれぞれの時代に活躍した英雄たちの偉大な功績と意外な素顔をクローズアップする歴史番組です。

 

BS11「偉人・素顔の履歴書」4月16日(土)20時からです。

面白い番組ですので、良かったらご覧になって下さい。

 

次は2019年4月19日付けの静稽録「福沢諭吉と居合」を読んで福沢諭吉の番組も作ってくれないかなあ。

やり散らかす

「始めたいのに始めてないことありませんか?」

 

深夜、テレビの中からこんな言葉が流れてきました。

 

確かに・・・考えてみればやってみたいと思っているのに始めてないことはあります。

 

・もしかしたら続かないかもしれない

・今は仕事が忙しいから、仕事が落ち着いてから

・体力的(年齢的)に無理かも

・教えてもらうのが恥ずかしい、失敗したら恥ずかしい

・家族や友人に笑われるかも

 

・・・

 

さらには周りからも

「出来るわけないじゃん」

「いい年こいて今から始めるの?」

「あなたが?無理無理、続かないよ」

「もっと役に立つことやったら?」

「ケガするからやめた方がいいよ」

「お金かかるよ〜」

 

試合が始まる前からノックアウトですね。

 

でもそれで折れてしまうのはもしかしたら心のどこかで自分自身もそう思っているからかもしれません。

 

まだ先々に時間があるから、今はまだその時期じゃあない・・・

スルーしていると何もしないままドンドン時に流されていきます。

 

そして・・・

ある日突然、体を壊してしまうかもしれない

ある日突然、交通事故でケガをしてしまうかもしれない

ある日突然、大地震が来るかもしれない

ある日突然、戦争が始まるかもしれない

 

そんなことある訳ない・・・?

本当でしょうか?

 

先々がある保証なんて誰にもないんですけどねえ。

 

私は誰がなんと言おうと今やりたいことをやり散らかせばいいと思っています。

続かなくてもいいと思います。

年齢は関係ありません。

やる前からブレーキをかけているのは自分です。

やりたいことは躊躇せずやり散らかしましょう!

 

実は最初の言葉はキャッシングローンのCMなんです。

これはまさに「金言」かもしれません(笑)

 

女袴

卒業式の季節になりました。

袴姿の女子大生の姿をよく見かけます。

どうして卒業式だけ袴なのかについては特にここでコメントはしませんが、あの女袴が好きか?と聞かれると答えに困るかもしれません。

稽古で履く袴こそがこの世で一番美しいと思っている私です。ご容赦下さい。

 

さて彼女たちの袴をよく見てみました。どうも私たちが稽古の時に履く袴とはその形状が大きく異なっているようです。

 

まず腰板がありません。

腰板があるとビシッ!とするんですけどねえ。

しかし考えてみれば女性は帯を胸の下で結んでいますので、腰板をつけるのは難しいかもしれませんね。当然、袴紐も随分と高い位置になっています。

 

さらにはハイヒールブーツ?を履いていました。かの坂本龍馬も袴にブーツを履いていたそうですから、女性による日本の夜明けを体現しているのかもしれません。

 

前ヒダの数は稽古袴と同じ五つでした。

五つのヒダは「五倫五常」の教えなどとも言われます・・・

 

前にも書きましたが、袴のヒダの数が左右違うことを知っている人は意外に少ないです。

 稽古袴のヒダは左が三つ、右が二つです。

 

私は陰陽から来ていると教わりました。人が南向きに立つ(天子南面)と左は東で太陽が昇る方角です。よって陽、逆は西で太陽が沈む方角で陰になります。数字で言うと奇数が陽で偶数が陰ですから、袴の襞の数は左が陽の奇数、右が陰の偶数だと。そして後ろは二心ないことを示すためにヒダは一つなんだぞと・・・

少なくとも私はそのように教わりました。う〜ん、でもこれも後付けのような気がします。

 教えてくれた方には申し訳ありませんが、私は合理的、機能的かつ美的な理由なんだと思っています。

 

女袴に話を戻します。

女子大生たちの女袴の後ろにはなんと襞が三つもありました!

やはり女性は男性のように単純ではないと言うことか?

それとも一筋縄ではいかないということか?

 

まあ聞いたところではいろんな種類の袴があるそうで一概には言えないとのことです。こちらも女性の特性を考えて合理的、機能的かつ美的な理由からそのように作られているのだと思います。

 

いずれにしてもあまりジロジロ見ていると胡乱(うろん)なヤツと怪しまれますので、やめておいた方が良さそうです(笑)

 

死腔

私は稽古前にいくつかの決まった居合形をやることにしています。

これを始めてから段々と形数が増えてしまって、今ではそれが終わるまで結構時間がかかります。

 

その中であるいくつかの形の時には意識的に声を出します。

 

「ハッ!」

 

声を出すと言うより、息を吐き出します。

 

人間は一生で6億回呼吸するそうです。

しかし、その呼吸は決して効率的とはいえないと知りました。

 

空気が鼻から肺に到達するまでの気道等に吸い込んだ空気が残る「死腔」と呼ばれる空間があるそうです。

 

一回の呼吸で大体500mlの空気を吸い込むと150mlがその死腔に溜まってしまうそうです。

約30%、かなりのロスです。さらには姿勢が悪いなどの理由で呼吸機能が十分発揮されずに機能的残気量が増えてくる・・・どうしても呼吸が短くなる、浅くなる・・・そして酸素の取り込み量が少なくなる・・・

 

そんな残気を吐き出すためにまず稽古前に意識的に声を出します。

呼吸は吸うことよりも吐くことを意識すると良いとされています。坐禅でも吸うことは人間が生きるために自然に行われるので意識するのは吐くことだと教わりました。

まず死腔に残っている息を吐き切ることが重要です。

 

また呼吸には「呼吸筋」と言われる筋肉が必要と言われています。それは体幹と言い換えても良いかもしれません。体幹を鍛えて姿勢を正しく保ち、さらに普段の呼吸効率を上げることは理に適っています。

 

若い人たちは長い時間スマホを使っていると姿勢が崩れがちです。また高齢者は年とともに筋肉が衰えて姿勢が崩れてきます。やはり体幹は鍛えておいた方が良さそうです。

 

さらに息を吐いている時の方が集中できる効果が大きいと言われていますので、武術的にも稽古でさらなる呼吸のレベルアップをはかりたい思います。

 

コロナの中でなかなか声を出すことは難しいかもしれませんが、たまには大きな声を出すのもストレス解消に良いと思います。

まずは死腔から残気を吐き出してみましょう!

 

ただ街中でやると通報されますので、稽古場でやることをおススメします(笑)

 

 

日々鍛錬せよ!

度々の「カムカムエブリバディ」で申し訳ありません。

 

伴虚無蔵はこんな事を言ってました。

 

「黙って鍛錬せよ。日々鍛錬し、いつ来るとも分からぬ機会に備えよ」

 

よく「いざ鎌倉」などと言いますが、「いざ鎌倉」を実行するには決意だけではなく、その時をシミュレーションする想像力と日々の準備と鍛錬が必要です。

 

能の演目に『鉢木(はちのき)』というのがあります。

「いざ鎌倉」はその謡曲の中の佐野源左衛門常世という人物のセリフです。

 

「謡曲」は能の中で謡いながらセリフを言う部分です。ミュージカルで言えば声楽部分ですかね。

考えてみれば能は日本の古典ミュージカルとも言える!

話が逸れました。

 

鉢木物語はこんな感じです。多分、聞いたことがある方も多いかもしれません。

 

雪の中、上野国 佐野まで来た旅の僧は一軒の人家に宿を借りようとします。亭主は窮乏ぶりを恥じて一度は断ります。しかし心残りに思っていた亭主は去ってゆく僧を呼び止め、わが家へ迎え入れます。

 

亭主夫婦は、僅かに残っていた粟の飯を僧に提供し、大切にしていた鉢木を火にくべて僧のために暖を取ると、零落以前の日々を語り出します。佐野常世と名乗る彼は、一族に領地を奪われて今の窮乏に至ったと明かし、それでも「どんなに貧しくても武具と馬は手放さず、いざというときには、真っ先に鎌倉へ駆けつけ、命がけで戦う」と決意を語ります。その覚悟を聞いて僧は、名残りを惜しみつつ別れてゆきます。

 

そののち伝わってきた鎌倉一大事、武士一斉招集の知らせ。全国から集結してくる武士達に混じって常世は鎌倉へ急ぎます。到着した彼は、執権・北条時頼からの呼び出しを受け、実はこの時頼こそ、以前の僧の正体だったことを知ります。常世の覚悟を見届けた時頼は、かつての彼の本領を取り返し、さらに新たに領地を与えると、彼の心意気を讃えました。

めでたし、めでたしとなります。

 

馬の世話こそしませんが、いざという時のためにせめて武具の手入れと体の鍛錬くらいは日々心掛けたいと思っております。

 

ちなみに現在放映中の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」主人公北条義時は鎌倉幕府2代執権ですが、時頼は5代執権となります。

 

「鎌倉殿の13人」本編終了後の紀行紹介コーナーで流れるポール・ギルバートのギターが素敵です。

 

にごりえに映らぬ月の光かな

長いこと一緒に稽古していると、時々変な音が気になる時があります。

 

ん?ちょっと違うかもな〜

 

タイミングか?

手の内か?

不一致か?

心の乱れか?

体調不良か?

 

音でその人がその時におよそどんな稽古していたかもわかったりします。

 

昔、示現流流祖の東郷重位が主君島津義久に従って京都に上洛した時の話です。

重位は旅先でも毎日の剣術の稽古を怠りません。ある時、重位が滞在していた宿の隣の天寧寺というお寺から、お寺の小僧さんが宿に来て重位に天寧寺の善吉和尚の言葉を伝えます。

 

「隣のお客人は剣術を心掛けて誠に奇特な御仁ではあるが、まだまだ素人のようだ。立木を打つ音を聞いていればそれが分かる。」

 

(まあ、考えてみれば大きなお世話ですよね・・・)

 

その言葉を聞いた重位はすぐに寺を訪ねて善吉和尚と話をしてみると、和尚は剣に対して造詣の深い人物だったそうです。

しかし、肝心なところになると「自分の流儀とは違う」と言って重位に多くを語りませんでした。

 

(わざわざ小僧を使いに出してまで「まだまだ素人のようだ」と伝えたのに?)

 

重位はその後もしばしば寺を訪ねて和尚に教えを乞いますが、和尚はなかなか教えてはくれません。

 

これを最後の日と決めて訪ねましたが、やはりその日も願いは受け入れられませんでした。仕方なく重位は障子に映る月影を見て「にごりえに映らぬ月の光かな」と一句を詠んで帰ったそうです。

 

その句を見た和尚は重位を呼び戻して自らの流派「自顕流」の極意を見せたそうです。そして重位はその場で和尚に弟子入りしました。この時、重位は28歳、善吉和尚は23歳だったと言われています。

 

こういう武術のいかにもな達人話は大好物です(笑)

 

しかし達人でなくとも、長いこと一緒に稽古していると音でわかることは結構あります。

もちろん達人とは次元が違いますが・・・

 

暗闇でしか聞こえぬ音がある

暗闇でしか見えぬものがある

今回はNHKの朝ドラ「カムカムエヴリバディ」を観ていない人には分からないかもしれません。

ごめんなさい!

 

今放映されている物語は3月で終わりますので、そろそろドラマも佳境に入ってきたかもしれません。

 

そんなドラマの中の棗黍之丞の決め台詞です。

 

「暗闇でしか見えぬものがある。暗闇でしか聞こえぬ歌がある」

 

先日、居合稽古中にこの決め台詞が頭をよぎった瞬間に悟りました!

 

いや嘘です。

悟った気がしました。

ん〜もしかしたら気の迷いかもしれません(笑)

 

坐禅ではカラスが鳴いても悟ることがあるそうで、悟るキッカケは人それぞれです。

 

「悟る」とは論理的に理解することとは違います。よく右脳と左脳がスパークするなんて言われたりします。このあたりは詳しくはわかりませんが、その日、全てが最高の状態で調和した瞬間がありました。その時に何かを「悟った」気がしました。

 

「あ〜これか〜!」

 

これを言葉で説明するのはなかなか難しいと思います。

 

「暗闇でしか見えぬものがある」

 

この台詞でイメージされるのは闇夜にぽっかり浮かぶ大きな月です。(だからドラマの主人公の苗字は「大月」?)

 

月は自ら輝くことは出来ません。

地球の裏側にいる太陽の光を受けてしか大きく輝くことが出来ません。

そして大事なのは闇夜の中でしか光り輝くことが出来ないということです。

 

私たちはどうしても見えるところ、動くところだけに意識が行きがちです。

そんな「暗闇でしか見えぬもの」がチラッと見えた瞬間でした。

 

そう言えば私の好きな「月」という絵の画家高島野十郎はこんなことを言っていたのを思い出しました。

 

「闇を描くために月を描いた。月は闇をのぞくために開けた穴です」

 

 

片倉小十郎死す

西郷輝彦さんのディナーショーを観に行ったことがあります。

2014年12月23日だったと思いますが、その時のことは良く覚えています。

 

特に西郷輝彦さんのファンだったわけではありません。その時は縁あってたまたま成り行きでそうなりました。

 

ディナーショーでは西郷輝彦さんの熱烈なファンの方たちがいて、西郷輝彦さんのショーよりも、その方々の迫力のパフォーマンスの方が目に焼き付いてます。

 

そのディナーショーではもうご自身の病気のことを語っていたと記憶しています。

そんな中でもファンの方々の激しいパフォーマンスに笑顔で応えながら汗を飛ばして熱唱されてました。

 

西郷輝彦さんはもちろん第一には名曲「星のフラメンコ」の歌手としての認識です。

しかし私は「独眼竜政宗」の片倉小十郎役の方が強烈に印象に残っています。

あの役は良かった!

 

いかりや長介さんが演じた黄頭巾の鬼庭左月と同じくらい西郷輝彦さんの片倉小十郎が好きでした。

 

ご冥福をお祈りします。

 

青江つながり

備中青江派の刀は澄肌と言われ「青き地に鉄色変りて所々黒目に見ゆる」という特徴があるそうです。

青江派の刀には有名な「にっかり青江」という名刀があります。

青江貞次の作とされていますが、この刀にはこんな伝説があります。

 

近江国の武士がある晩歩いていると、若い女が、にっかり笑いながら近づいてきたため、怪しんで斬り捨てたところ、翌朝、石灯籠が真っ二つになって転がっていた・・・

 

にっかり笑いながら近づいてくる人は昼間でも怖いです(笑)

 

先日、成田山新勝寺近くの鰻屋でうなぎが焼き上がるのを待っていたところ、テーブルの上に小冊子が置いてありました。ペラペラめくってみるとその中に歴史家の磯田道史氏が書いた「うなぎの始末」という文章がありました。

 

磯田氏の母親の実家が岡山県児島湾岸の八浜(はちはま)で、この地域は「ハチアオ」といわれる名鰻の産地として有名なんだそうです。磯田氏が子供の頃、その美味しいうなぎを食べていたというエピソードが書かれていました。元々は青江村(現在の岡山市南区青江)が「アオ」の由来とも言われているようですが、実は「ハチアオ」は黒の中にも青味がかったうなぎなんだそうで、磯田氏はその青(アオ)色が名前の由来なのではないかと書いてました。

 

これでやっとうなぎと刀がつながりました!

不思議な青江つながりです。

 

ぜひ青江の刀の青とハチアオの青を比べてみたいと思っています。

 

「あ~でも青江と言えばまず青江三奈だよな〜」などと思って焼き上がったうなぎを食べていると、刀を持った青江三奈がニッカリ笑って近づいてくる・・・そんな突拍子もない想像をしてしまいました。失礼!

 

ちなみに歌手の青江三奈さんは東京都江東区南砂の出身で「青江三奈」は芸名です。この芸名の由来は作詞家・川内康範が『週刊新潮』で連載していた小説「恍惚」のヒロインの歌手の名前だそうで、青江つながりの話とは関係なさそうです。

お後がよろしいようで。

 

見ずに見るという見方

2月13日付けの日経新聞文化面に写真家の鷹野隆大さんがこんなことを書いてました。

気になったので静稽録に書き記したいと思います。

 

「とりわけ写真の不思議さを感じるのは、主体との関係である。対象を的確に写そうとしたときに、「撮ってやる」という強い意志で臨むと、かえってうまく写らない。そういう写真は撮り手の自意識ばかりが目立って対象が見えてこないのである。うまく写すには、「見ずに見るべし」などと禅問答のようだが、経験値としては確かにある」

 

この記事を読んで、そう言えばH会のT先生も以前にこんなことを書かれていたことを思い出しました。

 

「整体の施術も、その核心部分は見えないものだったりすることがあるのですが、その見えないものを見ようとすると余計に見えなくなるということがあります。

見えないだけならまだいいのですが、思い込みや勘違いから見えた気になってしまうということもよくある話で、よくあるだけにこれはけっこう厄介です。」

 

見えぬけれどもあるんだよ、

見えぬものでもあるんだよ。

 

このシリーズ!?は、金子みすゞさんの詩しばり、でいくことに決めました(笑)」

 

T先生の思いはさらにその先に話が及びます。

 

宮本武蔵は五輪書水の巻「兵法の目付ということ」の中で

 

「眼の付け様は、大きに広く付るなり。観見の二つあり、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見ること、兵法の専なり」

 

と書きました。

 

坐禅の半眼でも似たようなことを言われます。『正法眼蔵坐禅儀』では、「目は開すべし、不張不微なるべし」とあります。見ているようで見ないボーッと目の奥で見る感じですかね。

いろいろな稽古

いろいろな稽古があります。

静稽会とご縁のあるA会さんとB会さんでは共通に実施している稽古があることを知りました。膝行による稽古です。

 

A会さんはこれを相手を設定して斬り返しでやっているそうです。これには退がる膝行も必要になるはずです。違っていたらご指摘下さい。

 

またB会さんはこれを上に遮蔽物を設定して(お寺の縁の下のようなところで)体に木刀を添わせた斬りと振りかぶりをやるそうです。

 

やってみました。

退がる膝行は慣れないと難しい?

でも面白い!

なるほどいろいろな効果が期待できそうです。

 

そういえば、昔部活で通称「アヒル歩き」という練習をさせられた記憶があります。

あれはキツかった!

今では「ウサギ飛び」同様に教育現場では否定されているようです。

 

「膝行稽古」はそれとは全く別物ですが、それでもやはりキツイ。

膝に故障を抱える方にはお勧め出来ないかもしれません。

 

A会さんでは腰を下げて斬り返しを行う稽古もやっているようで、う〜ん、なかなか稽古も多彩です。

 

これはトライアルですが、順手ではなく逆手(左右逆)での素振りもやってみました。こちらは某剣道会の稽古方法です。実はゴルフや野球などでも取り入れられている方法のようです。

 

人間は普段と違う動きを求められると、より体を意識するようになります。

静稽会の稽古方法の中にも左右前後を逆にした稽古があったりします。

また関口流「抜打先之先之事」の冒頭の動きを繰り返して稽古したりもします。これが膝の故障などで辛いようなら立ってやったりもします。この稽古はC会さんがやっている「左廻剣素振り」稽古に近いかもしれません。

 

あらゆる稽古で目指す動きを模索し続けています。恐らく最終的に目指すところはどの会も大きく外れてはいないはずです。

 

そしてある日いきなりパッ!とわかる時もあります。

しかし少しずつ少しずつじんわりと解っていくということの方が多いかもしれません。

あくまでも私の場合の話です。

良い稽古があればドンドンとトライしたいと思います。

 

私の差し料

これまで十年以上稽古をともにしてきた差し料を変えました。

 

実は今度の刀は手にしてから長い間、家の中で眠っておりました。

いつかはこの刀で稽古したい!

そしてきっとこれが私にとって最後の「相棒」になるだろうと。

 

これまでの刀は普段の稽古、そして試斬にもそのまま使っていました。

二尺四寸五分五厘(74.4cm)

切先から柄まで含めた長さは100cm

反り六分(1.9cm)

重さ1400g

直刃、柾目肌、生ぶ茎です。

樋はありません。

やや先反り。全体的に重ねはかなり厚いものの先の方はやや研ぎ減りして痩せたせいか、どちらかといえば鍔元側に重心がありました。ただ刀身の重さにしては振りやすい刀です。

 

先日から一緒に稽古を始めた刀は

二尺五寸二分(76.4cm)

切先から柄まで含めた長さは107cm

反り五分(1.5cm)

重さ1300g

 

直刃、小糠肌、生ぶ茎です。

樋はありません。

反りは尋常で鳥居反り。

身幅はやや広いものの重ねは尋常、研ぎ減りは少なく、どちらかといえば重心は前の刀よりも先の方にあります。

 

実はこの刀は7年ほど前に一度稽古で使っています。元々使っていた刀の鞘を新しくする必要があり、鞘が出来上がるまでの間に稽古で使いました。

ところがその時は長さと反り、そしてなにより重心の位置に慣れずに新しい鞘が到着すると一旦お蔵入りとなりました。

 

先日、永い眠りを覚まして久しぶりにその刀と稽古してみました。

以前とは全く違う印象です。

あの時はあんなに違和感を感じた刀がこんなにも体に馴染むとは。

 

刀は変わっていないので、変わったのは自分です。

あんなに手こずっていた刀とは思えません。それもスッと体に染み込むように使えました。

やはり輝く時が来たのかもしれません。

 

これも成長と受け止めてもいいのかな〜

 

T先生からのアンサー

前回の静稽録で「真剣は導かれ過ぎる」を書きました。早速、T先生からメール&アンサーブログをいただきました。

 

その答えがすごくカッコ良かったので一部紹介させてもらいます。

「稽古の主役はなにか?」に対するT先生の考えです。

 

 

「自身の稽古だからこそ主役は剣になり、自身は裏方になる必要があると考えています。

 

-中略-

 

主役の輝きは、鏡に映った裏方のそれでもあって、そこには主役も裏方もなく、ただ輝きだけがある。

 

武術で言えばこうした稽古の積み重ねが、我を消し、そうして浮かび上がる自分と出会い直し、更には道具や相手と一体になるような感覚を育むことにつながっていくと感じています。

 

かつて古人は、腰に帯びた刀の美しさ、勁さに見合う人になる。といった想いをもって稽古したという話をどこかで聞いたか読んだかした気がします。

 

そこには祈りにも似た何かが感じられて感銘を受けますし、武術を稽古する魅力もそこに集約されていると感じています。」

 

カッコいいなあ〜

 

「そこには主役も裏方もなく、ただ輝きだけがある。」

 

そんな輝きを見せていただいたことがあるからこそ、この言葉に心揺さぶられます。

真剣に導かれ過ぎる

先日、霜剣堂さんから今年のカレンダーを頂きました。

今年の表紙は則房、1月は信房でした。今年も刀カレンダーで楽しめそうです。

 

さて昨年末に武術家のT先生とお話しする機会がありました。先生はこんなことをおっしゃいました。

 

「真剣は使い易い」

 

私は先生も真剣稽古の有用性を語ったものと思って、「もちろん、その通り!」と思った瞬間にT先生の言葉が続きました。

 

「ただ導かれ過ぎるんですよ」

 

これってどういう意味でしょう?

 

先日、静稽録「桐木刀」を書いている時に何となくその真意が見えたような気がしました。

 

なぜあの時の私にとっては桐木刀の稽古が必要だったのか?

振り返ってみるとそこに答えに近いものがあるような気がします。

 

そもそも剣術や居合は真剣を使うことを前提としているはずであり、当然稽古もそうあるべきと思っていました。ゆえに稽古も真剣でやるべきと。

 

真剣は扱いによっては自他ともに大きな危険を及ぼします。しかしそこさえ気をつければ模造刀や木刀よりも使い易いというのも確かに事実です。これは静稽会で真剣稽古をしている人は全員認めると思います。

だとすれば・・・

 

真剣にこだわるあまり真剣が主役になってはいないか?

本来の稽古の主役はなにか?

使いやすい真剣にだまされていないか?

 

「真剣は導かれ過ぎる」の意味を考えると「稽古とはなにか?」がうっすら見えてくるような気がします。

 

T先生はそんな意味で言ったのではないと言うかも知れません。

今度お会いした時に聞いてみたいと思います。

 

昨年の刀カレンダー

お正月に霜剣堂さんの昨年カレンダーをしげしげと眺めておりました。
このカレンダーには月ごとに一振ずつ刀の写真が掲載されています。

1
月から12月まで計12振を改めて通しで眺めてみました。もちろん全部素晴らしい刀ばかりです。

結論は1月が私の一番でした。
この1月の刀はカレンダーの表紙にもなっています。
刀は芸州浅野家 国安(粟田口)

なんとも言えない凛とした気品があります。
小さな切先からスーッと伸びる緊張感のある曲線がたまりません。
焼き入れの瞬間に気を凝縮して封じ込めた刀姿に霊力すら感じます。

この姿、何かに似ていると思って、しばらく眺めていました。
あ~思い出しました。
宮本武蔵の「枯木鳴鵙図」です。
絵から伝わる静寂と緊張感がどこか似ている感じがします。

枯木と刀の姿が重なります。
武蔵はあの枯木の線を一筆で一気に引いたと言われています。張り詰めた空気感がそのまま絵に投影されている感じです。

人を斬るように線を引いている武蔵の姿を夢想してしまいました。

そういえば昔、仕事で中国に行った時に中国の有名な書道家とお会いする機会に恵まれ、書くところを見せて頂きました。

 

その書道家は静かに舞踏を舞うように書いていました。

そんな書き方を観たのは初めてだったので、すごく驚いた記憶があります。

そして書き上げた書には気が満ち満ちていました。

 

ちなみにその書道家は太極拳の名手でもあるとあとから教えていただきました。

舞踏だと思ったのは太極拳だった訳です。

いずれの道も底流には同じものが流れているのかもしれません。

前年のカレンダーから
これだけ楽しめればこのカレンダーも本望かも知れませんね。
残念ながら今年のカレンダーはまだ手元にありません。

心頭滅却すれば

寒い!

令和4年1月6日まだ松の内の都心に結構な雪が降りました。

こんなに雪が降ったのは4年ぶりだそうです。

 

最近は少し痩せたせいか昔に比べて寒さが身にこたえます。暖かそうな服をドンドン重ね着して痩せた分を補います。

 

ただ不思議なことに、着込めば着込むほど確かに暖かくはなりますが、寒さへのガードが緩い部分がより寒く感じるのです。それも結構辛い・・・

 

よく着物を着ると脚が寒いからと股引きをはきます。すると確かに脚は暖かくなりますが、今度は足がより冷たく感じます。

さらに足袋をはきます。すると股引きと足袋の隙間がもっと冷たく感じます。

 

どうしたら良いものか?と思っていたら、そこをカバーする「着物用レッグウォマー」とでも言うのでしょうか、ちゃんと通販で売ってました。感じることはみんな同じなんですね。

 

試しに厚着をやめてみると(諦めてが正しいかも)、全身は多少寒いものの、部分的な寒さはあまり感じなくなります。

う〜ん、むしろこっちの方が心地良いかも知れない。

 

寒さを体の一部ではなく全身で少しずつ分担して引き受ける方法とでも言ったらいいのでしょうか。

もしかしたらこの方法は別のことでも使えそうです。

 

「心頭滅却すれば火自ずから涼し」

 

小さいころよく父に言われました。

この意味はもしかしたらこんなことだったのかも知れない・・・

と思った大雪の日であります。

違うかっ!

2022年令和4年壬寅

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 

今年は寅年ですね。

正確にいうと壬寅(みずのえとら)となります。

 

よく十二支(じゅうにし)といいますが、これはよくご存知の子(ね)、丑(うし)、寅(とら)・・・の12種類の動物(動物とは言えないのもいますが)になぞらえたものです。

この十二支(じゅうにし)が干支(えと)の意味で使われることもありますが、本来は十干十二支(じっかんじゅうにし)を略したものです。

 

あまり聞き慣れない十干ですが、甲(きのえ)、乙(きのと)、丙(ひのえ)、丁(ひのと)、戊(つちのえ)、己(つちのと)、庚(かのえ)、辛(かのと)、壬(みずのえ)、癸(みずのと)です。

 

最初の甲乙丙丁(こうおつへいてい)はどこかで聞いたことがあるかもしれません。昔の通信簿はこれでつけられました。私の時代は違いますよ(笑)。もっと昔の話です。

例えば「甲乙つけ難い」なんて言いますよね。最近では「鬼滅の刃」の鬼殺隊の階級にも使われています。

 

干支は十干と十二支を組み合わせたものです。二つの順番通りの組み合わせが60通りで還暦の出来上がりとなります。

 

甲子園は甲子(きのえね)の年に竣工したことで名付けられましたし、戊辰戦争も同じ理由です。

 

そんな訳で2022年(令和4年)は十干では壬、十二支では寅となり、干支では壬寅(みずのえとら)となります。

 

寅は虎ですが、「決断力」や「才覚」の象徴だったり、「始まり」の意味もあって縁起が良い動物とされています。また壬(みずのえ)は十干の九番目で陽、その読みの通り水で海や大河を象徴してます。

今年は大海に明るく漕ぎ出すような年になるかも知れません。

 

さて強い虎ですが、そんな虎にも恐れる動物がいます。

それは象です。しかし、象は竹林に入った虎には手が出せません。

象は竹林では牙が引っかかって身動きが取れなくなるからです。よく目貫などで竹に虎の意匠があるのはそんな理由からです。

 

新年から話があちこち飛びすぎましたね。

それにしても日本は西暦、和暦、干支などがあってなかなか複雑です。

でも意味のないものは無いと言う目で見るとそこには面白い景色が見えてきます。

 

今年も好奇心の赴くままに静稽録を書こうと思ってます。よろしくお願いします!

 

 

桐木刀

稽古を始めてまだ間もない頃に肘を痛めてしまったことがあります。

そんな時に桐で出来ている木刀があることを知りました。

 

想像以上に軽い桐木刀です。

太くて重い木刀を振る稽古は聞いたことはありましたが、軽い木刀を振る稽古ってどうなのか?と思いつつ、桐木刀での稽古に臨みました。

 

振ってみると見事に桐木刀がブレまくります。思いがけない動きをする桐木刀を見て、これが今の自分の素振りだと認めざるをえませんでした。

 

そうか、だから肘を痛めるのか・・・

 

腰を据えてじっくりと桐木刀と向かい合う覚悟をしました。

 

体の一部に負荷のかかる振り方

不必要な握り込みの強さ

相反した筋肉の動き

間違った関節の使い方

タイミングなど

桐木刀はいろいろなことを静かに教えてくれます。

 

この稽古は刀の振り方だけではなく、それまでの体の使い方全体を見直す良い機会になったと思っています。

 

数ヶ月ほど桐木刀稽古を続けた結果、通常稽古でも肘の痛みは全く無くなりました。

そしてその時の稽古のおかげでその後十数年経ちましたが、肘が痛くなったことはありません。

さらには以前よりも刀が軽く感じるようになりました。

 

世の中に無駄なことは一つも無いのだと思います。

今、その桐木刀は別の人に稽古をつけています。

 

どんなことでもそこから何を得られるか、得られないかはその人次第なのだと思うのです。

 

今年最後の静稽録を読んで下さってありがとうございました。

来年も引き続き楽しく、静かに稽古を続けていきたいと思っております。


それでは良いお年をお迎え下さい!

 

人目クリーム

美容師で「美容家」だった母は「誰でも必ず美人になれる化粧品がある」とよく言っていました。

その商品名は「人目クリーム」。

 

要は人に見られることが美容に効く一番の化粧品だと言うのです。

確かに最近のマスク生活でマスクの下の皺が増えたなんていうことをよく耳にします。

 

化粧をしなくても良い、髭を剃らなくてもいいからマスクは便利だ、なんて言っているとドンドン皺が増えてしまうかもしれません。

 

「人目クリーム」の原料は緊張感です。

 

また先日、テレビを観ていたらこんなCMが流れてました。

 

緊張している部下に上司が言います。

上司「プレゼン初めてか?」

部下「はい」

上司「良いなあ〜初めて」

部下「えっ!」

上司「初めてってものが無くなるのもさみしいもんだぞ」

部下「そういうもんですか」

上司「今、いい顔してるぞ!」

 

確かに過度の緊張が心や体に変調をきたすこともありますが、全く緊張感がないというのも刺激が無くてつまらないものです。人間は刺激を求める動物なのかもしれません。

 

静稽会では年に一度みんなの前で形を披露し動画記録する稽古総見を実施しています。見られる緊張感が普段の稽古の刺激にもなります。

 

稽古総見では適度な緊張感を楽しみながら身体が動けば満点です。そして緊張感で洗われた形はなにより美しくなります。

 

忠臣蔵に寄せて

12月14日と言えば忠臣蔵.。もうすぐです。

先日、本所松坂町から泉岳寺までの赤穂義士凱旋の道を自転車で辿ってみました。激しい戦闘のあと武器を携えたまま、あれだけの距離の雪道を歩いたというのは驚きです。

そんな赤穂義士たちも最後は切腹したわけですが、そんな赤穂義士たちの切腹の話です。

 

昔、「切腹」という映画を観て衝撃を受けた記憶があります。

 

「切腹」は小林正樹監督、仲代達也主演の1962年公開の映画ですが、2011年には「一命」というタイトルで三池崇史監督、市川海老蔵主演でリメイクもされています。こちらの映画も素晴らしいです。

 

どちらも原作は滝口康彦「異聞浪人記」です。「切腹」の仲代達也と丹波哲郎の決闘シーンは真剣で撮影されたと言われています。今では考えられないですね。名優揃いでなかなか見応えのある作品です。

 

海外では「ハラキリ」と言えばそのまま通じるほど有名です。今でも切腹が武士の代名詞のように思っている人もいるかも知れませんが、実は江戸時代も元禄の頃には切腹の作法を知っていた武士はそれほどいなかったようです。

 

「忠臣蔵」に出てくる奥田孫太夫は本懐を遂げた後、白金の熊本藩下屋敷へ預かりになりますが、熊本藩士の堀内伝右衛門との間でこんなやり取りがあったと「堀内伝右衛門覚書」に記されています。

 

「さて私は切腹の仕様存ぜず候。いかが仕るものにて候やと申され候につき、我等申し候は、神以て私も終に見申したることござなく候」

 

まあ現代風にすれば多分こんな感じのやり取りだったと思います。

 

奥田孫太夫「それがしは切腹のやり方を存じませぬゆえ、かようにしたらよろしいかお教え下され」

 

堀内伝右衛門は「いやいや、お教えして差し上げたいのは山々なれど、なにせ我らも見たことありませぬものですからお教え出来ないのです」

 

えっ?え〜!

 

奥田孫太夫と言えば江戸急進派の重鎮で当時57歳。また堀内伝右衛門も同じ歳です。そんな年齢の人でも切腹の仕方を知らなかったとすれば、後は推して知るべし。

それにしても赤穂義士が切腹のやり方を知らなかったとは驚きです。

そんな平和な時代に起きた忠臣蔵だったからこそ当時でもすごい出来事だったのだろうと想像できます。

 

ちなみに新橋にある和菓子屋新生堂には「切腹最中」なるものがあります。

浅野内匠頭がお預けになった田村右京大夫上屋敷跡にお店があることからそんな最中を作ったそうです。

 

最中の形が切腹をイメージしているような、していないような・・・

味は素晴らしいです!

12月14日には赤穂義士を偲んで食べてみるのもよろしいかと。

 

極楽

「どれくらいたったかな?」

「あとどれくらいかな?」

 

坐禅で坐っていると時々こんな思いが頭の中を巡ります。

全く坐禅になってませんね。

 

稽古をしている時にも同じようなことがあります。

もちろん、そんな時は稽古になってません。

 

菊池寛に「極楽」という小説があります。

 

京師室町姉小路下る染物悉皆商近江屋宗兵衛の老母おかんは周りから惜しまれつつも極楽に向かいます。

 

長い道のりの果てにようやく極楽に到着するとそこには先立った夫で先代の宗兵衛が座っています。その夫の隣に静かに坐って過ごす日々。

 

極楽は痛くも痒くもない、腹も空かない、暑くも寒くもない、苦しいことも一切ない世界です。美しい景色と音曲の中で静かに時が流れます。

やらなければならないことはなんにもない。ただただ坐っていればいいだけの世界。

 

おかんは夫に聞きます。

「何時まで坐るんじゃろ。何時まで坐っとるんじゃろ」

 

すると夫の宗兵衛は吐き出すように言います。

 

「何時までも、何時までもじゃ」

 

おかんは聞き返します。

「そんなことはないじゃろう。十年なり二十年なり坐って居ると、また別な世界へ行けるのじゃろう」

 

すると宗兵衛苦笑しながら言います。

 

「極楽より外に行くところがあるかい」

 

やがて未来永劫坐り続ける二人。

おかんは突然こんなことを言い出します。

 

「地獄は何んな処かしらん」

 

人とは不思議な生き物です。

 

大稽古会

今年はコロナ禍の影響で稽古のできなかった日も多く、静稽会3大イベントの総会、稽古総見、合宿もできませんでした。

 

このところコロナが少し落ち着いてきたことから本日「大稽古会」を実施しました。なにか特別なことをした訳ではありません。普段の倍の時間をかけて一年間の総ざらいの稽古を実施しただけです。

他流の先生方にもご臨席いただき、貴重なお話も伺うことができました。懐かしい人に会うことも出来ました。

 

そしてコロナ禍で稽古がままならなかった一年を振り返って、改めてみんなでやる稽古はいいもんだと実感しているところです。

 

先日、毎回静稽録を読んでいるという方からメールをいただきました。

実は静稽会の稽古に参加したいが今は個人的な諸事情あってそれが出来ないと書いてありました。そして稽古に参加できるようになる日が来るまでは静稽録を読ませていただますとありました。

嬉しい限りです。

 

考えてみればコロナ禍だけでなく稽古したくてもできない人がいます。

 

病気やケガでできなくなる

仕事の事情でできなくなる

家族の事情でできなくなる

世の中の事情でできなくなる

理由はいろいろです。

 

稽古できるということ自体が実は極めて恵まれたことなのかもしれません。

これまであまり意識したことはありませんでしたが、コロナ禍の一年と相まって、いただいたメールが心に沁みました。ぜひいろんな事情がクリアされた時には静稽会の稽古に加わって欲しいと願っています。

 

今、コロナの新変異株が再び猛威を振るうのではと懸念されています。

実は私たちに与えられる「稽古が出来るチャンス」は意外と少ないのかもしれません。

 

今はただ稽古が出来る幸せを噛み締めております。

 

三屋清左衛門残日録

「日残りて昏るるに未だ遠し」

 

藤沢周平作「三屋清左衛門残日録」NHKで1993年に放映された番組です。冒頭にこの言葉が流れます。

 

三屋清左衛門は元用人で今は息子に家督を譲り隠居したばかりの身。すでに妻には先立たれています。

 

無外流の使い手で最近では道場にも復帰して子供たちを指導しています。まだまだ若いもんには負けんと頑張っていますが、やはり周りからは「御隠居」と呼ばれる日々。

 

三屋清左衛門は仲代達矢が演じています。物おじしない息子の嫁里枝役には南果歩。この役柄がまた良い。

幼馴染で現役奉行の佐伯熊太役の財津一郎もいい味出してます。その他の俳優も名優揃いです。

 

もうそれほど生臭くはないものの、完全に乾き切ってもいない絶妙な「半生」の年齢を楽しんでいる日々は自身にも重なるところがあります。

 

「老骨に鞭打つ」

「年寄りの冷や水」

「老醜を晒す」

「少年老い易く学成り難し」

「老いては益々盛んなるべし」

「老馬の智」

「老い木に花」

 

ドラマを観ながらいろんなことわざが頭に浮かびました。

 

そんな三屋清左衛門が好きな漢詩が出てきます。

 

王維「辛夷塢」

 

木末芙蓉花

山中発紅蕚

澗戸寂無人

紛紛開且落

 

木の梢なる芙蓉の花

山中に紅き花を開き

谷の枢(とぼそ)には廖(せき)として人なく

芬々(ふんぷん)として開きかつ落つ

 

人生も稽古もかくありたいと思うのであります。

 

ただ一つ、ドラマの中の三屋清左衛門の言葉

 

「いい嫁は味噌汁が美味い!」

 

これには同意出来かねます。

 

貫級刀

先日、ご縁のある方から私の元に貫級刀がやってまいりました。

貫級刀は馬針とも言います。

 

馬は長時間に渡って走らせると脚部が鬱血状態になるそうです。そこで昔は脚部に傷をつけ出血を促し、一時的な処置を施すために馬針を用いたようです。

次第に形骸化して刀剣外装になったと言われています。

 

貫級刀は合戦の際に討ち取った敵将の首に突き刺して首板に固定するための道具です。「首級」と書いて「しるし」と読みます。「御首級」は「みしるし」となる訳です。

これは中国においては首を取ると武勲で一階級上がったことが由来だそうです。

面白いですね。

 

私の「貫級刀」の尾部には猪目形の穴が空いています。自分の名前を書いた紙や札を紙縒などで結びつけるための穴ですが、猪目形には魔除けの意味合いもありますから、あ〜なるほど〜となりますね。全てに意味があります。

 

さらにこの貫級刀には刃の部分に雷除の文字と菊紋が彫られています。雷除けのお守りでもあるようです。また柄の部分には漢詩?のような文字が彫ってあります。

 

漢詩?の方は調べても正確にはその意味は分かりませんでした。漢字から想像するしかありません。

 

豈好多馘 王家禦侮

遺功千載 威名赫古

千摹千佩 肅仰厥武

 

こういうことに詳しい方がいましたら是非ご教授下さい。

 

意味はなんとなくではありますがわかります。

貫級刀を使う人の想いが詰まっているようです。

 

またこの貫級刀は測ったわけでもないのに、私の脇差の小刀櫃にピッタリ収まりました。私のもとに来るべくして来たようです。

デジタルデトックス

「デジタルデトックス」という言葉があるそうです。

 

一定期間スマートフォンやパソコンなどのデジタルデバイスとの距離を置くことで現実世界でのコミュニケーションや、自然とのつながりに向き合ってストレスなどを軽減させることを言うのだそうです。

 

確かに気がつくとスマホを見てます。

電車内は下を向いてスマホを見ている人たちばかりです。

 

中央公論新社 森三樹三郎訳 「荘子I」の荘子外篇 第十二天地篇の中にこんな話があったことを思い出しました。

 

子貢(孔子の弟子)が旅した時、苦労して水汲みをしている老人がいて、その老人にこんなアドバイスをします。

  

「水汲みには「はねつるべ」という機械があって、もっとたくさんの水を汲むことが出来ますよ」

 

すると老人はこんなことを言います。

 

「わしはわしの先生から聞いたことがある。機械をもつものには、必ず機械にたよる仕事が増える。機械にたよる仕事が増えると、機械にたよる心が生まれる。もし、機械にたよる心が胸中にあると、自然のままの純白の美しさが失われる。純白の美しさが失われると、霊妙な生命のはたらきも安定を失う。霊妙な生命のはたらきの安定を失ったものは、道から見離されてしまうものだ」

そして

「わしも、その機械のことなら知らないわけではないが、けがらわしいから使わないまでだよ」

 

スマホやパソコンを無くすわけにはいきませんが・・・

あまり機械にばかり頼っているととんでもないところに行き着いてしまうかもしれません。

奥山念流再び

小学生から高校生まで私は町道場で柔道を習っていました。最初に教えてくれたのは青木師範でした。

 

その道場では青木師範の上にはご高齢で紅白帯の茂木師範、下にはもっぱら試合の実戦的な指導する高橋師範がいました。

 

先日、地元に帰って奥山念流のことを調べていたところ、奥山念流についての資料を編纂しているM氏から貴重な話を聞くことが出来ました。

その際に奥山念流の系譜の中に青木という姓の方がいることが気になっていた私は思い切ってM氏に聞いてみました。

 

すると私を指導してくださっていた青木師範は奥山念流柔術を伝承された一人だったというのです。

奇しくも私は奥山念流の「柔術」に接していたわけです。

 

実は私が青木師範から最初に教えられた投げ技は跳腰でした。一般的に跳腰は初めて柔道を習う小学生に教える技ではありません。私はこの跳腰は柔術色の濃い技だったのではないかと想像しています。跳腰は釣腰や払腰、内股に近い技ですが、奥山念流にもこの技に近いものがあったのではないか?

そんなことを夢想しています。

 

青木師範は既に亡くなっており、さらにその息子さんも既に亡くなってます。

現在、奥山念流の伝承者はいません。

 

そんな時に奥山念流剣術を語るときに必ず名前が出てくる橋爪国五郎という人の家が私の親戚筋にあたるという話が出てきました。

もしかしたら資料などがあるかもしれません。

これから楽しみです。

 

動なる稽古、静なる稽古

「居合は動禅である」は正しいのか?

そんな思いから始めた坐禅でした。

もう随分と経ちました。しかしまだ答えは出てません。

 

ただ最近では坐禅をあまりにもmental面からのみ取り上げていないか?

という思いに至っています。

 

「居合は動禅である」も坐禅のmental面から見た居合の感が拭えません。

 

前にも書きましたが、長い時間かつ心穏やかに坐り続けるにはある程度の経験とテクニックが必要です。

 

間違いを恐れず言い切ってしまえば、まず力を抜くこと、そして軸を保つことが肝要になります。

しかし実はこの二つは矛盾してます。

 

力を全部抜いてしまえば坐っていられません。軸を保つためには最低限必要な部分の筋肉は必要です。そのバランスのコツを掴むにはある程度の時間が必要になります。

 

これ、どこかで聞いたことないですか?

そうです。居合稽古中にもよく言われることです。矛盾した身体の使い方を同時に求められる難しさ、わかりますよね。

 

心を穏やかに保つためには、坐り方は重要です。痛い、痺れる、苦しい、辛いでは長時間穏やかな心を保つことは出来ません。正しく坐ることは言わば身体が楽になるように坐ることです。そして楽に坐り続けるためには力を抜くこと、軸を保つことが必要になります。

 

そういう意味では動く居合と違って、静かに坐っている坐禅は究極のphysical稽古とも言えます。

 

動かないphysical稽古

 

もしかしたら居合にはこの静かなphysical稽古が必要なのではないか?

そんな風にも思えてきます。

 

坐禅の居合に対するmental面の効果はもちろんですが、physical面の効果にもっと目を向けても良いのではないか?というのが今のところの命題に対する私の思いです

 

「坐禅は静居合である」

 

居合にはphysical面で動なる稽古と静なる稽古が必要なのではないかと感じています。

 


 

武士草履

人気の観光地などに行くとよくこんなことを言ってる人がいます。

 

「いやだ〜!なんでこんなに混んでるの〜!信じられな〜い!」

 

いやいやあなたもその人混みの一人ですから〜残念〜!

ギター侍(波田陽区)風

(かなり古い?)

 

あ〜でもそれ自分も言ってるかもなー!

再び残念〜!

 

山本周五郎に「武士草鞋」という作品があります。

     

出羽国新庄藩出身の武士宗方伝三郎は潔癖で正義感の強い性格です。

曲がったことが大嫌いで、融通が利きません。そんな訳で正しいことが通らない世の中に対して不満を募らせます。

     

そんな宗方がお家騒動の中、持ち前の正義感から藩を辞することになってしまいます。

その後、江戸に出るも金儲けばかりに執着する人たちに嫌気がさし、正しいことが通らないこの世を儚んであてもなく東海道を歩きます。歩いて、歩いて、そして行き倒れ。そんな時、律儀な老人と孫娘に助けられます。

 

しばらくその家で世話になっていましたが、何もしないでいることに慚愧の念が起こり、故郷でよく作っていた丈夫な草鞋を作って売ることで役に立ちたいと考えますが・・・

 

やはり世の中は儘ならないと知るべし。しかしそれは本当に自分が正しくてすべて世の中が悪いのでしょうか?

     

続きに興味のある方はぜひ読んでみてください。新潮文庫「つゆのひぬま」に収載されてます。

山本周五郎の時代小説は名作揃いです。

 

ちなみに私は名優鈴木瑞穂氏の朗読CDで聴きました。鈴木瑞穂氏の朗読は最高です。引き込まれます。

 

ほどほど

売れていないお笑い芸人ほど久しぶりにテレビに出たりすると張り切り過ぎて、「やってやるぞー!」という思いが前面に出るためか、空回りして面白さが半減してしまいます。もう少し力を抜いてほどほどにやれば面白いはずなのにと思ったりします。

まあそれが出来れば売れているはずです。

 

新しい動きを稽古している時など同じことを思う時があります。

 

あの稽古の時はそんな状態だったと、後から気がついたりします。

 

あんなに鐘木を切らなくてもよかったのに・・・

あんなに振りかぶらなくてもよかったのに・・・

あんなに斬り過ぎなくてもよかったのに・・・

あんなに無理して稽古しなくてもよかったのに・・・

 

やり過ぎると元に戻すエネルギーと時間がかかります。全体のバランスも崩れます。

 

人のことはよく見えます。

でも自分に振り返ってみると意外と気がつかないものです。

 

ほどほどが良いのですが、そのほどほどがよく分からない。だから難しい。

 

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」

 

名言です。

 

土方歳三の想い

新撰組の土方歳三の愛刀はご存知、和泉守兼定です。

土方歳三の人物像が強烈なだけにどうしても刀の方に関心が行きますが、日本刀は刀、鍔、鞘、目貫などの総合芸術です。むしろ持ち主の普段の「想い」は刀以外の刀装具に現れるのではないかと思ったりします。

 

刀自体がまさに人斬り包丁な訳ですから、殺伐さを中和させるような刀装具を選ぶのは自然な成り行きかも知れません。

 

若い頃は龍や虎など厳つい刀装具をこれでもかと言わんばかりに飾り付けていました。年齢を重ねると段々と「あ〜随分いきがってたなぁ。カッコ悪いなぁ」と思うようになってきます。

 

逆に見方によっては静かで殺生を諫めるような意匠の方が刀とのコントラストで恐ろしく感じたりします。

 

筋者の背中に彫られている刺青なども般若や龍虎より観音様の方がより想像力が働きます。

 

さて、かの土方歳三の刀装具はどんな感じなのでしょうか?

 

鞘は会津塗りで、鞘の表に、鳳凰と牡丹唐草が、それぞれ2つずつ描かれています。

牡丹は百花の王です。「幸福」や「高貴」などの意味があります。

また鳳凰は中国の伝説の鳥で「平和」で「幸せな」世界が実現されるときに現れる瑞鳥と言われています。雌雄同体で「夫婦円満」のシンボルにもなってます。

鞘に描かれた鳳凰は、1羽が普通に飛んでいる姿で、もう1羽が見返り鳳凰となっていて、なんだか意味深です。

 

目貫は枝山椒図です。山椒の花言葉は「健康」です。

また山椒は薬草としての役割もあったようで、土方家の家業のルーツにも繋がっているのかと深読みしたりします。山椒は「厄除け」「魔除け」の意味で用いられることも多く、山椒の赤・強い香り・トゲとすべてが魔を寄せ付けない意味合いも含まれてます。

 

最後は鍔です。意匠は七夕図です。

留守模様ですね。墨と梶の葉が描かれています。

七月七日の朝、露を集めて墨をすって梶の葉に詩をしたためると、「学芸が上達」するという言い伝えがありました。

 

留守模様というのも良いですよね。洒落てます。奥ゆかしい表現が素敵です。

ちなみに私の大事にしている目貫はカラスの濡れ羽色の赤銅で杖と笠だけの西行法師留守模様図です。

ちょっと渋すぎますね。

 

そして鍔に彫られた墨の中には「圓滿」と書かれています。これは夫婦円満の円満とは意味が違い、願い事がすべて満たされるようにという意味です。

 

どうでしょう。刀装具から土方歳三の想いが伝わってきませんか。

 

公儀介錯人

「子連れ狼」はよく観てました。

拝一刀(萬屋錦之介)の殺陣は凄かった!

 

今、居合や剣術などをやっているのは、もしかしたら拝一刀の姿が目に焼き付いているからかも知れません。

 

拝一刀は「公儀介錯人」です。

もちろん「公儀介錯人」という役職はありません。しかし、音で聞いても「こうぎかいしゃくにん」という響きはすでにカッコイイ。そしてその後に「おがみいっとう」と続くともう完璧です。まあ「公儀介錯人」の前に「元」が付きますが。

 

しかし現実の切腹を介錯する人は大変だっただろうと想像します。実際には介錯する人は一人ではありません。「介錯」の他に「添介錯」「小介錯」と三役があったそうです。

 

「介錯」はもちろん切腹する人の首を落とす人、「添介錯」は短刀を乗せた三方を持ってくる人、「小介錯」は切腹終了後に首実検に供える人になります。

 

介錯は添介錯が三方を切腹する人の前に置くの見計らって身構えをします。そして切腹する人が三方を引き寄せようとして手を伸ばし、首筋が伸びた瞬間に・・・

えっ!腹は切らないの?

 

まあそれが理想でしょうが、実際に腹を切った例はあまりなかったそうです。

 

そうなると介錯が刀を振り下ろすタイミングはかなり難しくなります。

 

天保年間に書かれた「自刃録」(沼田藩士工藤行広著)にはそのタイミングについて「四ッの間」を示しています。(「三ッの規矩」というのもあります)

 

1番目は添介錯が三方を据えて退く時

2番目は切腹人が三方を引き寄せる時

3番目は刀を取る時

4番目は腹へ短刀を突き立てた時

 

 

また添介錯が三方を置く時には切腹人から三尺ほど離すそうです。

 

「兎角に前へおびく工夫をするなり」

 

切腹人の身体が前に伸びるようにするのが添介錯の役目であり、もし切腹人が三方をもっと近くにして欲しいと言われた場合でも「これが定法でござる」と断ったそうです。

 

またこの介錯とは別に「介添」もいました。こちらは小刀を差し、切腹人が暴れた時に取り押さえたり、小刀で刺して大人しくさせる役目です。また恐怖で切腹人が立てない時などは立たせて歩かせることもあったそうです。

 

ちなみに拝一刀の愛刀はご存知「胴太貫」ですが、本来は肥後地名の「同田貫」が由来と言われています。しかし試し斬りの時に胴を切り貫き、下の田まで切り裂くことから「胴田貫」などとも呼ばれており、フィクションとはいえこちらの方が俄然インパクトはあります。

 

テレビで初めて「子連れ狼」を観た時には「ドウダヌキ」という音に戦国の響きを感じました。音も大事な演出だったのかも知れません。

 

敬老の日

9月20日は敬老の日です。

私は敬う方になるのか?

それとも敬われる方になるのか?

 

人生100年と言われて久しいです。とうとう100歳以上のご長寿さんが過去最多の8万6000人を超えたそうです。

大変めでたいことです。

これだけご長寿さんが増えたということは私はまだまだ敬われる方には入らないようです。

 

そう言えば昔、丹波哲郎という方がいました。

「キーハンター」や「Gメン'75」で先日亡くなった千葉真一と共演していた俳優です。随分前に亡くなりました。

その丹波哲郎の有名な言葉があります。

 

「あの世とこの世は地続きだ!」

 

そんなもんなのでしょうか?

 

なにぶんあの世に行ったことがないので

よく分かりません。

 

ある健康セミナーで講師の医師が参加者にこんなことを聞きました。

 

「皆さんは何歳まで生きたいですかー?」

 

年齢層の高かったセミナーだったせいか、ある参加者から

 

「私はもういつ死んでもいいと思ってるんですよ」

 

という答えが返ってきました。

 

「そう思っている人は?」

 

結構な人たちが手を挙げました。

 

するとその医師は

 

「じゃあ今日死ぬとなったらどうですかー?」

 

と聞くと

 

「それは困る」

 

確かにいつ死んでもいい人は健康セミナーなんかに参加しません。

 

みんないつまで生きられるかは選べません。お迎えがいつなんどきやってくるかは誰にもわかりません。それなのに漠然と自分だけはまだまだと思っているというのはなんとも滑稽な話です。

 

昔のある武士は答えを「葉隠」に探しました。

 

「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

 

言い切りましたね〜時代もあるかもしれません。

 

武士の時代と比べれば、今はそれほど死が身近なものとは言えない時代かも知れません。しかしこのコロナ禍でイヤでも身近に意識せざるを得なくなりました。

 

自分は一体何歳まで生きたら満足するのか?

 

マハトマ・ガンジーは


「明日死ぬかのように生きよ」

 

ジョンレノンはこうです。

 

Imagine there's no Heaven

 

一休さんはこう言いました。

 

門松は冥土の旅の一里塚

めでたくもあり めでたくもなし

 

もしかしたらある意味「あの世とこの世は地続きだ!」はいいとこ突いているのかもしれません。


相槌

皆さんは相槌を打ったことはありますか?

 

「うんうん」

 

いやいやその相槌じゃあなくて、刀鍛冶が鋼を鍛える時の相槌です。

 

鋼を折り返して鍛えることを鍛錬と言います。鍛錬は不純物を取り除き、鋼の中の炭素量を均一化させることが目的です。

 

昔の刀鍛冶はこの鍛錬に槌(ハンマー)を使っていました。

師匠は小槌を使って弟子にどこにどれくらいの強さで大鎚を打って欲しいかを金敷(台座)を叩いて知らせます。

それに合わせて弟子は「相槌を打つ」ということになるわけです。

これが「相槌を打つ」の語源です。

 

最近では、相槌を打つ役割である弟子の「先手」の役割は機械のハンマーに代わっているようですが。

     

私はこの大鎚を持たせていただいたことがあります。静稽会刀剣顧問のH刀匠のものでした。振り上げてみると、これが恐ろしいほど重くて、とてもH刀匠のように振り上げられるものではありません。

     

振り上げるのさえ四苦八苦していた時、むしろ振り下ろす方が難しいのだと教えてくれました。

いわゆるハンマーヘッドの部分を鋼に対して均一に垂直に振り下ろすのは相当難しいそうです。確かに言われてみればその通りです。

 

H刀匠が振り上げ方を見せてくれました。

     

あっ!これどこかでみたことがある!

H刀匠の大鎚の振り上げ方はまさに薩摩の剣の構えそのものでした。

     

静稽会で薩摩の剣の使い手であるHKさんがH刀匠に「弟子入り」したと言ってました。もしかしたらHKさんも大槌の構えの向こうに薩摩の剣を見ていたかもしれません。

 

 

夜明けの月影

藤沢周平「夜明けの月影」という作品があります。

 

「すばやく、失った間合いを取りもどそうとしたのだ。とっさの空打ちは、新陰流では魔ノ太刀と呼ぶ刀法である。」

 

「八十郎が空打ちをしたとき、宗矩はもう刀を攻撃の横上段に構えていた。そこから疾風の打ちこみを八十郎の左拳に放ち、さらに踏みこんだ同じ姿勢のまま、目にもとまらず刀を返すと、右拳を打った。-中略-すばやくはげしい攻撃は、遠く陰流の祖愛洲移香斎の猿飛に起源する燕飛六箇乃太刀のうち、月影の刀法である。」

 

昔、この作品を読んだ時には描写の動きが完全には想像出来ませんでした。

 

静稽会は他流派も稽古します。この数年、燕飛六箇乃太刀も稽古に取り入れるようになりました。十分示唆に富んだ太刀だと感じたからです。

 

今は「夜明けの月影」の作品描写が自身の動きに重なって、よりリアルに迫ってきます。読み返すと以前とは違った迫力が感じられます。

 

同じものでも受け取り側の経験や知見が変わるとその世界観が大きく変わるというのは良くあることです。

 

あらゆるものが年を重ねると色どり豊かに、厚みを増して、奥深くなっていくようです。若い頃は気がつかなかった草花や山や川、雲さえも何かを訴えてくるように目に入ります。

 

今生きている世界がどう見えるか、どう感じられるかはそこに至る日々をどう過ごしたかにかかっているのだとしみじみ考えさせられます。

 

江戸時代の試斬会

静稽会は基本的には毎月試斬会を実施しています。

昨日はその試斬会の日でした。試斬会は静稽会発足以来、すでに相当な回数を実施してますが、やはりいつまでも慣れません。無事に終わってホッとしているところです。

 

私たちの試斬会では畳表を巻いて水に浸したものを斬りますが、江戸時代の試し斬りは罪人の処理死体を斬っていました。

 

結構凄惨な状況が資料にも残っています。処理死体が貴重だったこともあり、試し斬りは私たちが想像するよりも遥かに細かく切り刻んだようです。

 

また、試し斬りには検分役がいたらしく「検使役」と呼ばれていました。

 

出羽国庄内藩士小寺信正の書いた「志塵通」にはこんなことが書いてあります。

 

「凡そ切れ口を見るは、手を入れて骨の切れやうをさぐり見るなり」

 

絶対に「検使役」はやりたくないですね。

 

試し斬りでは何をどう斬ったかが問題にされているわけです。

 

「よく切れてはなれたるは、あばら骨居所にありて切れはなるるなり。切れの鈍きは骨と骨寄り合いて居所に居らぬなり」

 

要は斬り口に手を入れて骨の具合を確認すると、きれいに斬れている場合は骨は位置を変えずにその場でスパッと斬れているが、ダメな斬りは骨と骨がくっついて元の位置にないと言っているのです。

 

元々は刀の性能確認のためだった試し斬りはこの資料が書かれた享保年間には武芸の一種とされていたようです。

 

つくづく江戸時代の武士に生まれなくて良かったと思います。

 

静稽会の試斬会でも袈裟斬りの場合など畳表の上の部分が遠くに飛ばずにストンとそのままの状態で落ちる斬りは手応えも無く、斬れていないのではないか?と一瞬戸惑う時があります。実はこれが一番綺麗に斬れた時です。さらに上手く斬ると刀だけが斬り抜けて巻いた畳表は一瞬そのままの状態で残ります。しばらくすると上が滑り落ちます。

 

ただ静稽会の試斬会はただ斬れば良しとはなりません。普段稽古している形や動きで斬ることが求められます。

 

何をどれだけ斬るのか?

刀のどの部分でどこを斬るのか?

斬る前後の守備は保たれているか?

姿勢は保たれているか?

斬り口はどうか?

など様々なチェックをしながらの試斬会です。

そしてなにより心を磨く稽古になります。

 

老残武蔵

「武蔵は前を見おろした。さっき思わず息をつめたときに小水がとまって、武蔵の陽物はかすかな痛みをとどめたまま垂れさがっている。一度殴りつけた子供をあやすように、武蔵は垂れさがっているものにだましだまし尿意を伝えようとした。だが、それはうまくいかなかった。じっと立っている足がくたびれて来たころに、たらたらと二、三滴の小水がこぼれ落ちただけだった」

 

藤沢周平の「二天の窟」に描かれた老年の宮本武蔵です。リアルな描写が真に迫ります。

藤沢周平の武蔵は吉川英治の描いた「宮本武蔵」とは全く違った武蔵です。

 

あの無敵の宮本武蔵さえもこんな風に年を取るのだとこれでもかと武蔵の老いを描きます。

 

「物を忘れることが多くなり、飯刻にいっこうに食がすすまず、一腕の飯をもてあますようなことがある。また、武蔵は、風雨の日をのぞき、毎朝薄明に跣で庭に降りて木剣を振るのを日課にしているが、その木剣を、常ならず重く感じることがあるようになった。」

 

こちらは思い当たる人も多いのではないでしょうか?

稽古時の剣の重さを体調のバロメーターにしている人は結構いるはずです。

 

そんな武蔵が最晩年、若い頃の自分に似た野心的な若者と立ち合うことになります。

 

実質的には負けた立ち合いをなんとか引き分けの形に持ち込んだ武蔵でしたが・・・

 

初めて負けを感じた武蔵は老いを受け入れ、なお老いを引きずりながら全力で戦い続けます。これまでと同じ戦い方では勝てないと悟った武蔵はそれまでとは違ったやり方で戦います。

老いた者には老いた者の戦い方がある。

 

その後、老残の武蔵は霊巌寺の窟であの五輪書を書き上げます。もちろんこの話はフィクションですが、武蔵がこうした老いを自覚した上で書いたものだと想像すると五輪書も違った見え方がします。

 

もしかしたら老いがあったからこそ武蔵は歴史に名を残したと言えるかもしれません。そして「二天」にはもう一つの意味が込められているのでは・・・?

 

ちなみに宮本武蔵は五輪書を書き上げた年に62歳で亡くなってます。

 

武術のこと

命が危うくなった時にはどうするか?

第一義的にはまずは危険を避けること、次に危険から遠ざかることが「武術」の大事と考えます。しかしどうしても避けられない場合、逃げられない場合があります。その時には覚悟を持って立ち向かわなければなりません。

 

以前もこの静稽録に書きましたが、「武術」が立ち向かう敵はスポーツ格闘技のように人間一人とは限りません。武器を持った敵、しかも複数の敵と戦うことも想定されます。敵の武器は刃物とは限りません。もしかしたら拳銃を隠し持っているかも知れません。

 

また必ずしも敵は人ばかりとは限りません。動物の場合もあれば、ウィルス、病原菌、自然災害もあります。私は命を脅かすあらゆるものに対処するのが「武術」だと考えています。

 

今、まさに地球温暖化などによる豪雨、洪水、氾濫、土砂崩れ等によって、また新型コロナウィルスによって人命が危険に晒されています。「武術」はどんな場合でも生き残る答えを持たなければなりません。

 

どうしたら自身や人の命を守れるのか?

命の危険な状況下では使えるものはどんなものでも「武器」として使います。

今は戦時だと言う人がいます。本当に戦時だとすれば平時の対処だけでは命を守れません。

 

「敵を知ること、己を知ること肝要なり」

変な自信は命取りになります。

 

常に用心し、身体を鍛え、知識を蓄え、考え、感じ、「武器」を備え、いざという時にはあらゆる手段を駆使して対処することが必要です。

 

武術を学ぶ人はそうあるべきだと思っています。

そして普段からいざという時の覚悟を養うのも武術であると思うのです。

 

切腹の現実

前回、歌舞伎などでは「九寸五分」は切腹を意味すると書きました。歌舞伎や芝居などで観る切腹は美しく描かれますが、現実はどうなのでしょうか?

 

私たちが知っている現実の「切腹」で思い浮かべるのは1970年市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部での三島由紀夫氏の自刃事件です。

 

三島由紀夫氏の切腹は臍の下あたりを深さ5cm、横に13cmも切っていたそうです。介錯による傷は首に3箇所、肩に1箇所あったと記録されています。

 

天保年間に書かれた「自刃録」という書物には切腹のやり方が以下のように書かれています。

 

「臍の上一寸ばかりの上通りに、左に突き立て、右に引き廻すなり。あるいは臍の下通りが宜しと云ふ。深さ三分か五分に過ぐべからず。それより深きは廻り難きものなりと云ふ」

 

切腹で最初に刺すのはせいぜい1.5cmくらいまでで、それ以上深いと腹は切れなくなると言っているわけです。

 

三島由紀夫氏は最初に深く刺し過ぎたために姿勢が崩れたか、身体が意志に反して反応してしまったため介錯の刀が外れたのだろうと言われています。

 

当時の三島由紀夫氏の写真などを見ると腹回りなどはほぼ贅肉が無さそうな体つきです。おそらく脂肪部分が少なかったため腹筋まで切ったのではと想像します。

 

腹筋を切れば腹膜が内蔵の圧力に耐え切れずにはみ出し、腹壁が崩れてさらに刃は切れにくくなるはずです。また筋肉が硬直したり激痛によって意識を失うかも知れません。そんな状態の切腹人を介錯するのは至難の業です。

 

劇中での切腹とは違って、現実は切腹する方も介錯する方も阿鼻叫喚の陰惨な状況になったはずです。

 

九寸五分

切腹の短刀は九寸五分が作法にかなっていると言われています。歌舞伎などで「九寸五分(くすんごぶ)手に取り」と言えば切腹を意味します。

 

ちなみに私の短刀は八寸八分です。実際に自分の短刀を手にしてみると、切腹に九寸五分はいささか長いのではと思ったりもします。もしかしたら私の知らないことがあるのかもしれません。

 

そう言えば映画やテレビの時代劇の中での切腹シーンに出てくる短刀には柄がついていません。

奉書紙で短刀の刀身をぐるぐると巻いて腹を切ってます。

 

これはなぜなのか不思議に思ってました。ある資料によれば柄の目釘を抜いた状態にしたものもあったそうです。

それはなぜか?

 

それは切腹人が最後まで抵抗して介錯人などに斬りかかる場合を想定していたのではないかというのです。

 

恐らくそうした前例があったのでしょう。確かに目釘を外したり、柄を取り外した状態なら短刀での戦闘は難しくなります。

 

確実に切腹を執り行うよう念には念を入れた仕組みです。

 

ちなみに私の短刀は新々刀「寿命」ですが「寿命」はその瑞祥銘から縁起の良い刀として珍重されたそうです。

 

もしかしたら「九寸五分」には至らないよう八寸八分で末広がりの「寿命」という縁起を担いだのかもしれません。

 

あくまで想像ですが。

 

悲願

オリンピック競技を観ていた時にアナウンサーが「悲願の金メダル〜!」と言っていたのを聞いた妻は「どうして悲願なんだろね〜」と言ってました。

 

そう言えばその他の競技でも確かに「悲願」の連発です。

 

「悲しいほどの願い」なんだあ。単純にそう思ってました。

 

「悲願」は本来は仏教用語らしいです。でも今の使われ方はだいぶ違います。

 

確かに悲願と言われた選手たちは試合後のインタビューで泣いてます。

「ここに至るまでの道のりが悲惨な情況だったにも関わらず、それを乗り越えて願いを勝ち取った」ということなんですかね。

 

いかにも日本的だなあと思ったりもしてます。何度も困難に直面して、挫折を繰り返して苦難の末に願いを叶える、そういうの大好きですからね日本人は。もちろん私も嫌いじゃあないです。

 

確かにオリンピック選手たちはきっとそうした過程を経て舞台に立っているのだろうと思います。

 

でもなんだか、「悲願」じゃあなければならないとか、もちろん「悲願」でしょう?的なマスコミの押し付けも感じます。

 

新しい競技でメダルを取った若い選手たちの中には実にあっけらかんとしている人たちもいます。

もしかしたらあまりマスコミに注目されてなかった分、伸び伸びプレー出来たのが勝因なのかも知れません。

これはこれでサッパリしていて微笑ましいと思います。

 

選手達にはあまりマスコミの「悲願」に振り回されないでプレーして欲しいものです。

 

臆病剣松風

藤沢周平氏の○○剣〇〇シリーズ大好きです。

 

藤沢周平氏の作品ではたそがれている武士、落ちぶれた武士、好色な武士などいわゆる武士らしからぬ武士が主人公になることがあり、そんな主人公が活躍する様は痛快です。

 

それにしてもいろんな秘剣を作り出すものです。

恐ろしげな剣がある一方で、ん?と思う名前の剣もあります。でもそんな剣の方がむしろ面白い!

 

特に私が好きなのは「臆病剣松風」でしょうか。

 

私は常々、本来臆病な人ほど実は敵に回すと恐ろしいのではないかと思っています。普段から周りのささやかな変化に気がつき、機嫌を損ねないように人に気を遣い、常に神経を張り続けて、危険を察知したら真っ先に逃げるような臆病な人ほど、いざという時のためにあらゆる場面を想定して周到に備えているのではないか?

 

「臆病剣松風」に出てくる瓜生新兵衛は地震があると裸足のまま一目散に逃げ出す、絵に描いたような臆病者です。

そんな新兵衛にある日、若殿警護の藩命が下されます。渋々受けたものの怯える新兵衛。しかし新兵衛は鑑極流の使い手で秘伝「松風」を伝授された達人と言われていました・・・

 

危機の素早い察知、それが及ぼす影響を瞬時に把握する能力が高い人ほど臆病になるのだと思います。しかしそんな臆病な人が全てを飲み込み、戦う覚悟を決めた時は恐ろしい。武術とはそうしたものだと思います。

 

恐れることもないまま、威勢のいい言葉を発しているだけの輩はいざという時には頼りになりません。

 

ちなみに瓜生新兵衛の使う「松風」は徹底した受けの剣です。

臆病な武士の戦いが描かれています。

 

大野将平の凄さ

大野将平選手がオリンピックの金メダル連覇を成し遂げました。

おめでとうございます!

 

今回も大野選手は畳の上ではその表情を崩しませんでした。

もちろんガッツポーズはありません。

本当に美しい勝者だったと思います。

 

大野将平選手は自身のそうした試合後の態度について次のように語ってます。

 

「相手のいる競技の中で、こちらが投げて勝っている。悔しがっている相手に対して、こちらが喜ぶということは、その相手に悔しさ以外の余計な感情を芽生えさせる結果になるかもしれない。だから何もしない。それが僕のスタンスですね」

 

また彼はそうした自分のやり方を人には押し付けるつもりはないと言います。

どこまでも自身の信念としてそうしているだけだと。

 

オリンピックという大舞台で勝つことすら大変なことなのに、勝った後にも敗者を慮って畳の上では表情を崩さない大野選手にひときわ彼の凄さを感じます。

 

東京オリンピック

いろんなことがありましたが、とうとう東京オリンピックが始まりました。

 

思えば前回の東京オリンピックの時には沿道でみんなと一緒に小さな日の丸の旗を振ったのを覚えています。

 

しかしあれだけオリンピック開催を批判していたテレビ局もやっぱりオリンピックを放映するんですねえ。

いえいえ決して揶揄しているわけではありませんよ。

 

そんな中、柔道の高藤直寿選手が第一号の金メダルを取りました。

おめでとうございます!

 

柔道をやったことがある方々の中にはああした柔道を批判する向きもあるかも知れません。柔道は一本勝ちこそ正道であると。私も正直、そう思っていたところもありました。しかし今では少し思いは違います。

 

まず高藤選手は「泥臭い戦い方」と言っていましたが、実力拮抗した戦いは常にああしたものなのかも知れません。

 

また最近、奥山念流を調べていて気がついたことがあります。柔術の技の中には今ではありえない、えっ!と驚くようなものもあります。それって卑怯じゃない?と思うような技も。

もちろん柔道では禁止技です。

 

本来、武術はなんでもありのはずです。そこにはルールなんかはありません。

もしかしたら最初から大きなハンデを背負った戦いもあるはずです。例えば複数の敵と戦うとか、敵だけが刀を持っているとか等々。柔術にはそうした想定をした技も沢山あります。

そもそも勝たなければ命がない中で戦うわけです。

 

そんな柔術を元に安全で誰もが出来るスポーツにしたのが柔道ですが、そもそもルールがなかった戦いの技である柔術が元になっているとすれば、一本勝ち以外の勝ち方でも良いのではないかと思うようになりました。

 

どんな時でも置かれた状況の中で懸命に戦って勝つしかないのだと。

 

本来なら相手を殺してしまうかも知れない柔術のままではスポーツにならないわけですから

 

老将

松浦静山は「甲子夜話」(平凡社 東洋文庫)の中でこんな歌を書き留めています。

 

しは(皺)がよる ほくろが出来る 背がかがむ

頭ははげる 毛はしろくなる

手はふるう 足はひよろつく 歯はぬける

耳は聞こえず 目はうとくなる

身にあふは頭巾 えりまき 杖 目がね

たんぽ 温石 しびん まごの手

くどくなる 気みじかになる ぐちになる

思いつく事みな古くなる

聞いたがる 死にともながる 淋しがる

出しやばりたがる 世話やきたがる

又しても同じ話に 孫ほめる

達者じまんに 人をあなどる

 

老人をここまで言わなくとも・・・

とは思いつつ、思い当たることが多いのも事実です。

でも歳をとるのは仕方がないことです。

誰でも必ず歳をとりますから。

 

私は頑固ジジイは嫌いじゃあありません。しかし「お元気ですねー」なんて言われてその気になっている「老将」は困りものです。

 

元気な「老兵」なら問題はありませんが「老将」となるとちょっと話は違います。身体は丈夫でも頭が古い「老将」の下にいる若い兵士たちは大変です。またそんな「老将」も哀れです。

 

自分だけは違うと他の「老将」を批判をしている「老将」もしっかりボロが出てます。そんな人は自覚がないから尚更始末に困ります。

 

人はそんなに簡単に変わることは出来ません。歳を取れば尚更です。仮にそれが出来たという人がいたとすれば、その人のそれまでの人生はなんだったのか?と思ったりもします。

 

「後進が育っていないから」といつまでも道を譲らない「老将」がいますが、後進が育っていないのは自らの責任です。未熟な後進でも「老将」より未来があるだけよっぽどマシです。

 

自分の時代を懸命に生き抜き、自分の時代は終わったと悟って静かに後進に託す老将こそ尊敬されます。

 

ちなみに先の歌を書いた松浦静山は幕政参加の野望を抱きながらも第9代平戸藩主を47歳で隠居したのちに「甲子夜話」を書き、82歳で亡くなりました。

 

彼は心形刀流の免許皆伝も得ています。さらには「剣考」「剣談」「心形刀流剣術諸学書」などの剣に関する執筆もあり、文武に長けた人だったようです。

 

しかもこの松浦静山さん、隠居してから亡くなるまでに7人の女性との間に男子11人、女子9人のお子さんをもうけたそうです。

お元気だったんですね〜

 

美しくない勝者

勝者が敗者の前でガッツポーズをして雄叫びをあげる姿を私は美しいとは思いません。

 

これは理屈ではありません。

良いとか、悪いとか、スポーツだとか、スポーツでないとか、そんな問題ではありません。

そんな姿は美しくない。ただそれだけです。

 

2019年3月27日の静稽録で「力の武士(もののふ)」と題して私の昔の経験を書きました。

 

その時以来、そんな勝者の態度は美しくないと思うようになりました。

 

美しいか、美しくないかという問題は生き方の問題でもあります。

 

競争と共鳴

居合はやろうと思えば一人でも出来ます。ではなぜ集まって居合を稽古するのでしょうか?

 

坐禅も一人で出来ます。場所を選ばないで出来ると言う点では居合よりも簡単に一人で出来ます。それでも多くの坐禅会があり、みんな集まって坐禅を組んでいます。

 

何故なんでしょうか?

指導者がいるから?

もちろんそれもあるでしょう。

でも果たしてそれだけの理由でしょうか?

 

居合でも坐禅でも長いことやっている方は分かってくれると思いますが、一人でやる時とみんなで一緒にやる時とは感覚が随分と違います。

何が違うのでしょうか?

 

それは「競争心」から来るものだと言う人がいますが、少なくとも私はハッキリと違うと感じます。

 

一緒に居合稽古したり、坐禅を組んだりする人たちが感じるのは「場で共鳴し合う感覚」なんだと思います。

 

一人の持つ何かが他の人たちの何かと共鳴してより大きな何かになって戻ってくるような感覚です。

 

「何か」とは?

パワーとか?

エネルギーとか?

気とか?

 

う〜ん、やはり言葉では言い表せない「何か」です。

これは人によって違うと思います。

 

少なくとも私はそう感じています。

 

禅に隻手音声(せきしゅおんじょう)という公案があります。

両手を打つ音は聞こえるが、隻手(片手)ではどんな音なのか?

 

私は手は元々片手のままでも音の源を持っていて、それを打ち合わせることでより共鳴増幅されるのだと思っています。

 

片手の音は聞こえないけどあるんだよ

金子みすゞ風(笑)

 

もちろん物理学的な理解とは違います。また禅解釈としても間違っていると思います。

でも私はこの公案をそんな感じに捉えています。

 

稽古の場はそんな「何か」の「共鳴増幅装置」なんだと思います。

 

そしてそこには共鳴してくれる人たちの存在が絶対に必要です。

 

 

お問い合わせのこと

最近、静稽会HPへのお問い合わせをいただくことが多くなってきました。

 

お問い合わせの中身はいろいろです。

もちろん入会希望の方からの質問がメインですが、他会の方から質問をいただくことも多くなりました。

 

いずれも真面目な質問については時間の許す限り真摯に回答しております。

 

中でも多いのは試斬に関する質問です。

 

まず申し上げておきたいのは静稽会の試斬会のみ参加したいというご希望にはお応えできません。

静稽会の試斬会は稽古そのものです。試斬のみを切り分けることは出来ません。

 

また自分が稽古している会では試斬をやっていないので試斬を個人的に実施したいのでいろいろ教えて欲しいというものもあります。こういう方にはまずは稽古している会の代表にご相談してみてはいかがでしょうかとお勧めしております。

 

というのも指導者のいない試斬は大変危険です。試斬の知識が無いと何がどう危険なのかすら分からないので、安全性の確保に大きな不安が残ります。

 

重ねて言いますが、個人での試斬会はとんでもなく危険です。

しっかりした安全性を確保出来る指導者の下で会の考えによる正しい試斬を学ぶべきです。

 

また試斬を実施しない会はその会の方針や理由が必ずあるはずです。

 

そもそもなにゆえに試斬を行うのか?

または逆になぜ試斬をやらないのか?

 

まずこういう問題をクリアにすることが先決だと思います。

 

質問の中には静稽会の考え方や武術的な質問もあります。簡単に回答出来るものはメールにてお答えしますが、簡単なメールのやり取りで解決する問題ではない場合は良かったら一度、稽古場においで下さいとご案内してます。

 

また静稽録に関しての「ご意見」「ご要望」もあります。関心を持っていただけることは本当にありがたいです。

 

ただ静稽録は稽古や日常で感じたことを代表の私個人がつらつらと書いているものです。一見武術とは関係ないようなことでも私的には結構深いところで繋がっているのではないか?と思って書いている時もあります。

もちろん全く関係ないこともあります(笑)

 

その辺りは寛大な心で優しく受け止めていただければ嬉しいです。

 

静稽会の活動に関心を持っていただけることは大変嬉しいことです。

 

これからも真面目な質問には出来る限り真摯に回答させていただきたいと思っております。

 

今後ともよろしくお願いします。

 

耳読のすすめ

梅雨の時期です。毎年のことです。

 

そんな時期には室内で行う居合や剣術の稽古は天候に左右されずにできるのでありがたいと思ったりします。

 

それに比べて雨が降ると出来なくなったり、出来てもあまり心地良くないことになる趣味もあります。

 

最近、自転車が趣味となった私にとって、天候は重大な関心事になりました。もちろん自転車は雨の日でも走ることは出来ます。でもやっぱり気持ち良くない。

 

さらに私の自転車にはフェンダーが付いていないので、雨の日に走ったりすると身体中泥だらけになったり、その後自転車の整備や汚れを落とすのに手間が掛かったりとあまり楽しくない訳です。

 

まあ中にはそういった雨の日のサイクリングを楽しむという嗜好の方や自転車のクリーニングや整備も含めて楽しいという奇特な方もいるかも知れません。雨の日のゴルフを楽しむ方もいますから。

少なくとも私はあんまり・・・

 

そんな訳で梅雨の時期の過ごし方は基本は居合、剣術稽古。稽古がない日は晴れていれば自転車、雨なら読書という訳で「晴輪雨読」、時々坐禅となります。

 

しかし長雨で読書が続くと目も疲れます。年のせいもありますが、よく見えない(笑)

そこで最近は「耳読」してます。

これがなかなか良いです。

 

静かに目を閉じて朗読CDを聴きます。朗読は俳優の方もいれば、落語家の方も。読み手によって全く違う情景描写が浮かびます。

 

今1番のお気に入りは松平定知アナウンサーの朗読です。秀逸です。

静稽会Hさんの朗読も聴いてみたいなぁ。

 

「耳読」オススメです。

 

五十肩の本当のおそろしさ

1797年(寛政9年)に発行された太田全斎著の俚言集覧(りげんしゅうらん)という書物の中にこんなことが書いてあるそうです。

 

「凡、人五十歳ばかりの時、手腕、関節痛むことあり、程過ぎれば薬せずして癒ゆるものなり、俗にこれを五十腕とも五十肩ともいう」

 

先日、会社の元同僚Mさんと話をする機会があり、お互いの近況を伝え合いました。

 

その際にどうもMさんの動きがおかしいので、どうしたのかと聞くと、五十肩で一年近く病院に通っていて、これでもだいぶ良くなったとのこと。

 

「いやいやもう六十肩でしょ」と返しましたが、そう言えば四十肩、五十肩は聞くのに六十肩はあまり聞かないのは何故なんだろう?と思ったり、治療にそんなに時間がかかるものなのか?とビックリしました。

 

幸いにも私は四十肩、五十肩、六十肩にもなっていませんが、結構辛いらしく肩の可動範囲がかなり制限されるので日常生活や運動にも大きな影響が出るそうです。しかも一年近くも。

 

Mさんは「老化が進むといろんな箇所の可動範囲が狭くなる。でも本当にこわいのは狭くなった可動範囲が当たり前になってしまって、その可動範囲内でしか生活や運動をしなくなってしまう自分がいることだ」と言ってました。

 

「身体は自然体にしておくとどんどん動かなくなるという当たり前のことを深く自覚した。そのことが当たり前になってしまう感覚が本当におそろしい」としみじみ語っていました。

 

もしかしたら六十肩というのをあまり聞かないのは、元々あった可動範囲を無自覚に諦めた結果なのではないかと思ったりします。

 

俚言集覧の「程過ぎれば薬せずして癒ゆるものなり」の意味を深く考えてみる必要がありそうです。

 

ちなみに静稽会では〇〇肩の話を聞きません。やはり刀を振り上げている成果なんでしょうか。

 

世界の競争

前回の静稽録で「競争」についての記事を二つ紹介しましたが、それを意識したのか6月21日の日経新聞夕刊「あすへの話題」には伊藤忠商事会長CEO岡藤正広氏が「日中韓、教育の違い」というタイトルでこんなことを書いてました。

 

中国人は小さい頃から「人にだまされるな」、韓国人は「人に負けるな」、日本人は「人に迷惑をかけるな」と教えられるそうです。

(なるほどなあ〜)

 

欧州の人たちとの商談でも9割ほど終わったところで無理難題を言い出すそうで、それは最初から交渉のストーリーに組み込まれているんだそうです。

 

岡藤氏は「世界は常に競争が存在する。性善説では戦えないのだ。厳しい話だが、それが現実だ」と言い切ります。

 

確かに「競争」に関する捉え方はそれぞれだと思いますが、現実はともかく、どの国に住みたいか?という風に問われたらどうでしょうか?

    

私は性悪説が前提の国に住みたいとは思いませんけど・・・

「競う心」と「競争社会」

2021年6月15日の日経新聞の夕刊「あすへの話題」に前法政大学総長の田中優子さんが「競う心」という題でこんなことを書いてました。

 

お兄さんの結婚式に出席していた田中さんは一緒に出席していた小学校の先生から「お兄さんに負けないように頑張ったんだね」と言われたそうです。

 

その時点で大学院に行くことになっていた田中さんに対する「褒め言葉」だったのでしょう。しかし、田中さんはその言葉が腑に落ちなかったそうです。

 

田中さんは先生のその言葉がお兄さんと自分が「競争しているだろう」という思いから発せられていると想像します。

 

田中さん自身は好きな勉強(田中さんの専門は江戸文学です)に夢中になっていただけでお兄さんと「競争」している意識は全くなかったそうです。

 

そしてこう結んでいます。

 

「学生を見ていても競争心より好奇心の方が期待できる。わくわくと向き合うものを見つけた時にこそ、力を発揮するのだ。「負けないよう頑張る」とはなんとつまらない言葉だろう。人をごく狭い視野に閉じ込める呪文である。競争の彼方にこそ、新しい道が開けているのに」

 

そして同じ日経新聞の6月17日の夕刊「明日への話題」には「競争社会」と題して、前公正取引委員会委員長の杉本和行さんがこんなことを書いてます。

 

小学校の運動会の徒競走で順位をつけないために全員が手をつないで一緒にゴールするという教育現場を経験した子供たちがその後、どういう人材に育ったかという報告があるそうです。

 

競争を否定する教育を受けた人たちは利他性が低く、協力に否定的で、互恵的ではなく、やられたらやり返すという考えを持つ傾向が強いそうです。

 

杉本さんはそれを「競争によって個人の能力を磨くインセンティブが与えられる。それが他の人の能力を評価することにつながり、それぞれに異なった能力を持った人たちが力を合わせることの必要性が認識されるようになる」と解説しています。

 

まあ書いている人のバックボーンが一方は和の江戸文化を専門とする学者、片方は競争を前提とする元公正取引委員会委員長ですから、なんとなくそうなるのは理解できます。

 

果たして力を発揮するのは好奇心か?競争心か?

個人としての力なのか?社会としての力なのか?

 

確かにみんなが一緒にゴールする徒競走は面白くないでしょうね~


学校だけ競争を無くしても、世の中から競争を無くすことは出来ません。


しかし競争だけを動力に生きている人はつまらないと思うのであります。

 

 

頸動脈

先日、静稽会の「雲耀」という居合形を稽古していた時に一体、どこをどう斬るのか?という話になりました。ややグロイ話になりますが、あくまでも形の話ですので悪しからず。

 

「雲耀」は敵の攻撃を受け流し、返す刀で頸動脈を斬る形です。形の動きから、ともすると鋭角な「袈裟斬り」になりがちです。

しかしその「袈裟斬り」で頸動脈を斬るという本来の目的は遂げられるのか?が問題でした。

 

頸動脈は身体のどこをどう通っているのか・・・?

首あたりだということは分かっていても、もしかするとそこ止まりとなってないか?

稽古ではそんな話をしました。

 

実は頸動脈は首の正面のやや両内側を通っています。喉仏の高さの横よりやや外側、筋肉(胸鎖乳突筋)より内側で柔らかいところを強く押すと血管の拍動を感じると思います。このあたりが頸動脈です。

いわゆる「袈裟斬り」では刃筋の角度的に確実に斬れるかどうか微妙なところですよね。鎖骨が邪魔したりするような感じもします。

 

「雲耀」で頸動脈を切ろうと思えば、刀を袈裟斬りよりもやや寝かせて首前を撫で斬りする方が確実です。その前段階として受け流す時の手首の角度も重要になってきます。


さらに頸動脈は首のやや奥にありますので、切先で抉るように斬ることが出来ればベストで、力はいらないはずです。

 

どこの何を斬っているのかを明確にすると形の意味が深くなって、動きも変わってきます。

 

笹生優花選手の「刀」

笹生優花選手、全米女子オープン選手権初制覇おめでとうございます!

 

序盤の連続ダブルボギーにやや不安を感じたものの、その後のプレーでは精神力の強さを見せて見事に優勝を掴みました。

 

そんな笹生選手のキャップのツバに「刀」という刺繍が入っていました。

「刀」という文字に過剰反応する私です(笑)


スポンサーが日本刀専門店「銀座長州屋」ということもありますが、笹生選手の父正和氏が日本刀好きで足繁く「銀座長州屋」に通っていたご縁からだそうです。


また笹生優花選手自身も12歳のころに抜刀に興味をもって練習していたと知りました。

 

私も以前、勤め先から近かったこともあり、「銀座長州屋」さんにはよく通っていました。

 

そんな笹生優花選手の「刀」を心に刻んでの優勝は嬉しい限りです!


それにしても父親の正和氏はどんな刀をお持ちなのでしょうか?

少し興味が湧きます。

 

家紋のこと

家紋の意匠は実に日本的です。

西洋にも紋章はありますが、それとは随分と趣きが異なります。

 

前回の静稽録で紹介した「女色を好むこと切なり」と書かれてしまった浅野内匠頭長矩の浅野家の家紋は丸に違い鷹の羽です。

 

あくまで私の想像ですが、鷹のような家の強さを表現したかったのではと思います。また鷹の羽はクロスしており、そこには守りの意味も感じられます。さらには鷹の羽根は和弓の矢羽根にも使われていたこともあるようで、当時の主力武具の一部を表すことで強さを増す意匠になっています。

 

それでもそこには鷹自体は描かれていません。西洋の紋章ではライオンや鷹、鷲などのいかめしい動物が直接的に表現されているものが多いのに気付きます。さらには槍や盾などの武器もそのまま描かれています。

こうした直接的な表現は日本人には受け入れられなかったのかも知れません。

 

例えば天皇家は菊や桐などを用いていますし、他の家紋でも強力な動物などはあり見かけません。

 

日本の動物紋としては鶴、鹿、馬、猿、兎、雁、千鳥、鳩、雀、蝙蝠、亀、海老、蟹、蛤、蝶、蜻蛉などがありますが、どれもあまり強力な生き物ではありません。

唐獅子はあるようですが、まあこれは悪い気を食べてくれるという想像上の神獣です。

 

さらには多様な植物の家紋が多いのもつくづく日本的だなあと感じる訳です。

 

実は私の家の家紋は丸に角立て四つ目なのですが、この紋は元々、もと染めの形が由来だそうです。纐纈(こうけち)染といって、布地を糸でくくって、染料に浸すとそこだけ染め残り目が出来ます。これを紋様にしたのが目結(めゆい)紋です。

 

結いとは糸で結ぶことから一族の団結を意味するそうで、ああ私のご先祖さまは「一族結束」の想いを家紋に込めたのだなぁと遠く思いを馳せるのであります。

 

一度、ご自分の家の家紋のことを調べてみるのも面白いと思います。

 

土芥寇讎記

江戸の元禄期に書かれた書物に「土芥寇讎記」というのがあります。

「どかいこうしゅうき」と読みます。

 

「土芥」とはゴミのことで「寇讎」とは仇のことです。「土芥寇讎」は孟子からの出典で君子が臣下をゴミの様に扱えば臣下は君子を仇の様に見るようになるといった意味なんだそうです。

 

そもそもこの書物は幕府隠密による大名の素行調査報告書なのではないかという説があって世の中にはあまり出回る様な書物ではなかったそうです。

そんな本こそ面白そう、読んでみたい!と思っていました。

なんと、ありました!

 

その「土芥寇讎記」を読みやすくまとめた磯田道史著の「殿様の通信簿」(新潮文庫)です。

 

一番意外だったのは浅野内匠頭の「素行」です。

本によれば

 

「長矩、女色を好むこと切なり」とあります。

 

「女色を好む」というのは珍しいことではありませんが、まあ「切なり」というくらいですから、推して知るべしです。

「婬乱無道」とまで書かれています。

 

そしてそれがあの浅野内匠頭ということになると、かなりイメージが崩れます。どこまでも映画やドラマの中の「忠臣蔵」イメージですが・・・

 

さらに驚くのはそんな「婬乱無道」の主君に諫言しなかった大石内蔵之助を「不忠の臣」だと名指しで非難していることです。

 

あの忠臣の代名詞のような大石内蔵之助が「不忠臣蔵」とは驚きました。

 

「土芥寇讎記」が本当に幕府隠密の書いた素行調査報告書だとすれば、それなりに真実味があります。

 

やっぱりイメージ崩れますね。

 

浅野内匠頭の他にも水戸黄門などの有名大名のことも書かれていて面白いです。

教科書的なイメージしかない大名たちのリアリティが迫ってきます。

 

夢酔独言

コロナ禍の「自粛要請」を受けて、静稽会は稽古を中止しています。また梅雨のはしりもあって空いた時間はもっぱら読書、あるいは映画、ドラマを観るなどして室内で過ごす日々です。

考えてみれば「自粛要請」という言葉も妙な感じではありますが、腰を据えて本を読めるというのは良いことです。

先日、大好きだったNHKドラマ「小吉の女房2」が終了してしまいました。この機会にドラマの元になっているものを読もうと図書館で本を借りてきました。

勝小吉著「夢酔独言他」平凡社東洋文庫138

小吉のありのままの自伝です。
話し言葉で書かれています。ドラマの中に出てきた話もあってするすると読めました。

テレビドラマの中では小吉は一本筋の通った正義の味方的な描かれ方をしていましたが、読んでみると随分と違いました。

若い頃の小吉は乱暴狼藉の限りを尽くしています。多くは悪行の話です。ケンカ、放浪、窃盗、詐欺など悪いことばかりです。

自身もこんな風に書いてます。

「おれほどの馬鹿なものは世の中にもあんまり有るまいとおもふ -中略- 不法もの、馬鹿者のいましめにするがいいぜ」

この小吉の放蕩は年を重ねてもなかなか治りません。「改心しろ」と言われても「此上に改心は出来ませぬ。気が違いはせぬ」と聞きません。

とうとう兄から庭に二重囲いのオリを作って(実際に作った)小吉を押し込めると言われ、とうとう37歳で隠居させられてしまいます。そして42歳で「夢酔独言」を書きます。

小吉は何度か死にかけています。
おそらく何度か死んでいるのだと思います。
そんな「死人」の小吉が「したいほどの事をして死のふとおもつた」訳ですからもう誰も止められません。
これは「生涯不良」を高らかに謳った書物でもあります。ちょっと憧れます。

それでも最後には「昔の事をおもふと身の毛が立つよふだ」「男たるものは決而(けっして)おれが真似おしなゐがいい」と勝手なことを書いてます()

小吉は49歳で亡くなります。
激動の幕末に活躍した勝海舟はそんな親の生き様を見て育ったのだと思うと歴史のリアリティに触れたような気がします。

捨身

静稽会には「捨身」という形があります。

自分の全てを敵の前に投げ出して活路を開く形です。

 

捨身とは天より瀧の落つること

 

瀧直下三千丈

 

単に身を捨てる動きだけではこの形は完成しません。

 

まさに瀧が天から落ちるように無心になることが必要です。

中途半端に身体を捨てる動きだけを真似ても「無様」に終わるだけです。

 

しかしこの無心が難しいのです。

よく坐禅などで無心になりなさいと言われます。なかなか出来ません。

平時でさえそんな感じですから。戦時は尚更でしょう。

 

戦いの中では迷いや恐怖、心残りなどが心を支配する時があるはずです。

急にそれを無くして身を捨てろと言われても難しいはずです。

だからこそ普段からの心の稽古や鍛錬が必要になってくるのだと思っています。

 

 

進退極まれば退くべからず

退くに利あらず

臆して引かば打たれ

火中に飛び込むとも

進めば本望をとぐ

 

捨身は覚悟が決まらないと完成しない形とも言えます。

 

コロナ禍中にこそ自身の覚悟を問うてみてはいかがでしょう。

 

江戸の時刻

落語の「時そば」などは江戸の時刻を知っているとさらに深く楽しめます。時代劇などにもたくさん出くる江戸の時刻は不思議な世界です。

 

江戸時代は一日を十二等分して一刻(約二時間)として、それぞれに十二支の名前をつけてました。このあたりはご存知の方も多いと思います。

 

真夜中の23時から1時の「子の刻」から十二支が始まります。次の1時から3時が「丑の刻」参りで有名な時間帯です。さらに寅→卯→辰→巳→午→未→申→酉→戌→亥と続いていきます。

 

さらにその一刻を四等分して一ツ、二ツ、三ツ、四ツと数えてます。

「草も眠る丑三ツどき」は現代で言えば2時から2時30分あたりになります。昔から幽霊が出る時刻と決まっていますね。

 

しかし、実際には江戸の人たちは「時の鐘」で時刻を知りました。みんな時計を持って持っておりませんでしたから。

 

ただ「時の鐘」は不定時法でした。

具体的には日の出前の薄明を明六ツ(あけむつ)、日の入り後の薄暮を暮六ツ(くれむつ)として昼夜を分けてます。

 

当然、夏と冬では一刻の長さが変わります。夏至の一刻は昼が2時間37分、夜が1時間23分、冬至の一刻は昼が1時間50分、夜が2時間10分でした。かなりの差があります。

 

「時の鐘」は真夜中0時が晩九ツ→晩八ツ→晩七ツ(「お江戸日本橋七ツ立ち♪」は4時頃に出立したということになります)

6時の明六ツに鳴ります。そして朝五ツ→朝四ツ。

 

その後、何故かお昼の12時は今度は昼九ツから始まります。そして昼八ツ(八ツは「ヤツ」と読みます。まさにおヤツの時間です)→昼七ツ→18時の暮六ツ→夜五ツ→夜四ツで終わってまた晩九ツに戻ります。

 

面白いですよね。なんで九ツから始まって四ツで終わるのでしょうか?

 

以前に静稽録でも書きましたが、陰陽道では奇数は陽、偶数は陰です。とりわけ九は一桁の奇数の最大値なので陽の極とされて最も縁起が良い数字とされます。菊の節句と言われる重陽の節句は九月九日ですが、「陽」の極である九が「重」なるからまさに「重陽」になる訳です。

 

その縁起の良い九から始まって、以降、一刻ごとに九の倍数の十八、二十七、三十六、四十五、五十四から十の桁を除いて時刻に当てはめたとか。

う〜ん、なかなか複雑です。

 

江戸の人たちはよっぽど縁起の良い九が好きだったんですね〜

ヨウキュウの多い江戸の人たちです。

失礼!

 

江戸の人たちは言葉や数字で遊びながら縁起を担いで、のどかに暮らしていたようです。

 

ちなみに時の鐘は鳴らす前に捨て鐘と言ってこれから時の鐘を鳴らしますよという合図の鐘を三回鳴らしました。これを聞いて方々の鐘を鳴らすことで江戸中に時の鐘が鳴ったと言われています。

 

江戸中に鳴り響く時の鐘はさぞかし風情があったでしょうねえ。

 

ボートレーサーCM

最近、よく目にするボートレーサーのCMがあります。

 

養成所の食堂で、ボートレーサーの厳しい体重管理を体感している二人がいます。体重を3㎏減らさないといけない男性。逆にあと2㎏増やす必要がある女性。

そんな二人を心配して、食堂のおばちゃん(山村紅葉)が労いの言葉をかけます。

 

「体重ばコントロールでけんモンが心ばコントロール出来るわけなかやんね!」

(おばちゃんは九州の人?)

 

これは正しいでしょうか?

 

昔、根性論が好きなある先輩が紙に書いて机に貼っている言葉がありました。

 

心が変われば行動が変わる。

行動が変われば習慣が変わる。

習慣が変われば人格が変わる。

人格が変われば運命が変わる。

 

アメリカの哲学者で心理学者のウイリアム・ジェイムズの言葉だそうです。

 

最初に「心が変われば」と言っていますが、そんなに簡単に心が変われるくらいなら苦労はしません。

 

そんな言葉を机に貼るということは出来ていない自分自身に言い聞かせてるわけで、その先輩はその後も変わらないままだったと記憶してます。

 

自身でも実体のよくわからない心からよりも身体から手をつける方が実効性があるのではないかと思っています。


何をやるかは人それぞれですが、例えば深呼吸する、太陽の光を浴びる、遠くを見る、笑う(ラフティヨガ?)、身体を動かすなど、身体から心に作用するといわれているものはたくさんあります。

 

そういう意味では先のCMの食堂のおばちゃんの言葉は正しいのかもしれません。

ただCMではそのあとに

 

「ココロが変わればカラダも変わる」

 

という文字が映し出されます。

 

うん?どっちだ?

 


映画「キャラクター」の呼吸

緊急事態宣言下で静稽会は稽古を休止しています。

しかし稽古場での稽古は自粛してますが、日常の稽古は継続しています。

なにも身体を動かすことだけが稽古ではありません。

 

菅田将暉さん主演の映画「キャラクター」に殺人鬼役で出演しているSEKAI NO OWARIのFukaseさんがこんなことを言ってます。

 

「映画の現場は初めてだったのでとにかく緊張した」

 

しかしそんな緊張状態の中でも

 

「菅田君を見ていて、カメラが回る前に呼吸が変わることに気づいた」

 

 

「呼吸で(役の)感情を作っているのかなと」

 

 

本来、歌手でもあるFukaseさんはそれ以来、歌い出す5〜6秒前に意識的に呼吸を変えるようにしたそうです。

 

「僕も歌う前に呼吸を変えたらすごく評判がよかった」

 

具体的にどのように呼吸を変えたのかはわかりませんが、それよりも緊張状態の中でFukaseさんが菅田将暉さんの呼吸の変化を感じとったということに驚きました。

 

あーやっぱり呼吸なんだ!

 

GW中は静かに呼吸の稽古に取り組むこととします。

 

小吉の女房2

NHKBSで「小吉の女房」のシリーズ 2が始まりました。

 

以前にも書きましたが、勝海舟(勝麟太郎)の母親(お信)と父親(小吉)のドラマでなかなか面白いです。

 

そんな中で既にシリーズ 1から出ていましたが、里見浩太朗が演じる「石翁」が気になります。

 

隅田川の河畔、白髭神社の近くに隠宅を構えていた中野播磨守清茂こと「石翁」は、小姓頭取、小納戸頭取を経て文政10年(1827年)に新番頭格式となった旗本で実在の人物です。石高は低かったものの、養女が将軍家斉の寵愛を受けたことで実力者となったようです。隠居したのちも江戸城に出仕し、幕府に隠然たる勢力を保っていたような人物でしたから通常時代劇の中では大抵典型的な悪玉として描かれていることが多くて、「小吉の女房」の中でも石翁に賄賂を届けるシーンが出てきます。

 

しかし、珍しくこのドラマではお信を陰で助ける善玉に描かれています。

まあ演じているのが里見浩太朗ですからねー

 

そんな石翁の話が平戸藩藩主 松浦静山の「甲子夜話」に書かれています。

ちなみに松浦静山は石翁とは親しくお付き合いをしていたようです。

(「甲子夜話」は江戸時代後期の噂話などをかき集めて書いた"名著"です)

 

「甲子夜話」によれば石翁はいつも雛人形を側においており、総じて遊び道具などの趣味が女性そのものだったそうです。隠居宅の装飾も華やかでどこか女性を思わせるようだったと書かれてます。

 

またある時、石翁がブラブラと歩いていると火事に見舞われて仮営業していた遊女屋に無理矢理引き込まれてしまい、仕方なく座敷に座ったが、石翁は早く帰りたい。でもなかなか帰してくれない。切羽詰まって身分を明かしたところ店の者たちはビックリ。人目を気にして表口から出ることを嫌がった石翁ですが、その遊女屋は仮営業だったので裏口がない。仕方なく隣家の壁を突き破らせて、隣家の裏口から川船で帰ったというエピソードがあります。

 

随分と面白い人だったようですね。

 

ドラマの中でも描かれていますが、そんな石翁もやがて水野忠邦の天保の改革によって華やかな隠居宅を追われます。

 

光陰の刃

なぜ真剣での稽古をするのか?

どうして真剣じゃあないといけないのか?

一歩間違えれば命すら落としかねないのに・・・

確かに「正気の沙汰」とは思えません。

 

誰しもそうかも知れませんが、自身の中に「狂気」を飼っていると言われます。もしかしたらそれで日常のバランスを取っているのかもしれません。

 

西村健著 「光陰の刃」(講談社)という小説があります。

経済界の大物団琢磨と「一人一殺」の井上日召という二人の人生がパラレルワールドのように描かれています。

そして二人を追う新聞記者(諜報部員)。

その新聞記者は二人は何故か似ていると評します。

 

世界を見てもなお、日本独自の労使関係があるとして階級闘争や労働組合を否定し、「恒産なき者は恒心なし」として独立生計を営む者でなければ、国政に関わる責任を有さないと普通選挙にさえ反対した団琢磨。

坐禅により万物同根、天地一体を悟ったと国家改造を目指して、一殺多生から一人一殺のテロを指揮した井上日召。

 

出会うことのない二人は最終的には暗殺という形で交差してしまいますが、もしかしたら本来永遠に交差しないはずの二重螺旋階段を別々に昇っていたのかもしれません。


真剣を振り回す酔狂な老人の戯言です。


そしてこの井上日召が私の幼少期にまだ生きており、団琢磨暗殺の実行犯菱沼五郎も後に茨城県の県会議長までつとめて1990年まで生きていたというのも驚きです。


ちなみに小説のタイトルは「光陰の刃」ですが、団琢磨は刃ではなく銃弾で暗殺されています。

 

またこの小説を書いた西村健氏はラサール→東大→官僚という絵に描いたようなエリートですが、入省後4年で退職して、「狂気」の小説家に身を置いています。

 

 

NO PAIN NO GAIN

マニュアルがあることに慣れてしまっている私たちは簡単に答えを求めてしまう悪いクセがあります。

 

以前、翡縁会の多々良先生とご一緒した時に、今考えれば到底答えの出ないであろう武術的課題について、二者択一的にお聞きしたことがあります。

先生の答えは

 

「どちらも正しいんです」

 

そのことに対して大した稽古も積まないで、とにかくどっちが正しいんでしょうか?と聞いてそれで済まそうとしたその時の自分に恥入るばかりです。

 

おそらく多々良先生はそんなことを簡単に聞く人に自分の言っていることなどは到底理解できないだろうと思ったのではないかと思います。

 

さらに失礼を顧みずに言わせてもらえば、多々良先生自身が常にあらゆることを探求し続けている人ですから、絶えず自分自身をリニューアルし続けているのだと思います。そうした中では最終的かつ完全な答えなんて持ち合わせているはずがないとも言えます。

 

振り返って考えてみれば私自身も常に変わっていて、静稽会発足時の動きや稽古の中身なども随分と変わってきています。

 

おそらくただただ簡単に教えて欲しいと思って稽古に参加していると

 

「話が違うじゃあないか!」

 

ということになると思います。

 

マニュアルを作ったり、動きをわかりやすく説明したり、動画をあげてみたり、ある段階ではそういう手段も必要な場合もあるだろうと思います。それを全面否定するつもりはありません。

 

でもまずそんな簡単には答えは見つからないと知るべきであり、だからこそ稽古する意味があるわけです。そしてどこまでも不完全であるという思いがないとそこで終わってしまうということです。

 

静稽会のOさんは時々稽古中に「分かった!」と声を上げます。でも日が経つと「やっぱりまた分からなくなった」と言います。それでもOさんは螺旋階段を昇る様に上達しているのだと思います。そしてこれこそ正しいあり方だと思っています。

 

2018年5月5日の静稽録「松下村塾」にも書きましたが、一緒に悩みながら稽古したいと思っています。そしてそんな稽古の過程こそ最も楽しいと思うのであります。

 

そういえば多々良先生の翡縁会がホームページをリニューアルしたそうです。


http://www.hien-kai.com/profile.html

     


井伊直弼の居合

NHK大河ドラマ「青天を衝け」では桜田門外で井伊直弼が暗殺され、これから怒涛の明治維新に向かってストーリーが進んでいくところです。

 

先日、豪徳寺にある井伊直弼のお墓をお参りする機会がありました。

 

有名な井伊直弼ですが、茶の湯、和歌、鼓などの趣味人だったと知っている人はいても居合の達人だったことを知る人は少ないです。

 

彼が学んでいた居合は新心流(しんしんりゅう)です。江戸時代の初期に活躍した関口氏成を祖とした流派で、彦根藩以外にも、尾張藩や桑名藩など多くの藩が取り入れています。

 

直弼は彦根藩の居合師範・河西精八郎のもとで修業を重ねて免許皆伝の腕前でした。そして31歳の時に自身で「新心新流」(しんしんしんりゅう)という新しい居合の流派を立ち上げてます。

流派の名前はちょっと言いにくいですね(笑)

 

桜田門外の変ではその新心新流の刀を抜かずに斃れました。

しかし新心流には「保剣」という考えがあると聞きます。

「刀を抜かずに勝ちを保つ」という心構えだそうです。

はたして直弼は刀を抜かずに勝ちを保ったのでしょうか?

 

井伊直弼のお墓の斜め後ろには正室の昌子(貞鏡院)のお墓がありました。そしてさらにそのずーっと後ろには井伊家を継いだ井伊直憲のお墓もしっかりあります。

もし武士の務めが御家名存続であるとするならば直弼は勝ったのかもしれません。

 

それにしても直弼は籠の外からピストルで撃たれてます。

いかに居合の達人とて防ぎようがありませんが、残念ながら武人としては事前の用心を怠ったとも言えます。

 

照らしても見えないもの

昔、夜中に高知から松山を車で走ったことがあります。四国には東西に貫く四国山地がありますので、峠越えをしなくてはなりません。夜中の山道走行は不安で、一刻も早く目的地に到着したいと思わずスピードを出していました。

 

峠に差し掛かった時でした。山の空があまりにキラキラ輝いていたので、まさかUFOか?と思って車を止めました。

 

なんと!キラキラしていたのは星でした。夜空にはこんなにも美しく輝く星がたくさんあったのかとその時初めて知りました。

 

最近は街が明るくなったせいか、はたまた大気汚染のせいかはわかりませんが、あまり星が見えません。

いや、もしかしたら老眼のせいかも知れません・・・

 

そう言えばこんな話を聞いたことがあります。

 

千葉周作が門弟を連れて品川へ魚釣りに行った時の逸話です。その日は結構な釣果があり、夢中になって釣っているうちにかなり沖に出てしまったそうです。既に陽も落ち始めたので急いで帰り支度をしましたが、間に合わずにとうとう周りは真っ暗闇になってしまいました。

 

さてどっちの方角が陸なのか?

 

周作は松明をどんどん燃やして四方を照らして陸を探しますが、全く見当がつきません。そしてやがて松明が尽きた時、あたりが真っ暗になるにつれて闇の中にくっきりと陸地の影が見えてきたそうです。

 

千葉周作が後日、この話を知人の漁師に話したところ、その漁師はこんなことを言ったそうです。

 

 

「松明では陸は見えません。松明は近くを照らすもの。遠くを見る時は返って光が邪魔をします。そんな時には私たちは松明を消すのです」

 

 

暗いからと明るくするとかえって見えなくなるものもある

 

私はこの話を初めて聞いた時、オチは北辰一刀流の千葉周作だけに松明が消えたことで北辰(北極星)が見えて方角がわかって助かった!となるのかと思ってしまいました(笑)

 

真空飛び膝蹴り

「キックの鬼」と言われた沢村忠氏が亡くなりました。

 

私が小学生の頃、生徒の提出した「ペンネーム」で全生徒の成績を教室に張り出す先生がいました。私は大好きだった沢村忠の本名「白羽秀樹」にした記憶があります。

 

小学生の私にとって沢村忠はとにかくカッコよかった。夢中になってテレビを観てました。父に握手会に連れて行ってもらったこともありました。

 

沢村忠と言えば「真空跳び膝蹴り」です。でも今考えてみればなんで「真空」だったのでしょうか?

 

私は無重力のように飛んで膝蹴りをするので「真空」かと勝手に思ってました。でも考えてみれば真空と無重力は全く関係ありません。もしかしたら真空状態で起きると言われる「かまいたち」のような斬れ味のイメージなのかもしれません。そう言えば「真空〇〇斬り」なんていうのもあったような気がします。

 

またある人によれば「真の空の境地」を示したものだとも言います。

う〜ん、どうなんでしょうか?

 

居合や剣術の技の名前にもいろいろ興味深いものがあります。

 

陰中陽(いんちゅうよう)

陽中陰(ようちゅういん)

向覃中刀(むこうたんちゅうとう)

斬釘載鉄(ざんていせってつ)

燕飛(えんぴ)

浮雲(うきぐも)

鴫の羽返し(しぎのはかえし)

虎振(とらぶり)

龍尾剣(りゅうびけん)

八相発破(はっそうはっぱ)

揚遮(ようしゃ)

冠込之事(かむりこみのこと)

圓(まるい)

嵐勢(らんせい)

 

などなど

 

それぞれ意味があるはずで、名前からいろいろ想像してみるのも面白いかも知れません。

 

ちなみに私の好きな名前は玉響(たまゆら)ですかね。玉がゆらぎ触れ合うことの様からしばし、かすかの意味があります。

 

謹んで沢村忠氏のご冥福をお祈りいたします。

 

武術の仮想性

薩摩剣術の使い手である静稽会のHさんが昔、こんなことを言ってました。

 

「突く時は敵の遠く後ろにある壁を突き破るつもりで、斬る時は地面を真っ二つにするつもりで」

 

稽古中にそんな彼の斬撃はどんなものかと思ってうっかり「私に打ち込んでみて下さい」と言ってしまったことがあります。

 

この言葉を聞いた瞬間から彼の目の色が変わり、蜻蛉の構えになった瞬間から物凄いオーラが出て来ました。

 

彼が本気で私の身体を縦に切り裂くつもりで打ち込んでくるのだと直感しました。ちょっと待った!と言おうとしましたが、時すでに遅し。

 

「ギェーーーーー!」

 

近藤勇の「薩摩の初太刀は外せ」の言葉が頭をよぎります。

 

とっさに受ける木刀を少し斜めにしたので、彼の刀はまともには当たらずにやや右に逸れましたが、それでもものすごい衝撃でした。

 

彼が言っていたのはこれかあ〜

 

 

幕末、薩摩剣士に斬られた遺体は、頭上から首まで両断されて誰だか判別ができなかったり、例え一撃を食い止めても刀が額に十字に食いこんで絶命するケースもあったそうです。

 

剣を受けた私は素直に頷けます。

 

斬る前に彼の全身から溢れ出たものがはっきりと感じられました。

一体、それは何から生まれたのでしょうか?

 

山海塾の天児牛大もこんなことを言ってます。

 

「遠くにある一点の星を指差す、そしてある時その指をすっと隣の星に移動させてみる。

数センチの移動だが、指し示した先の到達点での移動距離を考えてみると、これは星と星のあいだの何億光年という距離を、一瞬にして高速移動したことになる。そのような意識を自分のなかできちんと掌握して指を動かすのと、ただ単にすっと意味もなく指をスライドさせるのとでは、目に見えてくる動きの強度が天と地ほどに異なる。」

(岩波書店「重力との対話」から)

 

刀が建物を突き破り、水平線を超え、大気圏をも斬り裂いて、宇宙空間まで到達させることができるようになったらあの燃えたつようなオーラが出てくるのだと思うのです。

 

そんな仮想性にどっぷりと身を沈める感覚は本来の武術には欠かせないものなんだと思います。

 

ゆるむことー野口体操ー

稽古では良く「ゆるむ」という言葉を使います。

「ゆるむ」ということは一体どういうことなんでしょうか?

これまでも何度か取り上げてきた難題です。

 

「ゆるむ」を実感できる一つのメソッドが前回書いた「野口体操」の中にありました。

 

ヒントになる動き(体操)が言葉とともに具体的に示されています。

 

「次の瞬間新しく働くことのできる筋肉は、今、休んでいる筋肉だけである」

 

「はたらく筋肉の数は少なく、はたらく時間は短く、はたらく度合いは低く」

 

「力を抜けば抜くほど力が出る」

 

「筋肉と意識を余分に使いすぎるのが現代である」

 

「筋肉は、うごきのキッカケを作り、うごきが始まってからは微調整すること」

 

「動きはバランスが崩れないと始まらない。しかし、バランスが取れなければ、動きは成り立たない」

 

「うごきのエネルギーは、重さにおけるバランスの崩れである。したがって、どのようなバランスの崩れをつくるのかの能力が、どのような好ましいうごきを生み出すかの能力となる」

 

「いつも固いのはもちろん固い。いつもくにゃくにゃとしているのもこれも固い。では柔らかいとはどういうことか。柔らかさとは変化の可能性の豊かさのこと」

 

岩波アクティブ新書 羽鳥操著「野口体操入門」

岩波ジュニア新書 羽鳥操、松尾哲矢著「身体感覚をひらく」から

 

こうした言葉とともに具体的な動き(体操)が提示されています。

 

「上体のぶら下げ」

「腕まわし」

「腰まわり」

「胸まわし」

「波の動き」

「やすらぎの動き」などなど

 

やってみると「ゆるむ」ことの深さを実感できます。

 

「事実と実感と意識と表現の間にはズレがある」

 

これも野口体操創始者野口三千三の言葉です。

やはり「ゆるむ」を伝えることは難しい・・・

 

でもこんなことも言ってます。

 

「今まで出来なかった難しいと思われるうごきに向かいあったとき、緊張努力を増すことで、解決しようとする姿勢が多く見られるが、それは大きな間違いである。-中略-楽であるということは、決して消極的な概念ではなく、ゆとりある積極的なあり方である」

 

無理をしないこと

やりすぎないこと

継続できること

楽しくやることが大切なんだと言ってます。

 

この言葉に勇気づけられます。

ゆる~く、なが~く、楽し~く稽古しましょう!

 

卵を立てることから

最近、読み返した舞踏関連の私の本の中に「野口体操」の創始者である野口三千三氏の本がありました。

 

春秋社 「野口体操 からだに貞(き)く」

 

なかなか興味深い本です。

昔、読んだ時にはあまりピンと来ませんでしたが、今読むとビンビン響きます。

 

その本の中に「卵の立つ話」というのがあります。

 

「コロンブスの卵」のように卵の尻をつぶして立てるのではありません。

生卵をそのまま立てます。

 

立てるのはなかなか難しそうです。

やってみました。

あっ!意外とすっと立ちますね。

 

野口氏はこの卵の立ち姿から重さについて考えていきます。

 

「卵は立つのが当然の如く立っている。それでいて別に重さに耐えているという感じではない。むしろ、やすらかで透明感がある。ほんとうに、すっきりしている」

 

そして

「ちょっとの力で卵がたおれるということは、常識的には不安定ですけれども、逆の見方をすれば、ちょっとの力で動くことができるということです」

 

そこには卵はただ一点で接していても地球の中心とちゃんとつながりができれば安定し、動こうと思えばほんのちょっとの力で動けるという気づきがあります。

 

まさに動きの原動力は重さで、それは全く逆であるはずの安定と不安定の変化の中にあるからこそ武術的にも意味があるのだと教えてくれます。

 

卵を立てることからいろいろと広がっていきます。

野口体操をもう少し追いかけていきたいと思います。

 

Beat it !

真剣な場面で急に音楽が流れ、歌い出して踊る違和感。そんな理由でミュージカルはあまり好きではありません。

 

それでもやっぱり映画「ウェストサイド物語」は「古典」として観ておかなければとの思いはありました。これまでなかなかタイミングが合わずにいましたが、今年の正月にNHKで放映された録画をやっと観ることが出来ました。

まあ好きな方からは何をいまさら・・と言われそうですが・・

 

開始早々耳に入ったセリフは

 

「Beat it !」(うせろ!)(逃げろ!)

 

という台詞です。所々に出てきます。

これってマイケルジャクソンの曲名じゃあないですか。そう思いつつ、ストーリーが進んでいくと出るわ出るわ、マイケルの「Beat it !」のPVと見間違うような映像の連続です。

 

いや違います。「ウェストサイド物語」の方が先ですね。なにしろ私が生まれた頃の作品ですから。

 

そしてダンスの振り付けはこれもマイケルの「BAD」のPVで見たような振り付けです。いやこちらも逆ですね。

 

さらにさらにこの「ウェストサイド物語」の設定やシーンはどこかで観たような・・・そうですシェークスピア「ロミオとジュリエット」とよく似ています。

当たり前です。「ウェストサイド物語」は「ロミオとジュリエット」から着想を得ているんだそうです。

 

既にマイケルも「古典」と言ってもいいかも知れません。

と言うことは遡れば古典の元は古典だったというわけです。

 

古典を知ると全く違う世界が繋がります。

やはり古典には触れてみるべし!

 

自動律

武術を習う者であれば相手の動きを察知してこちらが一瞬先に動くことが出来ればと思うと思います。

 

でもそんなことが出来るようになるのでしょうか?

ここに一つの原初的なヒントになりそうなものがあります。

 

舞踏には無音の舞台もあるので、複数の踊り手が一斉に動き出すために以下のような稽古をするそうです。

(天児牛大「重力との対話」から)

 

「二人の踊り手が同時に動きはじめる前、互いの呼吸の深度や、強さや、色合いを、穏やかに探っていく。すると徐々に、二人は同じリズムの呼吸をしはじめる。吸う、吐く、吸う、吐く。その繰り返しが同じ速度で規則的に行われるようになっていく。そしてあるとき「ふっ」と短い息を吐いて瞬間的に動きはじめるのか、あるいは「ふぅー」と長い息を吐ききって穏やかに動きはじめるのか、お互いの次の一歩が、直感で理解される瞬間が訪れる」

 

頭で「呼吸」を探ることではなく、あくまで「自動律」で動くために身体で探る稽古が必要なのだと言います。

 

「自動律」で動く?

 

呼吸を意識して動きをこなしていったら、おそらく動きは不自然で遅いものになるはずです。

 

再び天児牛大です。

言い忘れましたが、天児牛大は「あまがつうしお」と読みます。舞踏カンパニー山海塾の主宰者です。

 

「呼吸への意識が完全に培われたら、今度はそれを舞台上では極力忘れるようにと促す。-中略- 頭をなるべく空っぽにしてムーブメントをこなすように伝える。」

 

「考えることは身体を束縛してしまう

 

武術においても、火花が散るようにその瞬間が訪れた時、稽古の過程で育まれた身体が「自動律」に動いているというのがあるべき姿のような気がします。

 

まあ出来るようになるには気の遠くなるような稽古が必要で、出来るようになるかどうかはわかりません。

 

ただ、試験で書けそうにない漢字や解けそうにない数式問題が頭とは関係なく、ペンが勝手に動いて解けたという経験はありませんか?

 

過去に何度も同じ漢字を書き、何度も数式問題を解いているからこそ、身体が「自動律」で動いて解けたわけで、全く何もないところからは「自動律」は生まれないはずです。 

 

舞踏(BUTOH)

この静稽録で何回か「昔はダンサーになりたかった」という話は書いたかと思います。なりたかったのは舞踏ダンサーです。

 

大学生の頃に舞踏という踊りのジャンルがあることを初めて知りました。クラッシックバレエや日本舞踊しか知らなかった私にとって舞踏の世界はかなり衝撃的でした。

 

一度見たら二度と忘れられないというのはこういうことか・・・


若いころに受けた衝撃は一生消えずにその後の生き方に影響を与えます。

 

「舞踏は自らの存在を確認し、同時に証明すること」だと言った人がいました。もしかしたら今も違った形で確認、証明しようとしているのかも知れません。

 

残念ながら私が舞踏に出会った時にはすでに暗黒舞踏の創始者土方巽は亡くなっていましたが、彼に師事した方々の舞踏を見て、本を読み、目黒にあるアスベスト館(舞踏のワークショップ)に足を運びました。

 

自分もあんな動きが出来たら・・・

あのオーラを纏うことができたら・・・

あれからウン十年(笑)

 

先日、本を片付けていたら舞踏関連の本がワンサカ出てきました。

読みかえしてみると土方巽の言葉や土方巽に師事した方々の言葉がいちいち今の私に響いてきます。

 

<土方巽の言葉>

「舞踏とは命がけで突っ立った死体である」

「舞踏とは、はぐれてしまった自分の体と再び出会うことである」

「飼いならされた体ばかりで生きてきて、お前はずいぶんひどい目にあったのじゃないか」

「世界の踊りは立つ所から始めている。しかし暗黒舞踏は立とうにも立てない所から始めた。その原因は深いですよ」

 

その他の人の言葉の中にも魂が震えるような言葉が溢れていました。

 

「舞踊は踏むことだ」

「メソッドの中心は背骨のテンション(緊張)とリリース(解放)だ。リリースと言っても脱力とは違い、常にある緊張感は保持して身体を制御する」

「(舞踏の歩行は)腰を落とし、膝を緩め、静かに丁寧に床に触れて歩くのが基本」

「吊られているイメージ」

「重力との対話」

「視線は焦点をあてずに気配を全体性の中で捉える半眼とする。その上でダンサーは自らが「背」にしている「空間」を体全体で配慮しながら歩く」

 

なんだか「舞踏」が「武術」に見えてきます。

もしかしたら同じものを求めているのかも知れません。

 

江戸ロングウォーキング

江戸の旅人は1日平均30kmほどを歩いたそうです。

昔の人は30kmもの距離をどう歩いたのでしょうか?

しかも長旅では連日同じような距離を歩く訳ですから、なるべく疲れないように効率の良い歩き方をしているはずです。

 

この数年、歩くことについていろいろ武術的な試行錯誤をしております。

いろんな方面の先生方から教えていただいたり、本を読んだりして自分なりに試して来ましたが、どうも私の身体がしっくり感じません。

そこで江戸の旅人のように歩いてみようと思い立ちました。

 

こういう時は身体が教えてくれるのではないか?

歩いて、歩いて、さらに歩き続けてみれば、身体が答えを出してくれるのではないか?

動きはひたすら繰り返せば最後には一番合理的な形に収斂していくのではないか?

 

そんな淡い期待を抱きながらトライしてみました。

 

いきなり30kmは難しいので、まずは10kmあたりから(^_^;)

まあこの程度では私の身体は「本性」を現しません。

 

次は20kmです。

20km近くで右足首が少し痛くなりました。やや「本性」が現れてきたようです。

 

やはり歩き方が悪い?

道は中央が高くなっているので右側を歩くと右足に負荷がかかるのが原因か?

いろんな考えや思いが頭を巡りますが、取り敢えず横に置いておきます。

 

痛みが引いたところで、別の日を選んで30kmへ初トライです。

コースは自転車で走るいつものコースにしました。

そしてなんとか30km完歩!

 

江戸の人は偉大です。私は平坦な道をウォーキングシューズで歩きましたが、江戸の旅人は坂道やでこぼこの悪路を草鞋で歩いた訳ですから頭が下がります。

 

ロングウォーキングを続けると身体は楽に歩くために無駄な動きや癖を削っていきます。そして30kmを歩こうという意志があれば姿勢の崩れを回避します。ロングウォーキングそのものが姿勢が崩れると余計に辛くなることを教えてくれます。

 

ここからはあくまで私の感覚ですのであしからず。

 

まず大股で歩かなくなります。大股歩きは膝や腰にも響きます。

上下左右動が少ない方が良いです。

つま先で蹴らない方が疲れにくいです。

腕はあまり大きく振らない方が良いです。

踵をガツーンと着地させる歩き方はすぐに痛みがきます。

膝は伸ばさず軽く曲げた方が長く歩けます。

背筋はある程度伸ばしておいた方が良いと思います。

足裏面全体で踏むように歩く感覚

 

これっていつも稽古でやっていることに近いのでは?

もしかして振り出しに戻った?

いや、スパイラルに登ったところにいる感じはします(笑)

 

江戸ロングウォーキングをお勧めします。

 

本来の牛

今年の干支は牛ですが、皆さんは野生の牛というのを見たことがあるでしょうか?

 

もう30年くらい前ですが、インドに行った時、ぶらぶらと田舎道を歩いていると道端の水溜りの中から突然大きな牛が出てきたので、私はしばらく固まったまま動けなかった記憶があります。

 

それ以来、似たような水溜りを見ると、もしかしたらそこから牛が出てくるんじゃあないかとちょっとビクッとします(笑)

 

もちろんインドの牛は水牛で日本の牛とは違います。でも驚いたのは牛がとても痩せていることでした。

骨が浮いて見えるほど痩せてました。どの牛も。

 

「やっばりインドは貧しい国だから」

 

勝手にそう思ってました。

今考えれば失礼な話です。

 

しかし知り合ったインド人がこんなことを言ってました。

 

「日本の牛は太り過ぎです。不健康!インドの牛が正常!」

 

「ウソだぁ!」

 

と思っていたらどうやらインドの方が言ってたことは本当でした。

 

インドの牛は野生で日本の牛は家畜。

エサをタップリ与えて太らせた家畜は野生の牛を見慣れたインド人からしたら異常な牛に見えるそうです。

 

なにしろインドでは牛は神様ですから、牛肉は食べません。

牛を食べるなんて信じられない!と。

インドではノラ牛が道を我が物顔で歩いてます。

 

私の中の「牛」は本来の牛ではなかったのか。

インドの人ごめんなさい!


では皆さんの「牛」はどうでしょうか?

 

世の中は「女性差別」「老害」などと喧しいようですが、時には自分の胸に手を当てて思い返してみることも必要かも知れません。

 

確かに悪いことは悪い。

でももう少し人に寛容な世の中であって欲しいなあと願うのであります。

 

地球温暖化と日本刀

日本刀の作刀過程の中で印象に残るシーンの一つに「焼き入れ」があります。

 

以前に見せて頂いたことがありますが、なにも見えない暗闇の中、真っ赤になった鉄を水の中に入れる瞬間は神秘的でもあります。

 

この「焼き入れ」の水温は秘中の秘と思っていましたが、川崎晶平刀匠は自身の著「テノウチ、ムネノウチ」(双葉社)の中であっさりと語っています。

 

川崎刀匠の相州伝は湯で焼き入れをするらしいのですが、夏はその湯加減が難しくなっているそうです。

 

「まだ信州の親方の元で仕事をしていた頃は、焼き入れの日の夕方になると陽の当たらない場所に置いてある大きな水桶から、焼き入れ用の水をバケツで焼き舟に移していたものだ。陽が落ちて暗くなるのは十九時を過ぎるので、先に夕食を済ませ、親方が一休みしている間に火床に火を熾し、レンガほどの大きさの鉄の塊を三つほど放り込んで真っ赤に焼いておく。これを焼き舟の水に入れて水温を上げていた。」

 

しかし、最近の地球温暖化で変わってきていて「近年の夏はこの焼き入れの湯加減の調整に苦労する」と語っています。

 

湯加減が違うと何がどう変わるのでしょうか?

「錵の粒の冴え、明るさとその数だ。〜中略〜もう一つは色。」

 

「最近では最初から常温の水だけで焼き入れするようになった」そうです。本の中では親方が湯温を感じとるのは指先ではなく掌であったとまで書いています。

 

こんなに詳しく書いても大丈夫なのでしょうか?

書いても他の人には絶対に出来ないという自信があるから書いているのでしょう。そんな自信がビリビリ伝わってくる本です。

 

それにしても地球温暖化が作刀現場に影響を与えているということは、おそらく絵画、陶芸、日本家屋、漆器、日本酒、日本食などあらゆる繊細な日本文化にも影響を与えているのであろうことが容易に想像出来ます。

 

後継者不足も大変な問題ですが、このままでは遠くない将来に日本の文化基盤は地球温暖化によって破壊されてしまうかもしれません。

折れる木刀

静稽会では時々、木刀の打ち込み稽古をします。

目的はちゃんと身体で木刀が振れているか?

力の伝え方、方向、打点は正確か?

などを確認するためです。

 

基本は受ける側は正面に立って両手で木刀を水平に構えます。構える位置は頭の高さくらいです。その他にもいろいろな打ち方を試します。

 

真っ向に打ち込んでもらうとわかりますが、斬りの「圧」がしっかりと伝わる人とそうでない人の差がよくわかります。

 

まず音が違います。腕の力だけで木刀を打ち込んでくる人の音は「カ〜ン」という軽い音がします。さらにそういう人の打ち込み音はだいたい「カン、カン」と2回鳴ります。

 

また「圧」の方向も違います。受ける側の頭の上を滑るように上がっていく打ち込みは総じて軽く、主に剣道をやっていた人に多いように感じます。

 

しっかりした打ち込みの音は「ミジッ!」(表現が難しい)といかにも重い音がします。音は2度鳴りません。また「圧」は受ける側の腕から胸の真ん中を通って踏ん張っている後ろ足方向に向かって突き抜けていきます。

 

ただ最近はあまりこの稽古をしません。木刀が折れるか手首の骨を折る恐れがあるからです。決して大袈裟な話ではありません。

 

この稽古を始めた頃にはそんなことは想定しておらず余裕で構えていました。ところが打ち込み稽古を始めて半年くらいしたある日に最年長者Kさんの打ち込みを受けて手首を痛めました。それ以来は危険を感じてせいぜい50%くらいのパワーでやることにしました。それでも結構な「圧」を感じます。

 

以前、この静稽録で紹介しましたNHK番組の「明鏡止水〜武のKAMIWAZA〜」でMCの岡田准一氏が木刀で打ち込みをやった時に木刀が折れました。木刀が折れるなんてと思われるかもしれませんが、正しく「圧」が伝わる振り方をすれば木刀は割と折れます。